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薬術師リーンは騎士団長の監視対象です ~隣国のスパイ容疑をかけられましたが、なぜか最強騎士に囲われています~  作者: 空乃葉
第一部/第5章 在りし日の精霊たち

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ep.58 崩れゆく均衡

すみません、日にちを1日勘違いしてました!

よろしくお願いします(慌ててあげました!)


「……何から聞きたい? 話せるかは別問題だが」


椅子へ座り直したダミアンを、アルヴィンはしばらく見つめた。


先ほどまでと変わらない、穏やかな表情。だが、もう以前と同じようには見えなかった。


「では、一つだけ」


アルヴィンは静かに口を開いた。


「何のために、こんなことを?」


ダミアンの目が僅かに細くなった。


「エヴァルト卿の研究と竜に施された術式。王都近郊で起きた魔物の異常。そして、リーン嬢の誘拐」


一つずつ並べていく。


「あなたは、どこまで関わっているのですか」


「……その質問には、少し訂正が必要だな」


「訂正?」


「すべてが、私の指示で動いていたわけではない」


アルヴィンの眉が僅かに動いた。


「では、他にも関与している者が?」


ダミアンは答えなかった。


「閣下」


「……それには答えられない」


その言葉に、アルヴィンは目を細めた。


「答えるつもりがない、ではなく?」


ダミアンは一瞬だけ黙ったが、それだけで十分だった。


「……魔法契約ですか」


レオンハルトがアルヴィンを見る。


「契約?」


「おそらく」


魔法契約そのものは珍しいものではない。


商取引や機密保持、国家間で交わされる重要な取り決めなどにも用いられる。ただし、契約を破った際に課される制約には段階がある。


軽いものなら、一時的に魔力を封じられる程度。


重くなれば、身体へ直接影響を及ぼすものも存在する。


そして――


アルヴィンはダミアンを見つめた。


「かなり重い契約を結んでいますね」


「……どうしてそう思う?」


「あなたなら、通常の契約程度であれば、言葉を選んで抜け道を探すでしょう」


ダミアンの口元が僅かに緩んだ。


「よく分かっているな」


「長い付き合いですから」


「それで?」


「今のあなたは、それすらしようとしない」


アルヴィンは眼鏡を押し上げた。


「違反した場合の代償は……命に関わるものですか。それも、あなた自身だけでは済まないほどの」


ダミアンは沈黙を守った。

その表情に、僅かな変化もない。だが、否定もしなかった。


「……最上位の魔法契約」


アルヴィンは小さく呟いた。


契約を破れば、待っているのは死。それも、本人だけでなく、親しい者にまで及ぶ可能性がある。


それほどの契約を、この男は結んでいるのかもしれない。


誰と、何を約束したのか。


知りたいことは山ほどある。だが、これ以上問い詰めたところで、答えが得られるとは思えなかった。


アルヴィンは静かに息を吐き、それ以上の追及を控えた。


「なら、俺からも一ついいか」


それまで黙っていたレオンハルトが口を開いた。


ダミアンが視線を向ける。


「何でしょう」


「――『アルア』というものに、心当たりはあるか」


その言葉に、ダミアンの表情がほんの一瞬止まった。


「……アルア?」


「エヴァルトが最期に残した言葉だ」


レオンハルトはダミアンから目を逸らさない。


「人の名か、場所なのか、それとも別の何かなのか」


「……」


「心当たりは?」


ダミアンは答えなかった。


アルヴィンの目が僅かに細くなる。


「……あるのですね」


「そうは言っていない」


「では、心当たりはないと?」


「…………」


否定は返ってこなかった。


レオンハルトは静かにダミアンを見据える。


「それも、答えられないことの一つか」


「……好きに解釈してください」


それ以上、ダミアンが口を開くことはなかった。


だが、それだけで少なくとも『アルア』という言葉に、ダミアンは何かを知っていることがみえた。


レオンハルトは、その言葉を胸の内に刻んだ。


「答えられる範囲で結構です」


アルヴィンは改めて口を開いた。


「あなたの目的は何ですか」


今度は、ダミアンはすぐには答えなかった。


やがて小さく息を吐き、椅子の背へ身体を預ける。


「……アルヴィン。最近、この国で起きている異変をどう思う?」


「異変?」


「魔物の凶暴化。生息域の変化。本来なら人里へ近づかない魔物まで、森から溢れ出した」


「現在、原因を調査しています」


「原因が、この国の中だけにあると思うか?」


「どういう意味です」


ダミアンは答えず、今度はカイエルへ視線を向けた。


「殿下。グランシェルの現状は、ご存じですね」


「……ああ」


カイエルの表情が僅かに険しくなる。


「干ばつと不作が続いている。魔物による被害も増え、国境付近では流通にも影響が出始めていると聞いている」


「グランシェルだけではありません」


ダミアンは淡々と続ける。


「サイルードでは地脈の乱れが報告されている。ミスティでも、水脈の一部に異常が出ている」


「それが今回の件と関係していると?」


アルヴィンが問う。


「無関係だと思うか?」


「質問しているのはこちらです」


「そうだったな」


ダミアンが僅かに笑った。


どこか懐かしいそのやり取りに、アルヴィンの胸が微かに痛む。以前ならば、執務の合間に何度となく交わした会話だった。


「……世界は、少しずつ均衡を失っている」


ダミアンの声から笑みが消えた。


「それは昨日今日に始まったことではない。ずっと前からだ。目に見える形になってきたのが、最近だというだけだ」


「均衡……」


「アルヴィン。少し、この国の昔話をしようか」


「……昔話、ですか?」


「ああ。君は、千年前の世界がどのようなものだったか、知っているか?」


唐突な問いに、アルヴィンはわずかに眉を寄せた。


「千年前……。現在のレイガルドが成立する以前の歴史については、ほとんど記録が残っていないと聞いています」


「そうだな。だが、わずかに残された古い文献には、興味深いことが書かれている」


ダミアンは静かに言葉を続けた。


「今からおよそ千年前。この大地では、人と精霊が当たり前のように共に暮らしていたそうだ。森にも、川にも、街にも精霊がいて、人々はその恩恵を受けながら生きていたという」


