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薬術師リーンは騎士団長の監視対象です ~隣国のスパイ容疑をかけられましたが、なぜか最強騎士に囲われています~  作者: 空乃葉
第一部/第5章 在りし日の精霊たち

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ep.61 新たな風


――それから数日後


グランシェルへの出発準備は、着々と進められていた。


表向きの理由は、レオンハルトの療養。


騎士団の指揮はアルヴィンを中心に引き継ぎ、グランシェル側との調整も済んだ。


その間、レオンハルトの右手も少しずつ回復していた。まだ剣を握れるほどではないが、日常生活にはほとんど支障がない。


リーンも毎日状態を確認していたが、経過は悪くなかった。


ただし、レオンハルトが別の訓練を始めていることを、リーンはまだ知らなかった。


元々の利き手だった左手。


誰もいない早朝や夜、僅かな時間ではあるが、レオンハルトは再び左手で剣を握り始めていた。


右手が元に戻るまで、何が起きてもリーンを守れるように。


◇ ◇


――出発を翌日に控えた夜。


眠る前に少しだけ風に当たろうと庭へ出たリーンは、テラスに立つレオンハルトの姿を見つけた。


「レオン様」


声をかけると、レオンハルトが振り返る。


「まだ起きていたのか」


「レオン様こそ」


「少し考え事をしていた」


リーンはその隣へ並んだ。


明日には、この場所を離れる。そう思うと、何だか不思議な気分だった。


「……明日、出発ですね」


「ああ」


「グランシェルって、どんなところなんでしょう」


「火山を有する大国だ。火属性の魔法を得意とする者が多く、武具の産地としても知られている」


「火の国って感じですね」


「軍事力も高い。昔から武を重んじる国だ」


「……ちょっと怖そうです」


「別に戦いに行くわけじゃない」


「分かってます!」


レオンハルトが僅かに笑う。その表情を見て、リーンも笑った。


ふと、彼の右手へ視線を落とす。


「右手はどうですか?」


「問題ない」


「本当に?」


「ああ。日常生活なら、ほとんど支障はない」


レオンハルトが右手を軽く握ってみせる。以前は思うように動かなかった指が、今はきちんと握り込めていた。


「本当だ! よかった……」


「それに、左でも少しは剣を振れるようになってきた」


「…………え?」


リーンが顔を上げる。


「今、何て言いました?」


「左でも剣を――」


「いつからですか?」


「……数日前から」


「聞いてません!」


「言ってないからな」


「なんでみんな大事なことを言わないんですか!」


つい先日も、似たようなやり取りをした気がする。


「まだ右手だって完全に治ってないんですよ? 左手まで無理してどうするんですか!」


「無理はしていない」


「本当ですか?」


「ああ」


「レオン様の『大丈夫』は信用できません」


「ひどい言われようだな」


「今までの行いを振り返ってください!」


レオンハルトが僅かに笑う。その余裕のある表情が、なんだか悔しい。


「もう……。本当に無理しないでくださいね」


「ああ」


「約束ですよ?」


「分かっている」


「本当に?」


「大丈夫だ」


レオンハルトが右手を上げた。


「ほら」


「え――」


次の瞬間、その腕がリーンの腰へ回った。


「きゃっ」


ぐっと引き寄せられ、リーンの身体がレオンハルトの胸元へ収まる。


「レ、レオン様!?」


「これくらいはできる」


