表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
薬術師リーンは騎士団長の監視対象です ~隣国のスパイ容疑をかけられましたが、なぜか最強騎士に囲われています~  作者: 空乃葉
第1章 運命の一番星

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
5/5

ep.4 血染めの騎士

こんにちは、空乃葉(ソノハ)です。今回はリーンとレオンの運命が大きく動く回です。

少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです。

――カンッ!


乾いた金属音が、静かな森へ鋭く響いた。


リーンは思わず足を止める。


一斉に鳥たちが飛び立ち、辺りは不気味なほど静まり返った。


「……誰か、いるの?」


思わず漏れた声は、木々の間へ吸い込まれていく。


脳裏に浮かんだのは、出発前の師匠の言葉だった。


『二番星が現れる前に森を出ろ』


空を見上げれば、一番星の隣に、小さな二番星が顔を覗かせ始めている。


今なら、まだ引き返せる。

そう思った、その時だった。


「――っ、ぐ……!」


微かだった。

けれど確かに、誰かが苦しむ声が聞こえた。


リーンはぎゅっと採取籠を抱きしめる。


「……確認だけ。確認したら、すぐ帰る」


誰に言い訳するでもなく、小さく呟く。


「ごめん、師匠」


そう言うと、リーンは音のした方へ足を踏み出した。

進むにつれて草は腰の高さまで伸び、枝葉が行く手を遮る。


「よいしょ……っと」


腕で草をかき分けながら進むと、視界がふっと開けた。


森の奥に、小さな湖が広がっている。

月明かりを映した水面は静かに揺れていた。

その幻想的な景色とは対照的に、湖畔の草花は無残に踏み荒らされている。


「……!」


違和感を覚え、辺りを見回した。


すぐ近くの大木には、鋭い刃で斬り裂かれたような深い傷。

地面には抉れた跡がいくつも残り、折れた枝が無造作に散乱している。

風に乗って漂ってきたのは、鉄のような血の匂い。


そして――鼻を刺す、魔物特有の濃い臭気。


自然と表情が強張る。


「なんで……こんなところで?」


ここは森の奥とはいえ、まだ深淵へ続く境界より手前だ。

この辺りに現れる魔物は、小型種ばかり。


これほど濃い臭気を放つ大型魔物が現れたという話は、一度も聞いたことがなかった。


「――っ、ぐぁあ!」


「……!!」


今度こそ、はっきりと苦しむ声が聞こえた。


声の方へ目を向けると、切り裂かれた大木の陰に、大きな人影が見えた。

慎重に近づく。


そこには、黒い騎士服をまとった青年が、片膝を立てたまま大木へ背を預けて座り込んでいた。

胸元には見たことのない紋章。

右手にはなお剣を握りしめ、今にも倒れそうになりながらも気力だけで身体を支えている。


銀色の髪は血と泥で汚れ、鎧もマントも鋭い爪で引き裂かれたように裂けていた。


「なんてこと……!」


思わず駆け寄ろうとした、その瞬間だった。


「近寄るな」


低く、鋭い声。


――チャキッ。


剣を握り直す音が響く。


月明かりを反射した氷青(アイスブルー)色の瞳が、まっすぐリーンを射抜いた。

傷だらけだというのに、その威圧感はまるで衰えていない。


「その傷では、私を斬る前に倒れますよ」


リーンは立ち止まったまま答える。


青年は何も言わない。

ただ剣先だけは、決して下ろさなかった。


「二度は言わん。ここから逃げろ」


「嫌です」


即答だった。


「では、こちらから質問します」


リーンは一歩だけ前へ出る。


「その傷で、あとどれくらい意識を保てますか?」


青年は答えない。

答えられないのだと、リーンは悟った。


「私は薬術師です」


さらに一歩。

その瞬間、リーンは木々の影から抜け、月明かりの下へ姿を現した。


湖面に反射した光が、彼女を柔らかく照らす。

ブラウンの髪が風に揺れ、蒼と金が溶け合ったような瞳が真っ直ぐ青年を見つめていた。

その瞳には恐れも打算もない。


ただ、目の前の命を救いたいという強い意志だけが宿っていた。


青年の瞳が、わずかに見開かれる。


「……薬術師か」


「ええ。すぐ近くの街で薬店を営んでいます。理由は聞きません。だから、その傷を診せてください」


「……っ、何度目も言わせるな、逃げるんだ」


