エピローグ 約束
こんにちは、空乃葉です。ここで第1章が終わりです。最後はローウェン視点です。
黒曜騎士団の魔導車は、夕暮れの街道を王都へ向かって走り去っていく。
その姿が見えなくなるまで、ローウェンは黙って見送っていた。
「……行ったか」
小さく呟くと、静かに目を閉じる。
脳裏に浮かんだのは、十四年前の出来事だった。
◇
――十四年前。
森の奥にある神殿跡。
そこは、激しい戦いの跡だけを残し、静まり返っていた。
「……遅かったか」
そう呟いた時だった。
『ロー』
ローウェンの上空前方にいたシルフィーが声を上げる。
『あそこ』
指で示した先には、一人の幼い少女が倒れていた。
ローウェンは駆け寄り、脈を診る。
「……生きている」
傷だらけの小さな身体。
だが、その命は確かに繋がっていた。
『見て』
少女の周りには、淡い光が静かに漂っていた。
命を使い果たした精霊たちの残留思念。
『この子を……守ってくれたのね』
シルフィーがそっと手を伸ばす。
優しい風が吹き、光は安らぐように空へ昇っていった。
やがて少女がゆっくりと目を開く。
澄んだ蒼金の瞳。
その色を見た瞬間、ローウェンは息を呑んだ。
少女は不安そうに彼を見つめる。
「……だぁれ?」
その幼い声に、ローウェンはしばらく答えられなかった。
遠い昔。
忘れることのない、ある人との約束が脳裏をよぎる。
『いつか、その子はあなたの前に現れる』
『その時が来たら、どうか導いてあげて』
ローウェンは静かに息を吐いた。
「……そういうことか」
幼子へ向き合い、手を差し伸べた。
「行くところがないなら・・・・俺と来るか?」
少女は戸惑いながらも、小さな手を伸ばした。
その手を、ローウェンは静かに握る。
『ふふっ』
シルフィーが笑う。
『やっぱり、放っておけなかったのね』
「……うるさい」
ぶっきらぼうに返しながらも、その手を離すことはなかった。
ローウェンは幼子を見つめる。
「今日から、お前は――」
「リーンだ」
その日。
幼子は新しい名を授かり、新しい人生を歩き始めた。
◇
「……もう十四年か」
ローウェンは静かに目を開く。
薬術を教え、薬草を採り、叱っては笑い合う。
そんな何気ない日々が、いつしか十五年も続いていた。
店へ戻ると、シルフィーがふわりと目の前に降り立つ。
『……あの方の言った通りになったわね』
「あぁ」
『約束は?』
「果たす」
短い返事。
少しだけ沈黙が流れる。
「……だが」
ローウェンは窓の外へ目を向けた。
「もう、あいつは俺の弟子だ」
シルフィーは優しく微笑む。
『ええ、大切で可愛い、愛し子よ』
次の瞬間。
淡い光がローウェンの身体を包む。
深い皺は消え、白髪は艶のある金茶色へと変わる。
丸まっていた背はすっと伸び、そこには青年の姿があった。
『その姿、久しぶりね』
「老人の姿にも慣れたものだろう」
苦笑を浮かべながら、ローウェンは再び街道を見つめる。
魔導車はもう見えない。
それでも、その先を見つめるように目を細めた。
「……必ず導いてみせる、最後まで」
夜風がリーフェ薬店を静かに吹き抜ける。
その風は、王都へ向かう一台の魔導車を追いかけるように、どこまでも続いていた。




