ep.56 集まる欠片※副団長アルヴィン視点
大変お待たせしました!
思った以上に回復に時間がかかってしまいましたが、続きをお楽しみくださいm(_ _)m
副団長アルヴィン視点です
――リーン達が竜と戦っていた頃
異変が起きたのは、日が落ちてしばらくした頃だった。
王都近郊で暴れていた魔物たちの勢いが、目に見えて弱まり始めたのだ。特に変化が大きかったのは、最も被害が懸念されていた森だった。
何かから逃げるように溢れ出していた魔物たちが、突如として散り始めた。残った魔物も、騎士団と冒険者たちで十分に対処できる数まで減っている。
要所に簡易結界を張れば、これ以上の被害は抑えられる。
「……急に静かになりましたね」
隣にいた騎士の言葉に、アルヴィンは森を見つめた。
北側の討伐を終えたセルギウスが合流したのは、それから間もなくのことだった。
あちらも魔物の数が急激に減ったらしい。残った騎士たちに周辺の警戒を任せ、状況を確認するためこちらへ来たという。
「どうやら、そっちも同じようだな」
「はい。先ほどまでが嘘のようです」
アルヴィンは静まり返った森へ視線を向ける。
理由は分からない。だが、何かが変わった。そう感じた、そのときだった。
首元で、アミュレットが小さく震えた。
「――!」
アルヴィンが咄嗟にそれを掴む。中央に嵌め込まれた黒曜石が、淡い光を放っていた。
見間違えるはずがない。
「団長……!」
レオンハルトからの緊急信号だった。
アルヴィンの表情が変わったのを見て、セルギウスがすぐに察する。
「レオンハルトか?」
「はい。緊急信号です」
「行け」
セルギウスは迷うことなく告げた。
「ここは任せろ」
「ですが――」
「北側はすでに片づいている。こちらもこの数なら、残った者たちで対処できる」
アルヴィンは一瞬だけ迷い――頷いた。
「……お願いします」
「ああ、レオンを頼むぞ」
アルヴィンは数名の騎士を連れ、すぐさま森へ向かった。
しばらく走ったところで、前方から駆けてくる人影が見えた。
「アルヴィン副団長!」
「グレン!」
足を止めるまでもない。グレンはそのままアルヴィンの隣へ並んだ。
「お前にも来たか」
「はい。団長からの信号を受け取りました」
「セルギウス総長が見てくださっているが、お前も現場を頼む。残った騎士たちをまとめてくれ」
「分かりました。こちらはお任せください」
迷っている時間はない。アルヴィンは森の奥へと急いだ。
◇ ◇
森へ入って間もなく、戦闘の痕跡が見つかった。折れた木々、抉れた地面、そして血痕。
さらに奥へ進むと――
キィン――!
剣戟の音が響いた。
「急げ!」
木々を抜けたアルヴィンは、目の前の光景に息を呑んだ。
何人もの男たちが地面に倒れている。その中央で、血と泥に侍女服を汚したアイリスが剣を構えていた。
残る敵は、わずか数人。
「アイリス!」
アルヴィンが駆け寄る。
「無事ですか? レオンは!?」
「私は問題ありません。ですが、レオン様が――」
その表情を見ただけで、ただ事ではないと分かった。
「アイリス、状況が状況です。手短に、ここで起こったことを教えてください」
「はい」
アイリスは短く息を整えた。
「竜の脅威は収まりました。詳細については、後ほどご報告いたします」
「分かりました」
「それから――」
アイリスが木々の向こうを示した。そこには、異形の巨体が横たわっている。
「あちらの魔物については、秘匿事項として扱ってください」
「秘匿事項?」
「おそらく、エヴァルト卿です」
「……何ですって?」
「何らかの方法で魔物化したものと思われます。レオン様が討ち取りましたが、その直後、リーン様を庇って毒を受けました」
アイリスの声が僅かに沈む。
「かなり危険な状態です」
「レオンは今どこに?」
「ローウェン様がリーン様とともに、ガーディナス邸へ転移しました」
「転移!?」
アルヴィンは目を見開いた。だが、すぐに眼鏡の位置を直す。