「目の前に患者さんがいるのに帰れません」


「ここは危険だ……!!」


「辺りは探りました。魔物の気配はありません。応急処置だけしたら、人を呼びます」


そう言うと、リーンは素早く青年のそばへしゃがみ込んだ。


「おい……!」


抗議の声も構わず、裂けたマントをそっと避ける。


右肩へ手をかざした。


「少しだけ診ますね――『ディアグノス』」


淡い光が傷口を包む。

情報が頭の中へ流れ込んできた。


体内状態――出血重度。


魔力循環――異常。


呪毒反応――なし。


状態異常――魔力汚染(微弱・未知)。


「……え?」


リーンは思わず眉をひそめた。


「魔力循環が異常……?」


それは分かる。

だが、その下に表示された『魔力汚染』という文字には見覚えがなかった。


しかも『未知』。

そんな診断結果は、一度も見たことがない。


「……まずいかも」


星露草なら魔力循環の乱れを和らげられる。

けれど、この症状が何なのか分からない以上、それだけで足りる保証はない。


青年が苦しそうに息を吐いた。


「……魔力異常…そうか。これが…」


「喋らないでください!」


リーンは慌てて簡易回復術を施す。

自分が使えるのは初級魔法だけ。それでも、少しでも痛みが和らげばいい。


「もう少しだけ頑張ってください。すぐ師匠を呼びます」


青年は苦しげな呼吸の中、小さく笑った。


「……変な女だ」


「よく言われます。主に師匠から」


その言葉に、青年の口元がほんの少しだけ緩む。


「……そうだろうな」


それが、レオンハルト・ガーディナスがこの夜初めて見せた笑顔だった。


そして、そのまま静かに意識を失った。


「えっ!? ちょっと!?」


リーンは慌てて青年を支える。


一人では運べない。


どうしよう。


「師匠……助けて!」


強く願った、その瞬間。

レオンハルトの胸元の紋章が一瞬だけ淡く光ったことにリーンは気づかなかった。


森の空気がふわりと震え、柔らかな風が木々を駆け抜け、葉が優しくざわめく。


数秒後。

背後で、枝葉を踏む小さな音がした。


「はぁ……だから早く帰ってこいと言ったんだ、馬鹿娘」


「師匠!」


振り返ると、そこには呆れ顔のローウェンが立っていた。


「説教は後だ」


ローウェンは倒れた青年へ視線を向けた。

その瞬間だけ、老人の瞳が鋭く細められた。


「……また厄介な奴を拾ったな」


小さく漏らしたその声は、リーンには届かない。


ローウェンは懐から小さな水晶を取り出した。


「霧隠れの水晶……?」


「見られると面倒だからな」


魔力を流し込む。


――パリン。


水晶が砕けると同時に、三人の周囲へ白い霧が広がった。

風が渦を巻き、外からは何も見えなくなる。


その直前。

リーンは一瞬だけ、誰かの視線を感じた。


「……?」


索敵魔法を広げる。

反応はない。


「気のせい……?」


首を傾げるリーンを横目に、ローウェンは静かに呟いた。


「……シルフィー。」


ローウェンが静かに名を呼ぶ。

次の瞬間、風がふわりと渦を巻いた。


淡い翡翠色の光が集まり、その中から一人の女性が姿を現す。

長い翡翠色の髪は風とともに揺れ、透き通る衣は朝靄のように儚く美しい。

人の姿をしていても、その神秘的な佇まいは決して人ではないと分かる。


シルフィーはローウェンへ小さく頷くと、すぐにリーンへ優しい眼差しを向けた。

まだリーンには、その姿は見えない。


『任せて』


鈴を転がすような澄んだ声だけが、リーンの心へ届く。

青年の身体がふわりと宙へ浮かび、見えない風に包まれていった。


「何回見てもすごい……」

風だけで人を運べるなんて。


「感心している暇があるなら歩け」


ローウェンは青年を見つめたまま、小さく息をつく。


「さあ帰るぞ。お前が拾った責任は、お前が果たせ」


そう言って背を向けたあと、小さく呟く。


「……これも運命だというのか。」


その視線は青年へ向けられているようで、どこか遠い過去を見つめているようでもあった。


その言葉の本当の意味を、この時のリーンはまだ知らなかった。

まさか一人の騎士を助けたことが、王国そのものを揺るがす運命の始まりになるなど――。


夢にも思っていなかったのだから。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