「精霊と人が……」


「ああ。そして、精霊たちを束ねる大精霊ルナティスもまた、人々の傍にいたと伝えられている」


「大精霊ルナティス……」


アルヴィンはその名を小さく繰り返した。


「だが、その時代は長く続かなかった。ある時を境に、世界に大きな異変が起きたのだ」


「異変、ですか?」


「各地で魔物が凶暴化し、それまで姿を見せなかった魔物まで現れるようになった。大地は荒れ、マナの流れにも異常が生じたという」


アルヴィンの表情が変わった。


「……今、各国で起きている異変と似ていますね」


「そう思うか?」


「はい。グランシェルの干ばつ、サイルードの地脈の乱れ、ミスティの水脈異常。そして、各地で報告されている魔物の凶暴化……。偶然とは思えません」


ダミアンは何も答えなかった。


ただ、アルヴィンの言葉を静かに聞いていた。


「ダミアン様。千年前の異変には、何か原因があったのでしょうか?」


「さてな。千年も昔のことだ。何が起きたのか、正確に知る者などほとんどいないだろう」


ダミアンはそこで一度言葉を切った。


「だが、君も知っているだろう。魔力汚染というものを」


「……はい。現在、各地では少し形を変えて問題になっている現象ですね」


「ああ。元々は人の憎しみや恐怖、嫉妬、絶望。そうした負の感情が微量の魔力を帯び、長い年月をかけて大地に蓄積する。そして、限界を超えればマナそのものを汚染する」


「汚染されたマナは土地や生き物に影響を及ぼし、魔物の凶暴化や異常発生を引き起こす……」


アルヴィンはそこまで口にして、ふと表情を変えた。


「まさか、千年前にも同じことが?」


「どうだろうな」


ダミアンは静かに微笑んだ。


「だが、魔力汚染が長い年月をかけて蓄積するものならば、過去にも同じような異変が起きていたとして、不思議ではないだろう?」


「……確かに」


アルヴィンは考え込んだ。


千年前の異変。魔力汚染。そして、失われていったマナ。


そこまで考えたところで、ふと、幼い頃に読んだ古い伝承の一節が脳裏をよぎった。


「……もしかして、あの世界樹が関係しているのですか?」


ダミアンはわずかに目を細めた。


「ほう。世界樹か」


「はい。幼い頃に読んだ物語に登場していました。かつて世界の中心に存在し、豊かなマナをもたらしていたという、伝説の大樹です」


「ああ。今では御伽噺のように語られているが、古い文献にもその存在は記されている」


「ですが、世界樹は千年前に姿を消したと……」


「そう伝えられているな」


ダミアンは静かに頷いた。


「では、もしその世界樹が、単にマナをもたらすだけの存在ではなかったとしたら?」


「……どういうことでしょうか」


「世界樹には、大地のマナを循環させ、穢れを浄化する力があったとも古文書には伝えられている」


「穢れを……浄化する?」


アルヴィンの表情が変わった。


「それでは、魔力汚染も……?」


「さて、どうだろうな」


ダミアンは答えを濁した。


「ただ、どれほど強大な存在であっても、その力が無限というわけではない。長い年月をかけて蓄積した穢れを一度に浄化するとしたら、相応の力を失うことになるだろう」


「……世界樹が弱る、ということですか?」


「それは、私には答えられないよ」


ダミアンは穏やかな笑みを浮かべた。


「私はただ、古い伝承の話をしているだけだからね」


「……」


「だが、アルヴィン。木々が冬に葉を落とすのは、死ぬためだと思うか?」


「……いえ。春になれば、再び芽吹きます」


「そうだな。力を失い、眠りにつくことが、必ずしも終わりを意味するとは限らない」


アルヴィンは黙ってその言葉を聞いていた。


「古い文献には、千年前、世界樹が力を失い、マナが衰え始めた時代があったとも記されている。当時の人々は、世界樹が枯れれば魔法も失われると恐れたそうだ」


「……当然でしょう。世界樹がマナを支えていたのであれば、それを失うことは世界の存続にも関わります」


「ああ。だからこそ、人々は何としてでも世界樹を守ろうとしたのだろう」


「……それで、世界樹はどうなったのですか?」


「伝承では、ある時を境に世界樹は姿を消したとされている。そして、大精霊ルナティスもまた、人々の前から姿を消した」


「世界樹と、大精霊が……」


「ああ。それ以降、精霊と人が共に暮らしていた時代は終わり、魔法も次第に衰退していったという」


アルヴィンは眉を寄せた。


「なぜ、ルナティスは姿を消したのでしょうか」


「さあな。古い記録にも、その理由までは残されていない」


ダミアンは静かに首を振った。


「ただ、人々は世界樹が失われたことを嘆き、かつての繁栄を取り戻そうとしたそうだ」


「……」


「だが、失われたものを取り戻そうとすることが、必ずしも正しいとは限らない」


その言葉に、アルヴィンは顔を上げた。


「どういう意味でしょうか?」


「いや、ただの昔話だよ」


ダミアンは穏やかに笑った。


「人は、目の前で失われていくものを恐れる。だが、それが本当に失われようとしているのか、それとも次の時代へ移るために必要な変化なのか……その時代を生きる者には、分からないこともあるだろう」