「……ああ、なるほど。そういうことですか」
リーンの師だという、あの男。どうやら、自分が思っていた以上に規格外らしい。やはり、以前のレオンを森から運んだのは――
だが、今はそれを追及している場合ではない。
「分かりました。ここからは我々が引き継ぎます」
アルヴィンは騎士たちへ振り返った。
「残っている者は殺すな。全員、生かして捕らえろ!」
「はっ!」
「異形の遺体には触れるな。周囲を封鎖してください。これは秘匿処理案件だ!」
指示を終え、アイリスを見る。
「あなたはガーディナス邸へ」
「ですが――」
「十分です。ここまで一人で持ちこたえたのでしょう?」
「……はい」
「あとは我々の仕事です」
アイリスは一瞬だけ迷い、頭を下げた。
「お願いいたします」
そう言い残し、森の中へ駆けていった。
◇ ◇
――それから翌々日
レオンハルトは一命を取り留めた。だが、右腕はいまだ動かない。
ガーディナス邸の一室には、森から回収された資料や押収品が並べられていた。
机の上には、竜から取り出された黒い核。エヴァルトの研究資料。そして、レオンハルトを侵した毒から読み取った術式の記録がある。
アルヴィンは、向かいで資料を眺めるローウェンへちらりと視線を向けた。
リーンの師であり、腕の立つ薬術師。
それだけでも普通の人物ではないと思っていたが、昨日、レオンハルトたちから聞かされた話には、さすがのアルヴィンも驚いた。
精霊魔法の使い手。
今では、その使い手すらほとんどいないとされる魔法を、ローウェンは操るという。
しかも、精霊を見ることができるだけでなく、言葉を交わし、シルフィーという風の精霊とは契約まで結んでいるらしい。
そして驚いたのは、それだけではない。
リーンにも精霊の姿が見え、その声を聞くことができるらしい。
(……あの二人、一体何者なんだ)
以前、レオンを捜索した時に聞いた言葉が、ふと蘇る。
『まるで、千年前の賢者でもない限りは――』
あの時は、ただの例えだと思っていた。
(……まさか、な)
アルヴィンは小さく息を吐いた。
聞きたいことはいくつもある。だが、今はそれよりも優先すべきことがあった。
「……やっぱり妙だな」
ローウェンが紙面を睨む。
「核も、あの男の身体も、毒も、完全に同じ術式じゃない。だが、魔力への干渉の仕方に共通点がある」
「同じ研究から派生している可能性がある、と?」
「ああ。だが、俺にはこの組み方に覚えがない」
「……少し待ってください」
アルヴィンが一枚の術式図を手に取った。しばらく眺めたあと、眉を寄せる。
「どこかで見たような……」
「知ってるのか?」
「いえ。実際に見たわけではありません。ただ、騎士団の資料で似た記述を読んだ覚えがあります」
アルヴィンは記憶を辿る。
「確か――隣国グランシェルです」
「グランシェル?」
「はい。隣国の魔導研究についてまとめられた古い資料です。この魔力経路への干渉方法と、よく似た術式が記載されていたはずです」
ローウェンが僅かに目を細めた。
「グランシェルか……」
何かを思い出すように呟く。
「確か、今はあまり状況がよくないんだったな」
「ご存じなのですか?」
「少し聞いただけだ。土地が荒れてるとか、干ばつが続いてるとか」
シルフィーから聞いた話だったが、詳しい事情までは、ローウェンも知らない。
「向こうの魔導書はないのか? 似た術式があるなら、もっと詳しく調べたい」
「すでに問い合わせています」
「早いな」
「念のため、術式について調査を始めた際に外交官へ連絡を入れておきました。関連する魔導書や研究資料の取り寄せ、それが難しい場合は術式に詳しい人物を紹介してもらえないかと」
「で?」
「まだ返答待ちです。ただ、一つだけ分かったことがあります」
アルヴィンが術式図へ視線を落とす。
「記録に残っていた、これとよく似た術式を生み出した魔導師――その人物は、すでに亡くなっているそうです」
「……そうか」
ローウェンは短く答え、再び術式へ目を落とした。
