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薬術師リーンは騎士団長の監視対象です ~隣国のスパイ容疑をかけられましたが、なぜか最強騎士に囲われています~  作者: 空乃葉
第1章 運命の一番星

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ep.2 リーフェ薬店

何とか本日あげれました!よろしくお願いします。

マルタさんを見送ると、入口の鈴がカランと小さく鳴った。


焼きたてのパンの香りを残して扉が閉まり、店内には再び乾燥薬草と煎じ薬の匂いが戻ってくる。


私は調合台の上に残った薬包を揃えながら、ちらりとローウェンを見た。


師匠は相変わらず難しい顔で薬草棚を眺めている。


白髪の混じった髪に深い皺。少し背中の曲がった、どこから見ても気難しい老人だ。


町の人たちは、そんなローウェンをなどと呼んで「口は悪いけれど腕は確かな薬術師」と呼んでいる。


その評価については、私も否定しない。

口の悪さに関しては、むしろ町の人たちが思っている以上だと思う。


「薬の選び方は悪くない」


不意に声が飛んできた。

私は薬包を持ったまま顔を上げる。


「本当?」


「ああ」


珍しい。

師匠が素直に褒めてくれるなんて、年に数回あるかどうかだ。思わず頬が緩みそうになった、その時だった。


「薬包の折り方は雑だがな」


「そこ?!」


「端が揃っていない」


ローウェンは私の手元を指差した。


たしかに、並べた薬包の一つだけ、端がわずかに斜めになっている。


「これくらいなら中身はこぼれないよ」


「患者が持ち帰る途中で落としたらどうする」


「落とさないように包んでるでしょ」


「そう言って床へ薬をぶちまけた奴を、俺は何人も見ている」


「そんなに?」


「人はお前が思っているより、よく物を落とす」


妙に実感のこもった言い方だった。

私は斜めになっていた薬包を折り直す。


「これでいい?」


「最初からそうしろ」


「一言くらい褒めたままで終われないの?」


「調子に乗るからな」


「乗ってない!」


「昨日、煎じ薬の配合がうまくいっただけで、夕食の時まで自慢していたのは誰だ」


「……師匠しか聞いてくれる人がいなかったから」


「聞かされた俺の身にもなれ」


そう言いながら、ローウェンは薬草棚から一つの小瓶を取り出した。

中には、細く乾燥させた青緑色の葉が入っている。

瓶を傾けると、底に残った葉がわずかに滑った。


「星露草が足りんな」


「え?」


私は瓶をのぞき込む。

たしかに、残っているのは一回分ほどしかない。


「昨日までは、もう少しなかった?」


「お前がガリウスの坊に多めに薬を使ったからだ」


「あれは必要だったの!体格のわりに熱が高かったし」


「なら処方箋を記録へ残せ」


「書いたよ」


「あとから書き足した跡がある」


「……最終的には書いてあるでしょ」


「忘れていたのを思い出しただけだろう」


図星だったので、私は黙って目を逸らした。


ローウェンが鼻を鳴らす。


「今日の分は足りる。だが次に高熱の患者が来たら困る」


「じゃあ、森へ採りに行ってくる」


私はすぐに採取籠へ手を伸ばした。


「今から行ってどうする」


呆れた声が返ってくる。


「今からって、まだ朝だけど」


「昼間の星露草が、お前に見分けられるのか?」


私は籠を持ったまま止まった。

星露草は、日中には周囲の草とほとんど見分けがつかない。


細長い葉も、淡い青緑色も、森に生える他の草とよく似ている。

それが一番星の現れる短い時間だけ、葉脈に淡い光を宿す。


夜空へ昇った星に応えるように、地上でも小さな星が灯るのだ。


「分かってるよ!夕方に行く」


「最初からそう言え」


「師匠が先に説明するからでしょ」


言い返しながら採取籠を元の場所へ戻した、その時、入口の鈴が勢いよく鳴った。


「リーン姉ちゃん!」


飛び込んできたのは、近所に住む少年のニコだった。


乱れた髪に泥だらけの服。右の膝からは、うっすら血が滲んでいる。


「どうしたの、その膝」


「走ってたら転んだ」


「見れば分かる」


ローウェンが言うと、ニコは唇を尖らせた。


「ローじいさん、また怒ってる」


「誰がじいさんだ、小僧」


「じいさんじゃん」


「口を閉じないと、その傷へ一番苦い薬を塗るぞ」


