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薬術師リーンは騎士団長の監視対象です ~隣国のスパイ容疑をかけられましたが、なぜか最強騎士に囲われています~  作者: 空乃葉
第一部/第5章 在りし日の精霊たち

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エピローグ 千年前、聖女の起源

『――たすけて』


 リシェリアだけが、その声を聞いていた。

「待って!」


 騎士たちが一斉に駆け出す。


「やめて! この子は――」


「リシェ!」


 腕を掴まれ、強く引き戻された。


 次の瞬間、凄まじい炎が目の前を薙ぐ。

 炎が木々を焼き、その直後には荒れ狂う水が地面を抉った。


『いたい』


「……っ」


 この子は戦っているんじゃない。

 自分の中へ押し込められた力に、必死に耐えている。


「お願い、待って! 私なら、この子を――」


 言葉が止まる。 


 どうやって?

 傷なら治せる。

 薬だって作れる。

 精霊たちの声だって聞こえる。


 けれど、目の前の竜の中で暴れているものを、どうすればいいのか分からない。


 再び竜の魔力が膨れ上がる。


 その向こうには、人々の暮らす村がある。


「総員、構えろ!」


「待って!」


 誰も剣を止めなかった。


 ――止められなかった


 このまま竜を放っておけば、さらに多くの人が死ぬ。そんなことは、リシェリアにも分かっていた。 


 それでも。


「お願い……」


 竜がこちらを見る。


 苦痛に歪んだ瞳の奥に、一瞬だけ、いつもの優しい光が戻った。


「待って……!」


 剣が振り下ろされた。


     ◇ ◇


 それからしばらく、リシェリアは森へ行かなくなった。


 以前、竜と過ごしていた草原を見るだけで思い出してしまう。


 陽の光を反射していた鱗。

 手のひらへ押しつけられた、大きな鼻先。


 そして――最後に聞いた声。


『たすけて』


「……聞こえてたのに」


 窓辺に座り、リシェリアは膝を抱えた。


「助けてって、言ってたのに……」


 声が聞こえるだけ。

 苦しんでいることが分かるだけ。

 それでは何の意味もない。


「リシェ」


 顔を上げると、扉のところにあの若い騎士が立っていた。


「……何?」


「ローウェンが心配してたぞ。薬草の仕分けを三日も放ってるって」


「……あいつ、心配じゃなくて怒ってるんでしょ」


「半分はな。『薬の調合を教えてやってるのにサボるとは何事だ』とさ」


 友人でありながら、薬術のこととなると急に口うるさくなるいつもの調子。


 普段なら笑い飛ばせたかもしれない。

 けれど今は、どうしてもそんな気分になれなかった。


「……あの竜のことか」


「私なら助けられるって思ったの」


「……」


「声が聞こえるから。苦しんでることも分かったから。なのに……何もできなかった」


「お前のせいじゃない」


「分かってる。分かってるけど……悔しいの」


 膝を抱える腕に力が入る。


「あの子は最後まで助けてって言ってた」


「……」


「声が聞こえていたら、あなたも剣を向けられなかったと思う」


 長い沈黙のあと、若い騎士が静かに答えた。


「……それでも俺は、人を守る」


 リシェリアが顔を上げる。


「あのまま放っておけば、村まで被害が出ていた」


「分かってるよ!」


 思わず声が大きくなる。


「分かってるから……何も言えなかったの」


 あの場にいた騎士たちは、人々を守った。

 きっと正しいことをした。

 それでも――


「あの子だって、助けてほしかっただけなのに……」


「……リシェ」


「ごめん。一人にして」


 若い騎士は何かを言いかけ、結局その言葉を飲み込んだ。


「……分かった」


 扉が静かに閉じた。


     ◇ ◇


 数日後。


 リシェリアは久しぶりに森へ入った。

 薬草が足りなくなったからだ。

 いつまでも避けているわけにはいかない。


 そう自分へ言い聞かせながら歩いていた時―― 


『……いたい』


「――!」


 足が止まった。


『いたいよ……』


 小さな声を追い、茂みを掻き分ける。

 木の根元に、淡い光が落ちていた。


「……精霊?」


 手のひらに乗るほどの、小さな光の精霊だった。

 淡い金色の身体には傷があり、黒い靄のようなものがまとわりついている。


 リシェリアは手を伸ばし――止まった。


『たすけて』


 あの日の声が蘇る。

 また、助けられなかったら。


『……いたい』


 震える指を握りしめる。


 そして――もう一度、手を伸ばした。


「大丈夫。私が助けるから」


 小さな精霊を両手で包み、ゆっくりと魔力を流す。


 傷が少しずつ塞がっていく。

 けれど、黒い靄は消えなかった。


「これ……」


 ただの傷じゃない。

 精霊本来の力を濁らせる、異質なもの。


「……消えて」


 リシェリアは願った。


「この子を苦しめないで!」


 その瞬間、手のひらから白金の光が溢れた。


「え……?」


 光が黒い靄を包み込む。

 靄は抵抗するように揺れたが、やがて光に剥がされるように消えていった。


 手の中で、小さな精霊がゆっくりと身体を起こす。


『……いたく、ない』


「本当?」


『うん』


「よかった……!」


 その一言を聞いた途端、目の奥が熱くなった。


 助けられた。今度は――ちゃんと。


 小さな光が、リシェリアの頬へ触れる。


『……ないてる』


