ep.6 緊急信号※アルヴィン視点
レオンハルトが所属する黒曜騎士団の副団長、アルヴィン・アステリオス視点です。黒髪のインテリ眼鏡枠です!
王都にある王国黒曜騎士団本部。
その一角に設けられた副団長執務室で、アルヴィン・アステリオスは届いたばかりの報告書に目を通していた。
窓の外では、傾き始めた陽が王都の白い街並みを淡い金色に染めている。室内には、紙をめくる音だけが静かに響いていた。
その静寂を破ったのは、アルヴィンが首から提げた銀色のアミュレットだった。
小さく震えた直後、中央の黒曜石が鋭い光を放つ。
黒曜の剣をかたどった紋章が、宙に浮かび上がった。
「……団長」
アルヴィンは椅子から立ち上がった。
間違えるはずがない。
このアミュレットは、あらかじめ魔力を登録した者からの緊急信号だけを受信する。しかも今届いたのは、通知先を限定した秘匿信号だった。
レオンハルト・ガーディナスが限定信号の受信者として登録しているのは、黒曜騎士団副団長アルヴィン、第一師団副隊長のグレン、そして王太子カイエル。この三名のみ。
通常の救援要請ではない。
現在地と発動者を示す最低限の情報だけを、信頼する者へ送るためのものだ。
紋章の下に、細い光の筋が伸びていく。
王都の西方。アルバリーの森。
だが、その光はひどく不安定だった。
発動者の魔力が著しく弱っている証拠だ。
「アルバリーの森……」
団長が単独で周辺の異変を調査していることは、アルヴィンも把握していた。
とはいえ、レオンほどの人物が緊急信号を使う事態など、そうあるものではない。ましてや、秘匿行動を維持したまま助けを求めている。
アルヴィンは机上の呼び鈴を鳴らした。
ほどなく扉が開き、騎士が姿を現す。
「グレンに伝えなさい。団長から限定信号が入りました」
「団長から……!?」
「声を抑えなさい。第一師団を待機状態へ。ただし、現時点では大人数を動かしてはいけません」
「はっ」
「私は先行します。アルバリー周辺の魔力調査が可能な者を、蒼星魔戦団から一名。それから追跡と救護に長けた騎士を数名、至急」
騎士が走り去ると、アルヴィンは再び宙に浮かぶ紋章を見つめた。
光は今にも消えそうなほど弱い。
「どうか、ご無事で」
銀縁の眼鏡を押し上げる、その表情はいつもと変わらない。
だが瞳からは、いつもの柔らかさが消えていた。
◇ ◇ ◇
アルバリーの森へ到着した頃には、陽は西へ大きく傾いていた。
アルヴィンは馬を降り、残された光の指し示す方向へ足を進めた。同行するのは黒曜騎士団の精鋭三名と、蒼星魔戦団所属の魔導士一名。
信号が秘匿指定であった以上、いたずらに人員を増やすことはできない。
森の中は不自然なほど静かだった。
魔物の気配はある。だが、それだけではない。何かが淀んだような空気が漂っている。
「副団長」
魔導士が足を止めた。
まだ若いが、魔力感知を専門とする実力者だ。
「どうしました」
「この森……魔力の流れが乱れています」
「魔物の瘴気ですか?」
「それもあります。しかし、それだけではありません」
男は地面へ手をかざす。青白い光が指先から広がり、細い糸のように走った。
「二つ……いえ、三つ以上の異なる魔力が混ざっています。うち一つは、団長のもので間違いありません」
「残りは?」
「判別できません。少なくとも、王都で登録されている術者の魔力とは一致しません」
アルヴィンは森の奥へ視線を向けた。
「先へ」
やがて、一行は激しい戦闘の痕跡へたどり着いた。
なぎ倒された木々。地面に刻まれた深い爪痕。
数体の魔物が倒れ、周囲には乾き始めた血が黒くこびりついている。
アルヴィンは、切り裂かれた魔物の傷口を確認した。
