アビプロ職員(男性)
【アビプロ職員:斎藤昇41歳】
僕は運がない。だからどこか人生を諦めていた。インフルエンザにかかって失敗した受験戦争。そこからの浮上は今の日本では難しい。そう、あの動画配信を見るまでは……。
「はぁ、今日もリンちゃんは最高だったな……でも、冒険者アイドルかぁ。なんの苦労もなく笑顔を振りまいて愛想よくしていれば……ほら、【赤スパチャ 50,000円】だと!?」
人生とは生まれながらに不公平だ。持っているヤツがすべてを奪っていく。いくら動画配信で現実逃避をしようと、翌朝には無情な現実が待っている。
「だから何度言えば分かるんだ! 今日仕上げないと納品できないだろうが! お前に責任が取れるのか!?」
元々、絶対に間に合わない無茶な納期で受注してきたのはアンタでしょうが! しかも自分の責任ではないと言いたげに……。
「いいか? お前みたいな仕事の出来ない奴を雇ってくれる所なんて、今の時代どこにも存在しないんだぞ!」
またその話かよ。結局のところ、この上司が何を言いたいのかというと――
「いいか? 俺の若い頃はだな……俺のおかげで……俺が、俺が!」
出た〜! 怒涛の『俺が俺が砲』……。
本当に承認欲求の塊で、接待で使うキャバクラでも自慢話ばかり。店員から『お願いですからあの虚勢オヤジを早く連れて帰ってください』と真真剣に泣きつかれるレベルの老害ジジイだ。
まさに「部下の手柄は自分の手柄、部下の失敗は部下の責任」を地で行く典型例である。
「ハァ……今日も『俺が俺が砲』全開ジジイだったな……。さて、今日のリンちゃんの配信は――アレ?」
帰宅後、疲れ切った体で開いた画面。
そこに映っていたのは、『奈落』と呼ばれる「一度落ちたら二度と帰って来られない」と噂される最凶ダンジョンで、誤って落下してしまった推しのリンちゃんの姿だった。
「冒険者アイドルって、本当に危険と隣り合わせだったんだ……。こんな、嘘だろ……放送事故なんて……っ」
そこからの奇跡ともいえる奈落での生活に僕は勇気をもらい、毎日の生活にも張りが出てきた。
「またお前かぁ! だから何度言えば……」
「あっ、専務が見てますよ……ほら!」
「あっ、これはこれは専務! 本日も素晴らしいネクタイで、奥様の趣味の良さが……」
邪魔者は消えた! さて、帰ってリンちゃんの応援だ。そしてその日、ドワーフこと岩本源より衝撃の告知があった。
『ふむ、バカにされてるな……まあいい。俺が言いたいのはだな――お前たちリスナーも、ただ画面の向こうで指を咥えて見ているだけじゃなく、【アビス・シグナル】の『共同プロデューサー』兼『公式ファンクラブ第一期生』にならねぇか?ってことだ! そう、【アビス・シグナル】はリスナー参加型アイドルに……お前達も一緒にリン嬢ちゃんとアリス嬢ちゃんを育てていこうぜ!』
もちろん、可能ならやりたいさ。でも生活をしなければならない。そう、お金を稼がないと生きていけない。好きだけで暮らしていけるほど甘くはないんだ。
『一応、お前達に伝えておく。俺達みたいに居場所を失った、もしくは失いそうなヤツ。今に満足していないヤツ。単純に嬢ちゃん達を応援したいヤツ。どんな理由でもいいから『株式会社アビス・プロダクション』に入らないか? もちろん、入社しなくても俺達は嬢ちゃん達を見守る仲間だ』
やめてくれ。期待してしまうじゃないか。時間に追われる僕にとって、まさにゲンさんが言っているのは僕のことだ。それに、他のリスナーだって……
『……………………』
『……やっぱり、俺達は追放されたり一度は敗れ去った者達の集まりなんだ。その俺達が今、一番信じられるのが、奈落の底にいても応援してくれるお前達だ。どうだ? 【アビス・シグナル】に賭けてみないか? 勝算はある』
ゲンさんの言葉に胸が熱くなっている自分がいる。あんなに『虚勢ジジイ』に罵倒されても何もときめくことなんてなかったのに。
そしてゲンさんは、バッグから何かを取り出した。
『俺だって冒険者歴は長い方だ。こんな素材を地上に持ち帰ったらどうなるか分かって載る。プロフェッサー、これらの素材はいくら位の金になる?』
『――――正直、分からないわ。価値が高すぎて値段がつけられない物も多いわね』
そうだろう。奈落の底から素材を持ち帰った冒険者なんて、これまでの歴史で一人もいないのだから……。
『『『…………!!!』』』
『そう、俺達が持ち帰る素材を活かした商品を作り出し、商売へ活かす。それも【アビス・シグナル】が持ち帰る材料は、奈落の底からお宝を持って帰るんだ。どうだ、ワクワクしないか?』
――――する! 超する! リンちゃんたちを応援して、それがそのまま仕事になる。素晴らしい。ならば、やるしかない! 僕は即座に『退職届』を書き、翌朝には『俺が俺が砲』のデスクへ叩きつけた。
「それでは、本日で辞めさせていただきます。『いいか? お前みたいな仕事の出来ない奴を雇ってくれる所なんて、今の時代どこにも存在しないんだぞ!』でしたっけ? ありましたよ。僕が本当にかけるべき会社が……」
そして、僕は見てしまった。会社を去る間際……僕以外の同僚たちのデスクにも、ずらりと並べられた『退職届』の封筒を――。




