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薬術師リーンは騎士団長の監視対象です ~隣国のスパイ容疑をかけられましたが、なぜか最強騎士に囲われています~  作者: 空乃葉
第一部/第5章 在りし日の精霊たち

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ep.56 集まる欠片※副団長アルヴィン視点

大変お待たせしました!

思った以上に回復に時間がかかってしまいましたが、続きをお楽しみくださいm(_ _)m


副団長アルヴィン視点です


――リーン達が竜と戦っていた頃



 異変が起きたのは、日が落ちてしばらくした頃だった。


 王都近郊で暴れていた魔物たちの勢いが、目に見えて弱まり始めたのだ。特に変化が大きかったのは、最も被害が懸念されていた森だった。


 何かから逃げるように溢れ出していた魔物たちが、突如として散り始めた。残った魔物も、騎士団と冒険者たちで十分に対処できる数まで減っている。


 要所に簡易結界を張れば、これ以上の被害は抑えられる。


「……急に静かになりましたね」


 隣にいた騎士の言葉に、アルヴィンは森を見つめた。


 北側の討伐を終えたセルギウスが合流したのは、それから間もなくのことだった。


 あちらも魔物の数が急激に減ったらしい。残った騎士たちに周辺の警戒を任せ、状況を確認するためこちらへ来たという。


「どうやら、そっちも同じようだな」


「はい。先ほどまでが嘘のようです」


 アルヴィンは静まり返った森へ視線を向ける。


 理由は分からない。だが、何かが変わった。そう感じた、そのときだった。


 首元で、アミュレットが小さく震えた。


「――!」


 アルヴィンが咄嗟にそれを掴む。中央に嵌め込まれた黒曜石が、淡い光を放っていた。


 見間違えるはずがない。


「団長……!」


 レオンハルトからの緊急信号だった。


 アルヴィンの表情が変わったのを見て、セルギウスがすぐに察する。


「レオンハルトか?」


「はい。緊急信号です」


「行け」


 セルギウスは迷うことなく告げた。


「ここは任せろ」


「ですが――」


「北側はすでに片づいている。こちらもこの数なら、残った者たちで対処できる」


 アルヴィンは一瞬だけ迷い――頷いた。


「……お願いします」


「ああ、レオンを頼むぞ」


 アルヴィンは数名の騎士を連れ、すぐさま森へ向かった。


 しばらく走ったところで、前方から駆けてくる人影が見えた。


「アルヴィン副団長!」


「グレン!」


 足を止めるまでもない。グレンはそのままアルヴィンの隣へ並んだ。


「お前にも来たか」


「はい。団長からの信号を受け取りました」


「セルギウス総長が見てくださっているが、お前も現場を頼む。残った騎士たちをまとめてくれ」


「分かりました。こちらはお任せください」


 迷っている時間はない。アルヴィンは森の奥へと急いだ。


     ◇ ◇


 森へ入って間もなく、戦闘の痕跡が見つかった。折れた木々、抉れた地面、そして血痕。


 さらに奥へ進むと――


 キィン――!