「そ、そういう確認の仕方じゃないです!」


「右手が動くか心配していただろう」


「心配してましたけど!」


だからといって、なぜ抱き寄せる必要があるのか。


離れようとしたものの、腰に回された腕は思ったよりもしっかりしている。


「……近いです」


「ああ」


「ああ、じゃなくて!」


顔を上げれば、思っていた以上に近いところにレオンハルトの顔があった。


心臓が大きく跳ねる。


自分の気持ちを自覚してからというもの、こんな距離は心臓に悪すぎる。


「リーン」


さっきまでとは違う、静かな声だった。


「グランシェルで何が起きているのか、まだ分からない」


「……はい」


「精霊王のことも、あの術式のことも。危険がないとは言えない」


腰に回された右腕に、僅かに力がこもる。


「だから、俺から離れるな」


リーンはレオンハルトを見上げた。


青い瞳が、真っ直ぐに自分だけを見ている。


「何があっても、必ず守る」


「レオン様……」


胸の奥が、きゅっと締めつけられる。


「……私だって」


「ん?」


「私だって、レオン様を守りますから!」


勢いのまま言い切ると、今度はレオンハルトが目を瞬いた。


「……リーンが俺を?」


「そうです!」


「どうやって?」


「そ、それは……まだ分かりませんけど!」


「分からないのか」


「今はです!」


思わずレオンハルトの胸元を掴む。


「でも、私にできることがあるなら絶対にやります。それに――」


腰に回された右手を見る。


「その手だって、絶対に治してみせます。私、薬術師ですから!」


レオンハルトはしばらく黙っていたが、やがてふっと笑った。


「そうだったな」


「そうです」


「なら、頼りにしている」


「はい!」


答えてから、リーンは気づいた。


まだ抱きしめられたままだ。


「……あの、そろそろ離してもらっても……」


「嫌か?」


「――っ」


そんな聞き方はずるい。


「……嫌とは、言ってません」


消え入りそうな声で答えると、腰に回された腕がほんの少しだけ強くなった。


レオンハルトは、しばらく何も言わなかった。


ただ、リーンを見つめている。


いつものようにからかわれるのかと思った。


けれど、その表情は思いのほか真剣だった。


「……リーン」


「はい?」


「お前に、伝えておきたいことがある」


静かな声だった。


その響きに、リーンは自然と背筋を伸ばした。


「……何ですか?」


レオンハルトは一度だけ息を吐いた。


「俺は、これまでお前を守るべき相手だと思っていた」


「……はい」


「危なっかしくて、目を離せなくて。放っておけば、すぐに自分を後回しにする」


「うっ……」


思い当たることがありすぎて、反論できない。


「だが、いつからか、それだけではなくなっていた」


レオンハルトの右手が、リーンの腰からそっと離れる。


代わりに、その手が彼女の頬へ触れた。


「お前が笑っていると、俺も嬉しい。お前が傷つけば、腹が立つ。危険な目に遭えば、二度とそんな思いをさせたくないと思う」


「……レオン様?」


「それでも、お前をそばに置きたいと思う気持ちは変わらなかった」


青い瞳が、真っ直ぐにリーンを捉える。


「……好きだ、リーン」


「…………え?」


一瞬、何を言われたのか分からなかった。


「俺は、お前が好きだ」


もう一度、はっきりと告げられる。


「守るべき相手としてではない。一人の女性として、お前を愛している」


「…………」


心臓が、どくんと大きく跳ねた。


耳の奥で、自分の鼓動だけが響いている。


(……え?……今、レオン様が……?)