アルヴィンはしばらく考え込んでいた。


「……ダミアン様。一つ、お聞きしてもよろしいでしょうか」


「何だね?」


「なぜ今、そのような昔話を?」


ダミアンはすぐには答えなかった。


やがて、窓の外へと視線を向ける。


「千年という歳月は、人にとっては途方もなく長い。だが、この世界にとっては、そうでもないのかもしれないな」


「……」


「もし、世界にも季節のような巡りがあるのだとしたら……」


そこで、ダミアンはわずかに言葉を切った。


「そろそろ、次の季節が訪れる頃なのかもしれない」


「次の、季節……」


「ああ」


ダミアンは静かに微笑んだ。


「それが春なのか、厳しい冬なのかは……誰にも分からないがね」


アルヴィンは黙ってダミアンを見つめた。


千年前の異変。


魔力汚染。


世界樹の消失。


そして、現在各国で起きている不可解な現象。


すべてが無関係とは思えなかった。


だが、ダミアンはそれ以上何も語らなかった。


まるで、ここから先は自分で答えを探せと言っているかのように。


「……一つ、確認させてください」


アルヴィンは静かに口を開いた。


「今のお話は、あなたが関わった研究と何か関係があるのですか?」


ダミアンは答えなかった。


「閣下」


「……私が話せるのは、ここまでだよ」


その言葉に、アルヴィンは口を閉ざした。


最上位の魔法契約。


先ほど確認したばかりの制約が、再び二人の間に立ちはだかっていた。


「では、エヴァルトの研究についてはどうだ」


レオンハルトの低い声が響いた。


「竜をあんな姿にしてまで、何を得ようとしていた?」


ダミアンは僅かに目を伏せた。


「……あの研究が、正しかったとは言わない」


「では、間違っていたと?」


「少なくとも、あの結果を正当化するつもりはない」


ダミアンの表情は変わらない。


「制御できず、犠牲も出た。それは事実だ」


「ならば、なぜ止めなかった」


「……」


「答えろ、ダミアン」


「それには答えられないな」


静かな返答だった。


レオンハルトの眉間に皺が寄る。


だが、アルヴィンには分かっていた。


これ以上問い詰めても、答えは得られない。


「ダミアン」


今度はカイエルが口を開いた。


「先ほど、世界は均衡を失っていると言ったな」


「はい」


 カイエルは険しい表情のまま、ダミアンを見据えた。


「……その契約が、どこまで貴殿の言動を縛っているのかは分からない」


「……」


「だが、契約があるからといって、今回の行いに対する責任が消えるわけではない」


「承知しております」


「ならば、その責任は然るべき形で取ってもらう」


 ダミアンは静かに頭を下げた。


「……御意に」


ダミアンが静かに口を開いた。


「殿下、一つだけ、申し上げてもよろしいでしょうか」


「何だ」


「尊き治世を司る、緑翠の王太子殿下」


その呼びかけに、アルヴィンは僅かに眉を寄せた。


いつもと変わらぬ、王太子への敬意を込めた言葉。

 だが、その声にはどこか寂しげな響きがあった。


「あなた様がこの国を治める頃まで――この国が、いえ、この世界が保てば僥倖でしょう」


「……何?」


室内に沈黙が落ちた。


「それほどまでに、世界の状況は深刻なのか」


カイエルが問う。


ダミアンは答えなかった。


ただ、先ほどまでとは違う、どこか疲れたような表情を浮かべていた。


アルヴィンは目の前の男を見つめた。


脅しているわけではない。まして、カイエルを侮っているわけでもない。


本気でそう考えている。


だからこそ、その言葉は重かった。