一閃。迷いのない剣筋。硬い外皮の継ぎ目を正確に断ち切っている。
「団長です」
同行の騎士が息をのんだ。
「この剣筋は間違いありません」
「こちらにも血痕が」
別の騎士が地面を指す。
「魔物のものより色が薄い。人間の血です」
血の跡は、倒れた大木のそばまで続いていた。膝をついたような跡もある。
アルヴィンは静かに周囲を調べた。
戦闘の規模。倒された魔物の数。剣を振るった角度。血が飛び散った方向。
レオンは深手を負いながらも、最後まで一人で戦っていた。
そして、ここで倒れた。
だが、レオンの姿はない。
「ここから先の足跡は?」
「ありません」
「血痕も、ここで途切れています」
同行の騎士たちの表情に緊張が走る。
負傷者が自力で移動すれば、必ず跡が残る。誰かが背負っても同じだ。ましてこれほどの重傷者を運べば、草木や地面に痕跡が残らないはずがない。
それが、何もなかった。
まるで、レオンだけが突然その場から消えたかのように。
「調べられますか」
魔導士が頷き、血痕の途切れた場所に膝をついた。両手をかざすと、淡い光が地面を覆う。
しばらくして、その表情が驚愕に変わった。
「……信じられない」
「何が残っていますか」
「空間干渉の痕跡です」
「転移魔法ということですか」
「おそらくは。しかし……」
魔導士は何度も地面を確認し、困惑したまま続けた。
「これほど精密な転移術を使える者が、王国にいるとは思えません」
「蒼星魔戦団にも?」
「団長閣下であっても、これほど痕跡を残さず、人ひとりを安全に転移させるのは困難です。しかも残された魔力には、術式特有の歪みがほとんどない」
男は首を振った。
「まるで、術式そのものを介していないような……」
「そんなことが可能なのですか」
騎士の一人が尋ねる。
「現代の魔法理論では不可能です」
男は半ば呆然としたまま、冗談とも本気ともつかない調子で呟いた。
「もはや、千年前の賢者でも生き残っていない限りは――」
「その話はあとに」
アルヴィンの静かな声に、魔導士は我に返った。
「失礼しました」
「転移先は」
「完全には分かりません。ですが、術者の魔力がごく薄く残っています。追跡をかけてみます」
魔導士が立ち上がり、感知魔法を広げる。
すぐに追えるほど明瞭な痕跡ではない。森の魔力に紛れ、今にも消えそうなほど淡い。
それでも、注意深く探れば、見慣れない魔力がかすかな道筋を作っていた。
「こちらです」
一行は魔力の残滓を追い、森を抜けた。
街道へ出る頃には陽がさらに傾き、空が赤みを帯び始めている。
未知の魔力は途中で何度も途切れかけた。それでも、街の外れに近づくにつれ、レオン本人の魔力がわずかに感じ取れるようになった。
「団長の反応です!」
魔導士の声に、同行者たちが一斉に顔を上げる。
「弱いですが、間違いありません。生きています!」
アルヴィンは小さく息を吐いた。
(…レオン、無事でいてくださいよ)
安堵するには、まだ早い。それでも、最悪の事態ではなかった。
反応をたどった先には、小さな建物があった。
街の喧騒から少し離れた、古びているが手入れの行き届いた店。軒先には、葉をかたどった看板が揺れている。
――リーフェ薬店。
窓からは灯りが漏れ、薬草の香りが漂っていた。
アルヴィンは店の前で立ち止まる。
「ここですか」
一説明一
リーン達がいる国は魔法国家レイガルドです。
この国を支えるレイガルド王国 三大機関
◎王国黒曜騎士団
治安維持・魔物討伐・護衛・戦闘の要
団長:レオンハルト・ガーディナス
◎王国蒼星魔戦団
魔法戦闘・結界・対魔獣戦・大規模魔法
王国最強の魔導師が所属
◎王国翠樹薬術院
治療・薬術・薬学研究・薬術師育成
王国内の薬術師の最高機関