「なら、その研究を引き継いだ奴がいるかもしれんな」
「私もそう考えています」
「調べられるだけ調べてくれ。手掛かりになる可能性もある」
「はい」
《グランシェル》
アルヴィンはその名を、記憶に留めた。
「それと、こちらでも気になるものが出ています」
アルヴィンは別の資料を広げた。
「襲撃者が所持していた魔導具と薬品。その一部は流通が制限されています」
「入手経路は?」
「ほぼ監察府の管理経路と重なっています」
ローウェンが目を細める。
「エヴァルト卿の研究室から見つかった制限素材にも、同じ経路を通った形跡がありました。ただし、正規の払い出し記録がありません」
「監察府の誰かが横流しした?」
「可能性はあります。ですが、まだ断定はできません」
「証拠としては弱いな」
「ええ」
それでも『エヴァルト』『襲撃者』『消えた記録』、そして『監察府』
偶然と片づけるには、同じ場所へ繋がる糸が増えすぎていた。
『憶測と事実を混同するな』
昔、何度も教えられた言葉が脳裏を過る。
その言葉を教えた人物こそ――監察府を率いる男だった。
◇ ◇
「レオン様!右手は使わないでください!」
廊下から聞こえてきた声に、アルヴィンは顔を上げた。
「……これは」
「ああ」
ローウェンが面倒そうに答える。
「すぐにバレたぞ」
「……隠すのではなかったのですか?」
「朝飯より先にバレてた」
「早すぎませんか」
「あいつ相手に隠せると思った方が悪い」
部屋を出ると、ちょうどレオンハルトとリーンがこちらへ歩いてくるところだった。
「これくらいなら問題ない」
「あります!」
「だが――」
「駄目です」
「……分かった」
「今日は剣も持たないでくださいね」
「……分かった」
「訓練も駄目です」
「リーン」
「駄目です」
「…………分かった」
アルヴィンは思わず足を止めた。以前は、リーンが無茶をするたびに団長が止めていたはずなのだが。
今は完全に立場が逆だった。
「ちゃんと休んでくださいね?」
「ああ」
「本当に?」
「分かっている」
困ったように答えるレオンハルトを見て、アルヴィンは僅かに首を傾げる。
(……心なしか嬉しそうなのは、気のせいでしょうかね)
「何だ、アル」
「いえ、何でもありません。行きましょう」
考えるのはやめておこう。
◇ ◇
――翌朝
夜を徹して調べさせた報告書が、アルヴィンの机に積まれていた。
襲撃者から依頼主の名は出ていない。監察府を経由した物資も、それだけでダミアン個人へ結びつけることはできない。
物的証拠としては弱い。
だが――状況証拠は、確実に積み上がっていた。エヴァルトが入手した制限素材、襲撃者の魔道具、不自然に欠落した管理記録。
そして、いずれにも見え隠れする監察府。
一つなら偶然。
二つなら疑念。
これだけ重なれば、確認せずにはいられない。
「何か分かったか」
かかった声に顔を上げると、レオンハルトが部屋へ入ってきた。
「団長」
アルヴィンは報告書を差し出した。
「物証としては、まだ弱いです。これだけで罪に問うことはできません」
「ああ」
「ですが、状況証拠は揃い始めています」
レオンハルトが資料へ目を通す。
「監察府……」
「はい」
「ダミアン・アストレアか」
アルヴィンはすぐには答えなかった。
かつての師。できることなら、疑いたくはない。
「……本人に確認します」
証拠だけなら、まだ逃げ道はある。だからこそ、直接話を聞く必要があった。
何を知っていて、何を知らないのか。
そして――何を、知っているはずがないのか。
「団長、ここはカイエル殿下にも同席をお願いしましょう」
「ああ」
レオンハルトが資料を閉じる。
「早く収束させるぞ」
アルヴィンは眼鏡を押し上げた。まだ、ダミアンを罪人と決めつけるつもりはない。
決めつけては真実に辿りつけない。
「……行きましょう」
かつて自分に、そう教えた男のもとへ。
引き続き、アルヴィン視点となります。
更新は明日の夜です。




