迫る暗殺者
【特別渉外課・暗殺者クロエ視点】
冷たい奈落の風が、私の頬を撫でる。
闇に紛れ、私は息を殺して跳躍を繰り返していた。
私のコードネームは『黒猫』。
冒険者派遣会社『マジカルアドベンチャー』の裏で動く処理部隊――【特別渉外課】に所属する暗殺者だ。
イヤ、暗殺者見習いと言うべきか。これが初任務になるから。
でも、私は研修でも優秀な成績だった。それに失敗できない理由もあるから……私はやり切る。
(……今回のターゲットは三人。『アビス・プロダクション』を名乗る配信者たち)
同じ年頃の子たちをこれから手にかけねばならない。本当はやりたくない。幸せそうな女の子を……それでも私は胸元に忍ばせた、病床に伏す幼い妹の写真にそっと触れる。
高額な治療費と薬代を握られている私は、御剣社長の命じる『泥仕事』から逃れることはできない。ターゲットがどんな人間であれ、殺すしかないのだ。
「ヒヒッ! 黒猫、遅いぞ! ターゲットの居場所は配信から特定済みだ!」
前方を走る上司の男――コードネーム『コウモリ』が、下劣な笑みを浮かべながら振り返る。
その背後には、荒事専門のゴツい男たちが四人。全員、手段を選ばない残虐な冒険者崩れだ。イヤ、冒険者失格の烙印を押されたクズの集まり。
「いいかコウモリ。御剣社長からの命令は『事故に見せかけた完全な抹殺』だ。手早く終わらせる」
「ハッ! 堅いこと言うなよ。社長からは『女は好きにしろ』ってお許しが出てるんだぜ? あの凛とかいう威勢のいい女も、おっとりした先代の孫娘も、たっぷり可愛がってから奈落の底に叩き落としてやるさ」
「……っ」
男たちの卑しい下ネタと欲望にまみれた会話に、吐き気がこみ上げる。
(これだ……。私はこんな奴らのために、手を汚さなければならないのか……私の戦闘力に恐れをなして手を出してこないことだけが救い……)
心の奥底で泥のような絶望を抱えながら、私たちは配信の反応を頼りにターゲットの潜伏場所――奈落の大穴へと突入した。
「黒猫ちゃん……おじさんとニャンニャンしよーよ。天国へ直行させてやんよ! グヘヘヘ」
「――――死ね!」
私は腰から短剣を引き抜き……首元目掛けて振り切った。
ガッキーン――――
金属同士がぶつかる音がして静寂が訪れる。
「そこまでだ、コウモリ。ターゲットの女がいるだろう? 黒猫も引け!」
特別渉外課の課長、コードネーム『トカゲ』。任務のためなら部下をも切り捨てる。冷酷非情なトカゲの尻尾切りからつけられた名だ。戦闘力は課長だけあって私よりも上。悔しいけど……。
「ちッ……! トカゲの旦那、邪魔すんじゃねぇよ! 今日こそ黒猫を俺の女に……」
首元をさすりながら舌打ちするコウモリを、トカゲ課長は冷たい眼光で見下ろす。
「黙れ、愚か者が。黒猫の短剣をギリギリで受け止められただけでも感謝しろ。……気安く触ろうとすれば、ターゲットの前に首が飛んでいたぞ」
トカゲは私を一瞥し、低く呟いた。
「黒猫。個人的な感情で動くな。妹の命が惜しくないのか? お前の行動一つで未来は変わるということを忘れるな」
「……っ」
妹を引き合いに出され、私は奥歯を強く噛みしめる。言葉が出ない。
私が黙り込んだのを確認すると、トカゲは暗闇の奥――ぼんやりと温かな光が漏れ出る空間へと視線を向けた。
「ターゲット捕捉。……行くぞ」
私たちは闇に潜み、足音を消して岩の陰からその『お茶会』を覗き込んだ。
◆◆◆◆
「ふぅ~、やっぱりダンジョンの深層で飲むお茶は美味しい♪ でも、ゲンさんがお茶を持ってるなんて驚いたよ。これも奈落で生えてたの?」
「ガハハ! おうよ! 奈落をウロウロしていろんな草をお茶にしたな……1日中痺れて動けなくなったこともあったな……がっははは」
「もう、おじさまはおっちょこちょいです」
そこにいたのは――あまりにも緊迫感のない三人だった。
豪快に笑っているヒゲ面のドワーフ・岩本源。
薙刀を膝の上に置き、美味しそうにお茶を飲む赤いドレスの少女・凛。
そして、優雅にティーポットを傾ける青いドレスの少女・アリス。
彼らの頭上には、虚空に浮かぶ特殊な受信機器に――『配信コメント』が目まぐるしく流れていた。
『おっさんが毒見したものしか、リンちゃんにやるなよww』
『凛ちゃんはお茶を飲む仕草が可愛い』
『人類未踏地でお茶会なんてwww』
(なんなの……この人たち? ここは『奈落』の深層よ? なんでピクニックみたいなことを……!?)
私が困惑していると、トカゲ課長が短く命じた。
「コウモリ、お前たちは雑用だ。凛とアリスを抑えろ。黒猫、お前はあのドワーフの隙を突いて首を狩れ。私が援護する」
「ヘッ! 任せときな! その後はお楽しみだ!」
コウモリたちがゲスな笑みを浮かべ、一斉に飛び出した。
「――――――」
さすがはマジカルアドベンチャーが誇る暗殺者集団。先程まで騒いでいたが、攻撃を仕掛ける時は気配すら消して襲いかかる。このあたりはプロの暗殺者なんだろう。
暗闇から突如として現れた殺し屋集団。
だが――ターゲットの三人は、驚く素振りすら見せなかった。
「あー……ゲンさん。なんか汚いおじさんたちが乱入してきたんだけど、私は触りたくないかな……」
「お茶の時間が台無しですわ……。おじさま、私も無理です。追い払っていただけますか?」
「おうよ。まったく、配信中にノイズが入るだろうが!」
ドォンッ!!!!
ドワーフのおっさんが、背中に背負っていた巨大な金槌を地面に叩きつけた。
それだけで奈落の地盤が爆心地のように崩落し、猛烈な衝撃波がコウモリたちを襲う。
「ぎゃあああああっ!?」
「なっ……ガハッ!?」
一瞬だ。
私を散々バカにしていた荒事専門の男たちが、戦闘開始からわずか3秒で衝撃波に吹き飛ばされ、岩壁に激突して泡を吹いて倒れた。
(嘘……でしょ……!? 雑魚とはいえ、C級冒険者相当の男たちが一撃……!?)
「ちッ……! 噂以上の化け物か……!」
トカゲ課長の顔から余裕が消える。彼は腰の曲刀を抜き、私に向かって叫んだ。
「黒猫! 私がドワーフを足止めする! その隙に少女二人を――」
チームで最強の男、コードネーム『トカゲ』は話すことすらできずに……高速で近づくドワーフにやられ、地面に崩れ落ちた。