「では、最後に一つ」


アルヴィンが口を開いた。


「今回の件は、これで終わるのですか」


ダミアンはアルヴィンを見た。


しばしの沈黙。


「……いいえ」


迷いのない答えだった。


「私一人を捕らえたところで、何も終わりませんよ」


「それは――」


アルヴィンは言葉を止めた。


聞いたところで、答えられない。


ダミアンの口元に、僅かな笑みが浮かぶ。


「聞かないのか?」


「答えられないのでしょう?」


「……そうだな」


「なら、事実を暴いてみせます」


アルヴィンは眼鏡を押し上げた。


「あなたが教えてくださったように」


ダミアンの目が僅かに見開かれた。


「憶測と事実を混同するな」


アルヴィンは、かつて何度も聞かされた言葉を返した。


「疑わしいというだけで、人を罪人にしてはならない」


「……」


「ですから、残っている事実を一つずつ調べます。その先に誰がいようと」


しばらく、ダミアンは何も言わなかった。


やがて、ほんの僅かに目を細める。


「……本当に、よく育ったな」


「今それを言われても、複雑ですよ」


「そうだろうな」


ほんの一瞬。そこにいたのは、昔と変わらない師のように見えた。


だが、それもすぐに消えた。


「ダミアン・アストレア」


カイエルが立ち上がった。


「今この場をもって、監察卿としての権限を停止する」


「承知いたしました」


「今回の件について調査が終わるまで、王城内で身柄を預からせてもらう。外部との連絡も禁ずる」


「随分と待遇のいい牢ですね」


「現時点で、貴殿の関与がどこまでなのか確定していない。それに――」


カイエルの視線が鋭くなる。


「その魔法契約についても調べる必要がある」


「……なるほど」


「ただし、逃亡を図れば話は別だ」


「そのつもりはありませんよ」


ダミアンはゆっくりと立ち上がった。


扉の外に控えていた騎士たちが入ってくる。


その横を通り過ぎようとした時だった。


「閣下」


アルヴィンが呼び止めた。


ダミアンが足を止める。


「先ほどの世界樹の話ですが」


「……ああ」


「あなたの言葉が正しいかどうか、それも確かめてみせます」


「そうするといい」


ダミアンは振り返らなかった。


「お前なら、いずれ辿り着くだろう」


「……」


「ただし」


僅かに顔を横へ向ける。


「知れば、もう以前と同じようには、この世界を見られなくなる」


それだけを告げ、ダミアンは騎士たちとともに部屋を出ていった。


扉が閉まっても、しばらく、誰も口を開かなかった。


「……世界樹、か」


レオンハルトが呟いた。


アルヴィンの脳裏に、昨日聞いた話が蘇る。


精霊魔法を操り、精霊と言葉を交わすローウェン。


そして――精霊の姿を見て、その声を聞くことができるリーン。


「団長」


「ああ」


二人の考えていることは、同じだった。


「戻りましょう」


ダミアンの言葉が、どこまで真実なのか。


千年前の異変と、現在の魔力汚染に何らかのつながりがあるのか。


そして、世界樹は本当に存在していたのか。


その答えを知っている可能性が最も高い人物は――すでに分かっていた。


お読みいただきありがとうございます!

ダミアンから語られた衝撃の事実の数々。


点と点が少しずつ繋がり始めました。

散りばめられた謎の真相を、ぜひ見届けていただければ幸いです!続きは明日(*^^*)


面白いと思っていただけましたら、いいねや★評価、ブクマなどいただけるととても嬉しいです!

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