「これは嬉しいから。あなたが元気になったから」


『うれしい?』


「そう」


 精霊は不思議そうに光を瞬かせると、リシェリアの周りを一周して肩へ降りた。


「もう大丈夫そうね。仲間のところへ戻れる?」


『……一緒に、いく』


「私と?」


『うん』 


 リシェリアは目を丸くして、それから笑った。


「じゃあ、一緒に帰ろうか」


『うん!』


「あ、そうだ。まだ言ってなかったわね」


 リシェリアは小さな精霊へ手を差し出した。


「私はリシェリアよ。リシェでいいわ」


『……リシェ』


「そう。あなたは?」


 小さな精霊が左右に揺れる。


『名前……ない』


「ないの?」


『うん』


「じゃあ……」


 リシェリアは目の前で揺れる柔らかな光を見つめた。


「ルーチェ! ってどう?」


『……ルーチェ?』


「うん。あなたに似合うと思う」


 精霊の光が、ぱっと強くなる。


『ルーチェ!』


「気に入った?」



『うん!』


「じゃあ決まりね。これからよろしく、ルーチェ」


『よろしく、リシェ!』


 小さな光が差し出された指先へ触れる。

 その瞬間、二人の間で柔らかな光が瞬いた。

 それが何を意味するのか。


 この時のリシェリアは、まだ知らなかった。


     ◇ ◇


 ルーチェと出会ってから、リシェリアの力は少しずつ変わり始めた。


 傷を癒す力は以前より強くなり、乱れた魔力の流れを感じ取れるようになった。


 そして時折、精霊や魔物にまとわりついた異質な魔力を、取り除くこともあった。


「またやったのか」


 ローウェンが呆れたように息を吐く。


「だって、苦しそうだったから」


「だからって一人で森の奥まで入るな。薬草の見分け方は教えたが、無茶の仕方を教えた覚えはないぞ」


「一人じゃないもん。ルーチェがいるし」


『いる!』


「そういう問題じゃない」


 肩の上で光るルーチェを見て、ローウェンが額を押さえる。


 友人でありながら、薬術の手ほどきをしてくれる相手。口は悪いけれど、本当に心配してくれていることは分かっていた。


 救えないものは、まだたくさんある。


 それでも、あの日とは違う。

 今度は、きっと手を伸ばせる。


 助けを求める声に、応えることができる。

 そう思えるようになっていた。


 けれど――

 その頃、王都では別の動きが始まっていた。


     ◇ ◇


「下位精霊では限界があります」


 薄暗い部屋。

 机の上には幾重にも重ねられた術式が広げられていた。


「意思を介さず契約を成立させること自体は可能になった。だが、得られる力が小さすぎる」


「では、次の段階へ?」


「ああ。より強い精霊で試す」


「上位精霊を?」


「それでも足りない」


 室内に沈黙が落ちた。


「まさか……」


「精霊の力を人の手で完全に制御できれば、魔物との戦いそのものを終わらせることができる」


「しかし、それは――」


「必要なことだ」


 男は静かに言った。


「いつまで精霊の気まぐれに、国の命運を預けるつもりだ?」


 誰も答えない。


「人が生きるための力を、人自身の手で管理する。そのための研究だ」


 男は一枚の紙を机の中央へ置いた。


 そこに記されていたのは――一つの名。


 大精霊ルナティス


「これが成功すれば、我々は精霊に頼る必要などなくなる」


 男がゆっくりと笑みを浮かべる。


「――我らがアルケイア帝国に栄光を」


     ◇ ◇


『リシェ!』


「どうしたの、ルーチェ?」


 薬草を仕分けていたリシェリアが顔を上げる。

 窓から飛び込んできたルーチェの光が、激しく揺れていた。


『たいへん』


「何があったの?」


『みんな、こわがってる』


「みんな?」


『精霊たち』


 リシェリアの表情が変わる。


『にんげんが――ルナティス様を』


「……ルナティス?」


『つかまえるって』


 息が止まった。


『いうこと、きかせるって』


「……そんな」


 リシェリアが立ち上がる。

 椅子が倒れた。


「誰がそんなことを……!」


『わからない。でも、みんな、にげてる』


 窓の外を見る。

 いつもならそこかしこで遊んでいる精霊たちの姿がない。


「……まさか」


 脳裏に、あの竜の姿が蘇った。


 身体を走っていた黒い筋。本来持たないはずの四つの力。


 苦しみながら、助けを求め続けていた声。


「……あの子も」


 もし、あれが偶然ではなかったとしたら。


 もし――


「実験だったとしたら……?」


『リシェ?』


 リシェリアは駆け出した。


『どこいくの!?』


「ルナティスのところ!」


 ルーチェが慌てて後を追う。


 あの時は、間に合わなかった。

 助けを求める声が聞こえていたのに、何もできなかった。


 だから――


「今度は、絶対に助ける」


 リシェリアは走った。


 もう二度と、助けを求める声を前に、無力なままでいたくないから。


第一部、ここまでお読みいただき本当にありがとうございました!


ここで第一部は完結となります。

いくつか幕話を挟んで、第二部【炎の帝国・グランシェル編】がスタートします!



大分、レオンの糖度も増したのではないかと…笑

更新までしばしお時間ください。(*^^*)

第二部では、真実と試練が待ち受けている、予定です。


ここまで楽しんでいただけましたら、ブックマークや作品への★評価、いいね等で応援していただけると、第二部への大きな励みになります!

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