ニコが慌てて私の後ろへ隠れる。


「リーン姉ちゃん、助けて!」


「師匠、子ども相手に脅さないで」


「先に失礼なことを言ったのはそいつだ」


「はいはい」


私はニコを椅子へ座らせ、傷口を水で洗った。

見ると砂が入り込んでいる。


「少し痛いよ」


「平気!」


そう答えた直後、水が傷へ触れると、ニコは顔を歪めた。


「痛い!」


「平気じゃなかったね」


「これは、ちょっとだけ痛い」


「じゃあ次は、もう少し痛くないようにするから」


薬棚から止血用の粉と傷薬を取り出す。

ニコの気を逸らすため、私は窓辺に置かれた小さな鉢を指差した。


「あの花、何か分かる?」


「知らない」


「眠り花。夜になると花びらを閉じるんだよ」


「朝になったら開く?」


「日が昇ればね」


「じゃあ夜は寝てるの?」


「たぶん」


「へー花も寝るんだ」


ニコが鉢へ目を向けている間に、私は傷へ粉を振りかけ、軟膏を薄く塗った。


「終わったよ」


「もう?」


「もう」


ニコは自分の膝を見て、それから嬉しそうに笑った。


「リーン姉ちゃん、すごい!」


「次からは走る時、足元を見てね」


「うん!」


「返事だけはいいな」


ローウェンの一言に、ニコがまた頬を膨らませる。

けれど帰り際には、いつものようにローウェンへ手を振っていた。


「またね、リーン姉ちゃん、ローじいさん!」


「二度と来るな」


「明日も来る!」


「来るなと言っている」


扉が閉まると、私は笑いをこらえながら師匠を見る。


「子どもに好かれてるね!」


「どこを見ればそう思える」


「毎日来るじゃない」


「怪我をするたびにな」


「師匠に会いたいのかも」


「頭まで打ったなら、もう一度連れ戻せ」


ローウェンは面倒そうに言いながら、ニコが座っていた椅子を元の位置へ戻した。


その動きは、年齢のわりに妙に滑らかだった。

けれど、それを気にする町の人はいない。


私にとっても、見慣れた光景だった。


午前中は、それからも何人かの客が訪れた。

眠れないという仕立屋の主人には、香りの穏やかな薬草茶を。


腰を痛めた農夫には、温めて使う湿布薬を。


昼を過ぎる頃には客足も落ち着き、店内には薬草を刻む音だけが響いていた。


私は調合台で葉を細かく刻みながら、窓の外を見る。


朝は青かった空が、少しずつ淡い茜色へ変わり始めている。


「そろそろ行ってくるね」


刻み終えた薬草を瓶へ移し、私は立ち上がった。


ローウェンは窓辺に立ったまま、外を見ていた。

小鳥が一羽、開いた窓の縁に止まっている。


薄茶色の羽をした、ごく普通の小鳥だ。


けれど、なぜかローウェンと見つめ合っているように見えた。


「チッチ」

小鳥が短く二度鳴く。


ローウェンはわずかに眉を寄せた。


「どうしたの?」


「何でもない」


そう答えた直後、小鳥は羽ばたいて夕空へ消えていった。


私は採取籠を背負い、腰へ小さな薬草用のナイフを下げる。


「森の浅いところだけだから、すぐ戻るよ」


「奥へ入るな」


「星露草の群生地は森の入口から遠くないでしょ」


「今日は森が騒がしい」


私は窓の外へ目を向けた。

町の上空を鳥が飛び、遠くでは荷車の音が聞こえる。


いつもと変わらない夕方だ。


「静かじゃなくて?」


「そう感じるなら、お前はまだまだだ」


「また師匠の勘?」


「勘で薬を作るなと教えたはずだが」


「森の話だよ」


ローウェンは答えなかった。

代わりに、調合台の端に置かれていた小瓶を私へ放る。


慌てて両手で受け取った。


「虫除けだ」


「持っていこうと思ってた」


「忘れていただろう」


「今思い出したところ」


「それを忘れていたと言う」


私は小瓶を腰の袋へ入れた。

店を出ようとすると、背後から再び声が飛んでくる。


「リーン」


「なに?」


「一番星が出たらすぐに採れ。二番星が現れる前には森を出ろ」


振り返ると、ローウェンはいつになく真剣な顔をしていた。


「二番星って、そんなに時間は変わらないでしょ」


「だから急げと言っている」


「分かったよ」


「返事だけならニコでもできる」


「はいはい、ちゃんと帰ってきまーす!」


私は手を振り、リーフェ薬店を出た。


 

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