好き。


愛している。


その言葉が、何度も頭の中を巡った。


ずっと、自分だけの気持ちだと思っていた。


レオンハルト様は優しいし、自分を大切にしてくれた。


けれど、それは保護する相手だからなのだと、どこかで思っていた。


それなのに。


「……本当に?」


気づけば、そんな言葉が零れていた。


レオンハルトが僅かに眉を寄せる。


「こんなことで嘘をつくと思うか?」


「……だって」


声が震えた。


「私、ずっと……レオン様は、私のことを保護対象だと思っているんだって……」


「それだけなら、こんなことはしない」


頬に触れていた手が、そっと髪を撫でる。


「……リーン。お前は?」


「……っ」


その問いに、胸の奥がぎゅっと締めつけられた。


答えなんて、ずっと前から、決まっている。

ただ、伝える勇気がなかっただけだ。


「……私も」


小さな声が零れる。


「私も、レオン様が好きです」


レオンハルトの瞳が、僅かに見開かれた。


「……気づいたら、恋に落ちていました」


言葉にした途端、胸の奥にあったものが溢れ出してくる。


「いつからかは、よく分からないんです。でも、レオン様がそばにいると安心するし、笑ってくれると嬉しくて……」


リーンはぎゅっと彼の服を掴んだ。


「……私も、レオン様のそばにいたいです」


しばらく、沈黙が落ちた。


不安になって顔を上げると、レオンハルトがじっとこちらを見つめていた。


「……レオン様?」


「……いや」


彼は小さく息を吐いた。


そして、これまで見たことがないほど柔らかな笑みを浮かべた。


「……嬉しいもんだな」


「――っ」


その一言に、リーンの胸がいっぱいになる。


次の瞬間、再び抱き寄せられた。


今度は、先ほどよりもずっと優しく。


「……リーン」


「はい……」


「もう、遠慮はしないからな」


「……え?」


思わず顔を上げる。


レオンハルトは、どこか楽しそうに目を細めていた。


「お前が俺を好きだと分かったからな」


「……っ!?」


「覚悟しておけ」


「な、何の覚悟ですか!?」


「そのうち分かる」


「そんなぁ……!」


楽しそうに笑うレオンハルトに、リーンはますます顔を赤くした。


けれど、その腕から離れたいとは思わなかった。


ずっと胸に秘めていた想いが、同じ気持ちとして返ってきた。それだけで、今は十分だった。


やがてレオンハルトが僅かに身を屈めた。


柔らかな感触が、リーンの髪へ触れる。


「――っ!?」


頭に、口づけられた、と理解した途端、ぶわっと顔が熱くなる。


「レ、レレ、レオン様!?」


「何だ」


「い、今!」


「今?」


「今、何かしました!?」


「……今回は、まじないじゃない」


以前、戦禍の救護所でリボンに口づけられた時、彼は『無事に戻ってくるためのまじないだ』と言っていた。


それなのに、今回はまじないではないのだと――そう、真っ直ぐに告げられた。


「……っ!」


顔が熱くて、まともに見上げられない。


「……もう、レオン様!」


抗議するように見上げると、彼は嬉しそうに笑った。


その笑顔を見て、リーンもつられるように微笑む。


明日から、二人で新しい国へ向かう。


何が待っているのかは分からない。けれど、もう自分の気持ちを隠す必要はない。


リーンはそっと彼の胸元に額を寄せた。


その背に、温かな腕が回される。


今はただ、この幸せな時間が、もう少しだけ続けばいいと思った。


◇ ◇


――翌朝。


王都の門前には、グランシェルへ向かう馬車が停まっていた。


荷物はすでに積み終えている。


少し離れたところでは、グレンが御者と最後の確認をし、アイリスも荷物を確かめていた。


見送りには、アルヴィンやローウェンだけでなく、エミリアたちの姿もあった。


「気をつけて行ってきてね」


「はい。エミリア様もお元気で」


「もちろん。また帰ってきたら、ゆっくり話しましょう」


「はい!」


笑顔で答えたリーンの前へ、ヴィクトリアが歩み出た。


その腕には、見覚えのある黒猫のぬいぐるみが抱かれている。


「リーン姉さま、これ」


「え? ダイアナ?」


差し出された黒猫を見て、リーンは目を瞬いた。


ヴィクトリアがいつも大切にしているぬいぐるみだ。


「貸してあげる」


「でも、ダイアナはヴィちゃんの大切なものでしょ?」


「うん」


ヴィクトリアは迷うことなく頷いた。


「だから、ちゃんと返してね!」


「……!」


その言葉の意味に気づいて、リーンの表情が和らぐ。


「うん。絶対に返すね」


大切にダイアナを受け取る。


必ずここへ帰ってくる。そんな約束を交わしたような気がした。


「団長。こちらのことはお任せください」


「ああ。頼んだ、アル」


アルヴィンが頷く。