 剣戟の音が響いた。


「急げ!」


 木々を抜けたアルヴィンは、目の前の光景に息を呑んだ。


 何人もの男たちが地面に倒れている。その中央で、血と泥に侍女服を汚したアイリスが剣を構えていた。


 残る敵は、わずか数人。


「アイリス!」


 アルヴィンが駆け寄る。


「無事ですか? レオンは!?」


「私は問題ありません。ですが、レオン様が――」


 その表情を見ただけで、ただ事ではないと分かった。


「アイリス、状況が状況です。手短に、ここで起こったことを教えてください」


「はい」


 アイリスは短く息を整えた。


「竜の脅威は収まりました。詳細については、後ほどご報告いたします」


「分かりました」


「それから――」


 アイリスが木々の向こうを示した。そこには、異形の巨体が横たわっている。


「あちらの魔物については、秘匿事項として扱ってください」


「秘匿事項?」


「おそらく、エヴァルト卿です」


「……何ですって?」


「何らかの方法で魔物化したものと思われます。レオン様が討ち取りましたが、その直後、リーン様を庇って毒を受けました」


 アイリスの声が僅かに沈む。


「かなり危険な状態です」


「レオンは今どこに?」


「ローウェン様がリーン様とともに、ガーディナス邸へ転移しました」


「転移!?」


 アルヴィンは目を見開いた。だが、すぐに眼鏡の位置を直す。


「……ああ、なるほど。そういうことですか」


 リーンの師だという、あの男。どうやら、自分が思っていた以上に規格外らしい。やはり、以前のレオンを森から運んだのは――


 だが、今はそれを追及している場合ではない。


「分かりました。ここからは我々が引き継ぎます」


 アルヴィンは騎士たちへ振り返った。


「残っている者は殺すな。全員、生かして捕らえろ!」


「はっ!」


「異形の遺体には触れるな。周囲を封鎖してください。これは秘匿処理案件だ!」


 指示を終え、アイリスを見る。


「あなたはガーディナス邸へ」


「ですが――」


「十分です。ここまで一人で持ちこたえたのでしょう?」


「……はい」


「あとは我々の仕事です」


 アイリスは一瞬だけ迷い、頭を下げた。


「お願いいたします」


 そう言い残し、森の中へ駆けていった。


     ◇ ◇


――それから翌々日


 レオンハルトは一命を取り留めた。だが、右腕はいまだ動かない。


 ガーディナス邸の一室には、森から回収された資料や押収品が並べられていた。


 机の上には、竜から取り出された黒い核。エヴァルトの研究資料。そして、レオンハルトを侵した毒から読み取った術式の記録がある。


 アルヴィンは、向かいで資料を眺めるローウェンへちらりと視線を向けた。


 リーンの師であり、腕の立つ薬術師。


 それだけでも普通の人物ではないと思っていたが、昨日、レオンハルトたちから聞かされた話には、さすがのアルヴィンも驚いた。


 精霊魔法の使い手。


 今では、その使い手すらほとんどいないとされる魔法を、ローウェンは操るという。


 しかも、精霊を見ることができるだけでなく、言葉を交わし、シルフィーという風の精霊とは契約まで結んでいるらしい。


 そして驚いたのは、それだけではない。


 リーンにも精霊の姿が見え、その声を聞くことができるらしい。


(……あの二人、一体何者なんだ)


 以前、レオンを捜索した時に聞いた言葉が、ふと蘇る。


『まるで、千年前の賢者でもない限りは――』


 あの時は、ただの例えだと思っていた。


(……まさか、な)


 アルヴィンは小さく息を吐いた。


 聞きたいことはいくつもある。だが、今はそれよりも優先すべきことがあった。


「……やっぱり妙だな」


 ローウェンが紙面を睨む。


「核も、あの男の身体も、毒も、完全に同じ術式じゃない。だが、魔力への干渉の仕方に共通点がある」


「同じ研究から派生している可能性がある、と?」


「ああ。だが、俺にはこの組み方に覚えがない」


「……少し待ってください」


 アルヴィンが一枚の術式図を手に取った。しばらく眺めたあと、眉を寄せる。


「どこかで見たような……」


「知ってるのか?」


「いえ。実際に見たわけではありません。ただ、騎士団の資料で似た記述を読んだ覚えがあります」


 アルヴィンは記憶を辿る。


「確か――隣国グランシェルです」


「グランシェル?」


「はい。隣国の魔導研究についてまとめられた古い資料です。この魔力経路への干渉方法と、よく似た術式が記載されていたはずです」


 ローウェンが僅かに目を細めた。


「グランシェルか……」


 何かを思い出すように呟く。


「確か、今はあまり状況がよくないんだったな」


「ご存じなのですか?」


「少し聞いただけだ。土地が荒れてるとか、干ばつが続いてるとか」


 シルフィーから聞いた話だったが、詳しい事情までは、ローウェンも知らない。


「向こうの魔導書はないのか? 似た術式があるなら、もっと詳しく調べたい」


「すでに問い合わせています」


「早いな」


「念のため、術式について調査を始めた際に外交官へ連絡を入れておきました。関連する魔導書や研究資料の取り寄せ、それが難しい場合は術式に詳しい人物を紹介してもらえないかと」


