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薬術師リーンは騎士団長の監視対象です ~隣国のスパイ容疑をかけられましたが、なぜか最強騎士に囲われています~  作者: 空乃葉
第1章 運命の一番星

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ep.3 一番星の薬草

満天の星空が見えるところ、今一番行きたい場所です。

夕暮れの町は、朝とは違う匂いに満ちていた。


家々の煙突から夕食の煙が昇り、市場では店じまいを始めた商人たちが声を掛け合っている。


石畳を進むにつれ、家の数が減っていく。

舗装された道はやがて土の道へ変わり、その先に深い森が広がっていた。


西の空は茜色に染まり、頭上には薄い群青が滲み始めている。


森へ足を踏み入れると、町の音が遠ざかった。


葉の擦れる音。枝を渡る風。どこかで鳴く小鳥の声。足元の土は柔らかく、夕方の冷たい湿り気を含んでいる。


私は慣れた道を進みながら、時折しゃがみ込んだ。


「月眠草は、まだ早いか」


丸みのある葉を指先で確かめる。

その隣には、小さな白い花を咲かせた薬草があった。


「白鈴花。こっちは使える」


必要な分だけ根元から切り、採取袋へ入れる。


前に生きていた世界のゲームなら、見つけた素材は片っ端から拾っていたかもしれない。


けれど現実では、籠へ入れられる量にも、森が与えてくれる恵みにも限りがある。


「ゲームみたいに、持ち物が無限だったら楽なんだけどな」


森では誰かに聞かれる心配もない。一人で呟き、少し笑ってしまった。

 


私には、日本という世界で高校生として暮らしていた記憶がある。


これがいわゆる前世ってやつだろうか。

私は物語の中を冒険するRPGが好きだった。

剣を持った勇者が魔物を倒したり、森で薬草を集めたりする。傷ついた仲間へ回復薬を使えば、失った力はたちまち元に戻った。


この世界で薬術師を目指すと決めた時も、最初は少しだけゲームのようだと思った。


もちろん、現実はそんなに簡単ではなかった。


同じ症状でも、誰にでも同じ薬が効くわけではない。薬草の量を間違えれば毒になり、判断を誤れば患者の命に関わる。便利な表示もなければ、失敗してやり直すこともできない。


それを身をもって知っていたからか、二つの世界の記憶があることへの戸惑いは、思っていたよりも早く消えた。


今の私は、リーンという名の薬術師だ。

日本で暮らしていた少女の記憶も、今では長い夢の続きを思い出しているように感じることがある。


それよりも、ずっと気になっていることがあった。


この世界で生まれてから、師匠であるローウェンと出会うまでの記憶が、私にはない。


ローウェンに拾われたのも、こんな森の中だったという。


なぜ幼い私が一人で森にいたのか。

なぜローウェンも、同じ場所にいたのか。


『行くところがないなら・・・・俺と来るか?』


差し出された手を見上げた時、その瞳には優しさと、どこか深い寂しさが宿っていた気がする。


気づけば私は、その手を取っていた。

それからずっと、ローウェンは私の師匠であり、家族だった。


ただ一度だけ、数年前になぜあそこにいたのかを尋ねたことがある。


『いずれ、時が来たら話す』


あの日の師匠は、いつものように不機嫌そうな顔をしていた。けれど、その声はひどく穏やかだった。


「……考えても、今は答えなんて出ないか」


私は小さく息を吐き、目の前の薬草へ視線を戻した。

 

日が傾くにつれて、木々の影は細長く伸びていった。茜色だった空が紫へ変わり、やがて深い群青に包まれていく。


星露草の群生地へ着いた頃には、森の輪郭も暗闇へ溶け始めていた。


昼間なら、ここに星露草があるとは分からない。

足元に広がっているのは、どこにでもありそうな細長い葉ばかりだ。


私は籠を下ろし、空を見上げた。


梢の向こうに残る夕暮れの光。

その中で、ひときわ白い点が静かに瞬いた。


一番星。


その瞬間だった。


足元で、淡い光が一つ灯った。

続いて、もう一つ。


ぽつり、ぽつりと、青白い光が草むらへ広がっていく。


葉脈に宿った光は、夜空に浮かぶ星へ応えるように、静かに揺らめいていた。


まるで空の星が、森へ降りてきたようだった。


「……きれい」


 何度見ても、この瞬間だけは息を呑む。


 星露草。


一番星が現れる短い時間だけ、世界樹の魔力へ反応して輝く薬草。


解熱や魔力疲労の緩和に使われ、リーフェ薬店でも欠かすことができない。


「今年もちゃんと光ってくれてよかった」


私はナイフを取り出し、葉を傷つけないよう根元近くから切り取っていく。


一つの場所からすべて採ってはいけない。

来年も芽吹くよう、必ず半分以上を残す。


「また来年もお願いね」


誰に聞かせるでもなく呟きながら、採取した星露草を布へ包んで籠に収めた。必要な量は十分に集まった。


空を見上げると、一番星の近くに、もう一つ小さな光が現れようとしていた。


「まずい。師匠に怒られる」


私は立ち上がり、籠を背負う。


その時、群生地の端にある一株が目に入った。


他の星露草が淡い光を宿す中、それだけが暗い。


「……あれ?」


光る時間が遅れているのだろうか。

近づいてしゃがみ込んでみた。


葉へ触れると、指先に乾いた感触が返ってきた。

葉の先が黒く変色し、茎も力なく地面へ倒れている。


「枯れてる……?」


星露草が一株だけ枯れること自体は、あり得ない話ではない。


虫に食われることもあれば、土の状態が悪いこともある。


けれど、葉の黒ずみ方が妙だった。

表面だけではなく、葉脈に沿って内側から色が失われているように見える。


私は土へ触れた。

湿り気はある。

周囲の株は問題なく光っている。


「病気かな?」


明日、師匠へ見せるため、枯れた葉を少しだけ持ち帰ろう。


そう考えてナイフへ手を伸ばした、その時だった。


 ――カンッ!


森の奥で、硬い音が響いた。

金属と金属がぶつかり合うような、鋭い音。


私は動きを止めた。

気づけば、鳥の声が消えている。

風も止まっていた。


急に森全体が息を潜めたように静まり返る。


 ――カンッ!


先ほどよりも遠く、小さな音がもう一度響いた。


「……何だろう?」


私は暗い木々の向こうを見つめた。


その時には二番星が、夜空に浮かんでいた。


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