「くれぐれも療養中だということをお忘れなく」


「分かっている」


「リーンさん。団長が無茶をしたら止めてください」


「任せてください!」


その横で、ローウェンが呆れたように息を吐いた。


「向こうで何か分かったら、すぐ知らせろ」


「はい!」


「あと、無茶するなよ」


「それ、レオン様にも言ってください」


「そいつには言っても無駄だ」


「おい」


いつもと変わらないやり取りに、リーンは思わず笑った。


「準備できたぞ」


グレンの声が飛んでくる。


「では、そろそろ出発しましょう」


アイリスに促され、リーンがダイアナを抱えたまま馬車へ向かおうとした――その時だった。


『あ、リーン。ちょっと待って』


「え?」


ふわりと風が舞い、シルフィーが目の前へ降りてくる。


『あの竜から、精霊結晶をもらったわよね。ちょっと貸して』


「いいけど……?」


リーンは荷物から精霊結晶を取り出した。


「おい」


ローウェンが眉を寄せる。


「お前、こんな出発直前に何する気だ」


『ちょうど思い出したのよ』


「嫌な予感しかしないんだが」


『細かいことは気にしないの』


「出発直前に言うな」


シルフィーはローウェンを無視して、精霊結晶へ手をかざした。


ふわりと風が舞う。


淡い緑色の光が結晶を包み――その中から、小さな影が現れた。


水色の髪に、透き通った羽根。


人形ほどの大きさの少女が、ふわりと宙へ浮かんでいる。


「……妖精?」


周囲を見れば、レオンハルトたちは何もない場所を見つめている。


「リーン、何か見えているのか?」


「あ……皆には見えないんですね」


『あたしの眷属よ』


シルフィーが少女の隣へ並ぶ。


『上級風精霊――エアリアル』


「上級精霊!?」


『あたしはレイガルドを離れられないから、この子を連れていって。きっとあなたの役に立つわ』


「この子を……?」


『よかったら契約してあげて』


リーンは小さな精霊へ目を向けた。


大きな瞳が、じっとこちらを見つめている。


「契約って、どうすればいいの?」


『手を出して。この子を受け入れればいいわ』


「分かった」


リーンが手を差し出すと、小さな精霊がその上へ両手を重ねた。


次の瞬間、柔らかな風が二人を包む。


淡い光が胸の奥へ溶け込み、目の前の小さな存在と自分の間に、確かな繋がりが生まれた。


『できた!』


「これで?」


『うん! これからよろしく、ご主人様!』


「ご、ご主人様!?」


『契約したんだから、ご主人様でしょ?』


「うーん……」


リーンは少し考えてから笑った。


「ご主人様じゃなくて、友達になろう?」


『友達?』


「うん」


少女は一瞬きょとんとしてから、ぱっと笑った。


『なる!』


「それと、エアリアルだと少し長いから……エリーって呼んでもいい?」


『エリー……』


自分の名前を確かめるように繰り返す。そして嬉しそうに羽根を広げた。


『うん! 気に入った!』


「じゃあ、よろしくね。エリー」


『よろしく、リーン!』


エリーが嬉しそうにリーンの周りを飛び回る。けれど、その姿も声も、周囲には届いていないらしい。


「私にしか見えないんだ……」


『今は、そうみたいね』


シルフィーが答える。


『リーンとの繋がりがまだ弱いから、この子も十分には力を出せないの』


「そっか……」


『でも――』


シルフィーの視線が、リーンの腕の中へ向いた。


『ちょうどいいものがあるじゃない』


「え?」


黒猫のぬいぐるみ――ダイアナ。


「……まさか」


ローウェンの声が低くなる。


『ちょっと借りるわね』


「待て、お前――」


シルフィーが指先を動かす。


風がエリーとダイアナを包み込んだ。


『わっ!』


エリーの姿が淡い光へ変わり、そのままダイアナの中へ吸い込まれていく。


次の瞬間、黒猫の耳が――ぴくりと動いた。


「…………」


「…………」


全員の視線がダイアナへ集まる。


ゆっくりと顔を上げた黒猫が、しっぽをパタパタと動かした。


『わあ! 動ける!』


「しゃ、喋った!?」


リーンの声が響く。


「……聞こえるな」


レオンハルトが呟いた。


「私にも聞こえます」


アイリスも驚いたように目を見開いている。


『器を通して空気を震わせてるのよ。これなら姿も見えるし、みんなとお喋りできるでしょ?』


得意げに言うシルフィーの横で、ダイアナが嬉しそうに前脚を上げた。


『ほんと!? じゃあ、よろしくね! あたしエリー!』


その光景を見たローウェンが、額を押さえた。


「……おい」


『何よ』


「出発直前に何やってやがる」


『だって、この方が便利でしょ?』


「そういう問題じゃない」


ローウェンが盛大にため息を吐く。


一方、ヴィクトリアは目を輝かせていた。