「で?」


「まだ返答待ちです。ただ、一つだけ分かったことがあります」


 アルヴィンが術式図へ視線を落とす。


「記録に残っていた、これとよく似た術式を生み出した魔導師――その人物は、すでに亡くなっているそうです」


「……そうか」


 ローウェンは短く答え、再び術式へ目を落とした。


「なら、その研究を引き継いだ奴がいるかもしれんな」


「私もそう考えています」


「調べられるだけ調べてくれ。手掛かりになる可能性もある」


「はい」


 《グランシェル》


 アルヴィンはその名を、記憶に留めた。


「それと、こちらでも気になるものが出ています」


 アルヴィンは別の資料を広げた。


「襲撃者が所持していた魔導具と薬品。その一部は流通が制限されています」


「入手経路は?」


「ほぼ監察府の管理経路と重なっています」


 ローウェンが目を細める。


「エヴァルト卿の研究室から見つかった制限素材にも、同じ経路を通った形跡がありました。ただし、正規の払い出し記録がありません」


「監察府の誰かが横流しした?」


「可能性はあります。ですが、まだ断定はできません」


「証拠としては弱いな」


「ええ」


 それでも『エヴァルト』『襲撃者』『消えた記録』、そして『監察府』


 偶然と片づけるには、同じ場所へ繋がる糸が増えすぎていた。


『憶測と事実を混同するな』


 昔、何度も教えられた言葉が脳裏を過る。


 その言葉を教えた人物こそ――監察府を率いる男だった。


     ◇ ◇


「レオン様!右手は使わないでください!」


 廊下から聞こえてきた声に、アルヴィンは顔を上げた。


「……これは」


「ああ」


 ローウェンが面倒そうに答える。


「すぐにバレたぞ」


「……隠すのではなかったのですか?」


「朝飯より先にバレてた」


「早すぎませんか」


「あいつ相手に隠せると思った方が悪い」


 部屋を出ると、ちょうどレオンハルトとリーンがこちらへ歩いてくるところだった。


「これくらいなら問題ない」


「あります!」


「だが――」


「駄目です」


「……分かった」


「今日は剣も持たないでくださいね」


「……分かった」


「訓練も駄目です」


「リーン」


「駄目です」


「…………分かった」


 アルヴィンは思わず足を止めた。以前は、リーンが無茶をするたびに団長が止めていたはずなのだが。


 今は完全に立場が逆だった。


「ちゃんと休んでくださいね?」


「ああ」


「本当に?」


「分かっている」


 困ったように答えるレオンハルトを見て、アルヴィンは僅かに首を傾げる。


(……心なしか嬉しそうなのは、気のせいでしょうかね)


「何だ、アル」


「いえ、何でもありません。行きましょう」


 考えるのはやめておこう。


     ◇ ◇


 ――翌朝


 夜を徹して調べさせた報告書が、アルヴィンの机に積まれていた。


 襲撃者から依頼主の名は出ていない。監察府を経由した物資も、それだけでダミアン個人へ結びつけることはできない。


 物的証拠としては弱い。


 だが――状況証拠は、確実に積み上がっていた。エヴァルトが入手した制限素材、襲撃者の魔道具、不自然に欠落した管理記録。


 そして、いずれにも見え隠れする監察府。


 一つなら偶然。


 二つなら疑念。


 これだけ重なれば、確認せずにはいられない。


「何か分かったか」


 かかった声に顔を上げると、レオンハルトが部屋へ入ってきた。


「団長」


 アルヴィンは報告書を差し出した。


「物証としては、まだ弱いです。これだけで罪に問うことはできません」


「ああ」


「ですが、状況証拠は揃い始めています」


 レオンハルトが資料へ目を通す。


「監察府……」


「はい」


「ダミアン・アストレアか」


 アルヴィンはすぐには答えなかった。


 かつての師。できることなら、疑いたくはない。


「……本人に確認します」


 証拠だけなら、まだ逃げ道はある。だからこそ、直接話を聞く必要があった。


 何を知っていて、何を知らないのか。


 そして――何を、知っているはずがないのか。


「団長、ここはカイエル殿下にも同席をお願いしましょう」


「ああ」


 レオンハルトが資料を閉じる。


「早く収束させるぞ」


 アルヴィンは眼鏡を押し上げた。まだ、ダミアンを罪人と決めつけるつもりはない。


 決めつけては真実に辿りつけない。


「……行きましょう」


 かつて自分に、そう教えた男のもとへ。


引き続き、アルヴィン視点となります。


更新は明日の夜です。

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