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薬術師リーンは騎士団長の監視対象です ~隣国のスパイ容疑をかけられましたが、なぜか最強騎士に囲われています~  作者: 空乃葉
第一部/第1章 運命の一番星

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ep.5 夜を越えて

暑すぎて溶けそうです。皆さま、ご自愛ください。続きを宜しくお願いします。

―ふわり。

大きく渦を巻いた風が、薬店の棚に並ぶ乾燥薬草を優しく揺らした。


次の瞬間、風は静かにほどけるように消え、リーフェ薬店の中にはリーン、ローウェン、そして傷だらけの騎士の姿があった。

騎士は見えない風に支えられたまま、ゆっくりと診療台へ横たえられる。


ローウェンは小さく息をついた。


「助かった、シルフィー」


柔らかな風が彼の頬を撫でる。

リーンは風へ向かって嬉しそうに笑った。


「ありがとう、シルフィ!」


『ふふっ。可愛い子のお願いだもの』


鈴の音のような笑い声が部屋へ溶ける。

長い翡翠色の髪を揺らした美しい風の精霊は、愛おしそうにリーンを見つめると、その姿を風へ溶け込ませるように消えていった。


リーンに声は聞こえても、その姿は最後まで見えなかった。


「さて」


ローウェンは静かに男へ歩み寄る。

その顔を見た瞬間だけ、表情が僅かに引き締まった。


「……」


リーンは慌てて駆け寄る。


「師匠、この人……!」


「分かってる」


ローウェンは傷口へ手をかざした。


「普通の傷じゃない」


その低い声に、部屋の空気が張りつめる。


「お前は湯を用意しろ」


「……はい!」


リーンは返事をすると、慌てて薬棚へ向かった。

ローウェンは男の胸元の紋章へ視線を落とす。


(剣と盾の紋章、ガーディナス家とは。やはり、綻びはじめたか……。)

ローウェンは静かに目を閉じた。


再び男を見れば、胸元を覆う鎧は血で赤黒く染まり、その傷の深さを物語っていた。

ローウェンは迷いなく鎧を外し、傷口を確認する。


「……深いな」


 肩口から胸へかけて裂けた傷。鋭い魔物の爪によるものだろう。傷の周囲には、黒く淀んだ魔力がわずかにまとわりついていた。


「師匠……」


 リーンは不安そうに傷を見つめる。


「助かりますよね……?」


 ローウェンは視線を上げない。


「助ける」


 それだけだった。けれど、その一言でリーンの迷いは消えた。


「はい!」


「湯」


「もう沸いてます」


「針」


「ここです」


「止血薬」


「すぐ調合します」


 薬研で薬草をすり潰す音が部屋に響く。交わされるのは必要な言葉だけ。

十年以上共に過ごした師弟だからこそ成り立つ呼吸だった。


ローウェンが傷を洗い、縫合する。

リーンは血を拭き取り、薬を作る。

無駄のない連携で治療は進んでいった。


ようやく縫合が終わっても男の呼吸は依然として浅く、額には汗が滲んでいた。


リーンがそっと額へ触れる。

「熱い……」


思わず薬棚へ向かおうとすると、ローウェンが静かに制した。


「違う」


リーンは足を止める。

ローウェンは男の胸元へ手を添えた。


「乱れてる」


その一言で、リーンは理解する。


「……魔力ですね」

 ローウェンは小さく頷いた。


「星露草を」


「はい」


リーンは迷うことなく、夕暮れに森で摘んできた星露草を取り出した。


葉を丁寧にすり潰し、薬液へ溶かしていく。

青白い雫が薬へ混ざると、淡い光がゆっくりと広がった。

リーンは薬を口元へ運びながら、小さく呟く。


「みんなは高熱に効く薬草だと思っていますけど……」


「違う」


ローウェンが短く答える。

「星露草は、乱れた魔力を整える」


「だから結果として熱も下がる」


リーンは静かに頷いた。

世間では星露草は"高熱に効く薬草"として知られている。

だが、それは本来の効能ではない。


魔力の流れを整える。


それこそが、この薬草に秘められた本当の力だった。


薬が男の喉を通る。

しばらくすると、騎士の苦しそうだった呼吸が少しずつ穏やかになっていく。


「効いてる……」


リーンの表情が少しだけ和らいだ。


「まだ安心するな」


「はい」


二人は交代で様子を見守り続けた。

夜は静かに更けていく。


薬草を煎じる音。


薪がはぜる音。

そして少しずつ落ち着きを取り戻していく呼吸。


長い時間が過ぎた。


リーンはようやく大きく息を吐く。


「……助かりそうですね」


「まだ分からん」


ぶっきらぼうな返事。


それでも、先ほどまでの張り詰めた空気は少しだけ和らいでいた。


緊張が解けた途端、疲れが一気に押し寄せる。

リーンはその場に座り込み、小さく欠伸を漏らした。


「眠いなら寝ろ」


「でも……」


「俺が見てる」


リーンは首を横に振る。


「最後まで一緒に診ます」


ローウェンは小さく息を吐いた。

「……頑固だな」


「師匠に言われたくありません」

思わず笑みがこぼれる。


ローウェンは何も返さず立ち上がると、薬缶を火へ掛けた。

薬草をひとつまみ。

やがて優しい香りが部屋へ広がる。

湯呑みに注ぎ、リーンの前へ静かに置いた。


「飲め」

たった一言。


リーンは湯呑みを両手で包み込み、嬉しそうに微笑む。


「ありがとうございます、師匠」

返事はない。

ローウェンは診療台へ視線を向ける。


男の容態は落ち着いていた。


その時、不意に胸元から覗く銀色の剣と盾の紋章が目に入る。

ローウェンの視線が、ほんの一瞬だけ止まる。


「……」


そっと毛布を掛け直し、視線を外した。

窓の外では、東の空がわずかに白み始めていた。


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