「ダイアナ、動いてる……!」


『ダイアナっていうの? この子』


「うん!」


『かわいい名前! 大事に借りるね!』


「うん。リーン姉さまのこと、よろしくね」


『任せて!』


「……私が預かったはずなんだけどな」


思わず呟くと、周囲から小さな笑いが零れた。


出発前だというのに、最後の最後で仲間が一人増えてしまった。


けれど――これくらい賑やかな方が、私たちらしいのかもしれない。


リーンはダイアナを抱きしめながら、もう一度見慣れた王都を振り返った。


いろいろなことがあった。


薬店を出て、ガーディナス邸へ引き取られて。


危険な目に遭ったり、竜と巡り合ったりしながら、本当にたくさんの世界を知った。


そして、自分の中にあった気持ちにも気づいた。


昨夜、その想いを初めて言葉にした。


レオンハルトも、同じ気持ちでいてくれた。


思い出しただけで、胸の奥が温かくなる。


「リーン」


呼ばれて振り返ると、レオンハルトが馬車の前に立っていた。


「行くぞ」


「はい!」


笑って駆け寄ると、レオンハルトが左手を差し出した。


リーンがその手を取ると、彼は馬車へ乗るのを手伝ってくれた。


けれど、手は離されない。


「……レオン様?」


「何だ?」


「あの……手が」


「嫌か?」


「……っ!」


昨夜と同じ問いかけに、リーンの顔が熱くなる。


「い、嫌じゃないですけど……皆さんが見ています!」


「そうか」


レオンハルトは周囲を一瞥した。アルヴィンが、何かに気づいたように目を細めている。


「……団長?」


「何だ」


「…いえ。何でもありません」


そう答えながらも、その視線は二人の繋がれた手へ向いていた。


隣では、ローウェンが眉をひそめる。


「……おい、その手はなんだ。お前、まさか――」


「出発するぞ」


「話を逸らすな!」


ローウェンの声が響く。


けれど、レオンハルトは気にした様子もなく、リーンの手をそっと離した。


そして、何事もなかったかのように馬車へ乗り込む。


「……もう」


リーンは小さく呟いた。


昨夜、彼は言った。


――もう、遠慮はしないからな。


(……こういうことだったの!?)


思わず顔を覆いたくなる。けれど、不思議と嫌な気持ちはしなかった。


むしろ嬉しくて、そんな自分が少し恥ずかしかった。


レオンハルト、リーン、アイリス、グレン。


そして、新たに仲間となったエリーを乗せ、馬車がゆっくりと動き始める。


王都の城壁が、少しずつ遠ざかっていった。


これから向かう国に、何が待っているのか。


炎の精霊王に、何が起きているのか。


なぜ、ラウル・グランシェルが遺した術式が、今になってレイガルドで使われたのか。


まだ、何も分からない。


それでも馬車は街道を進んでいく。


炎の国、グランシェルを目指して。


◇ ◇


――その頃


遠く離れたグランシェル帝国。


火山と共に栄え、炎の加護を受けてきた大国。


だが今、その大地には乾いた風が吹き、かつて豊かだった土地にも少しずつ異変が広がり始めていた。


その国のさらに奥深く。


誰も足を踏み入れない、深い山の奥で――


小さな炎が揺れた。


ひとつ。また、ひとつ。


長い間、静まり返っていた空間に、赤い光が灯っていく。


その最奥、炎に囲まれた場所で、ひとりの男が眠っていた。


『…………』


閉じられていた瞼が、ゆっくりと開く。


炎のような瞳が、暗闇に浮かび上がった。


男が僅かに顔を上げる。


何かを感じた、ほんの一瞬。


あまりにも微かな気配。


けれど――知っている。


忘れるはずがない。


長い時を経てもなお、その記憶に刻まれている。


あり得ない。


あの気配は、とうの昔に失われた。


もう二度と感じることなどないはずだった。


それなのに――


確かに、感じた。


遠く、まだ遥か遠くから。


こちらへ近づいてくる、何かを。


周囲の炎が、ざわりと大きく揺れる。


炎の瞳が、静かに細められた。


『……この気配は――』


次の瞬間、長く眠りについていた炎が、一斉に燃え上がった。


ここまでお読みいただき、ありがとうございます!


「今回は、まじないじゃない」――レオンハルトのこの言葉は、ちょっと反則ですよね……!(笑)


そして、まさかの黒猫のぬいぐるみ・ダイアナに宿ったエリーも、新たな仲間として加わりました!


次回のエピローグをもって、第一部は完結となります。


そして第二部では、いよいよ舞台を炎の国・グランシェルへ!


新たな出会いや、少しずつ変わり始めたリーンとレオンハルトの関係にも、ぜひご注目ください。


これからも二人の物語を見守っていただけると嬉しいです。(*^^*)


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