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薬術師リーンは騎士団長の監視対象です ~隣国のスパイ容疑をかけられましたが、なぜか最強騎士に囲われています~  作者: 空乃葉
第一部/第5章 在りし日の精霊たち

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ep.54 大切な人


「……終わったぞ」


 その声を聞いた瞬間、リーンの身体から力が抜けた。


「……助かった、んですか?」


「ああ」


 ローウェンが疲れたように息を吐く。


「命はな」


 窓の向こうは、わずかに白み始めていた。


 調薬室には煮出した薬草の匂いが残り、使い終えた器具や血のついた布が、長い治療の跡を物語っている。


 寝台に横たわるレオンハルトの右腕からは、あの黒紫色の筋が消えていた。


「……よかった」


 リーンは震える手で、その手を握った。


 途中、何度駄目だと思っただろう。


 月雫(ツキシズク)の星露草(セイロソウ)で魔力の流れを整え、ローウェンが精霊の力で毒を引き剥がす。


 その間、リーンはただひたすら治癒魔法を送り続けた。


『治癒を切らすな、リーン!』


『はい!』


 そして最後に、黒紫色の靄がレオンハルトの身体から完全に引き抜かれた。


 今は静かに呼吸をしている。


「よかった……本当に……」


 ぽろぽろと涙が零れた。


「リーン」


「……はい」


「泣くと余計に疲れるぞ」


 いつもより少しだけ優しい声だった。


「少しお前も寝ろ」


「でも、レオン様が……」


「毒は抜けた。ただ、身体への負担は大きい。まだしばらく様子を見る必要はある」


「……はい」


「俺も少し寝る。隣の仮眠室にいるから、何かあったら起こせ」


「師匠も……かなり疲れてますよね」


「大丈夫じゃないから寝るんだ」


「……ふふ」


 ほんの少しだけ、笑えた。


 ローウェンが扉へ向かった。


「師匠」


「なんだ」


「ありがとうございました」


 ローウェンは振り返らず、片手を軽く上げた。


「礼はそいつが起きてから聞く」


     ◇ ◇


 扉を開けると、セドリックとエレノアが待っていた。


「リーン様」


「レオンハルト様は……?」


「大丈夫です」


 二人の表情が強張ったのを見て、リーンはすぐに続ける。


「毒は抜けました。命に別状はありません」


「……!」


 エレノアが両手で口元を覆う。


「よかった……」


 セドリックも静かに息を吐いた。


「左様でございますか……」


「ただ、まだ様子を見る必要があります。あと数刻ほど見て、問題がなければお声をかけますね」


「承知いたしました。どうぞよろしくお願いいたします。エミリア様達にもご無事をお伝えいたします」


「はい」


「リーン様も、お休みになってくださいね」


 エレノアが心配そうに言う。


「うん。ありがとう」


 リーンは再び調薬室へ戻った。


     ◇ ◇


 さっきまでの緊迫が嘘のように静かだった。リーンは寝台の横へ椅子を寄せ、腰を下ろした。


「……レオン様」


 返事はない。規則正しい呼吸だけが聞こえる。


「本当に……よかった」


 また、涙が滲んだ。


「怖かったんですよ」


 眠っていて、きっと聞こえていない。


「レオン様が倒れたとき……頭の中が真っ白になって」


 視界に写ったのは自分を庇った背中。そして、腕に食い込んだ牙と崩れ落ちた身体。


 思い出すだけで胸が苦しくなる。


「私を庇ったから……」


 リーンは、そっとレオンハルトの手を取った。


 今度は、温かい。


「私のせいで、レオン様がいなくなったらって……」


 その温もりに、また涙が落ちる。


「大切な人を……失うかと思った」


 口にしてから、リーンは自分の言葉に息を止めた。


 ――大切な人


「……そっか」


 ずっと、分からないふりをしていたのかもしれない。


 そばにいると安心する。笑ってくれると嬉しい。

無事でいてほしいし、帰ってきてほしい。


 そして――これからも、そばにいてほしい。


 どうしてあんなに怖かったのか。どうして今、こんなにも嬉しいのか、ようやく分かった。


 リーンは眠るレオンハルトの手を、両手で包んだ。


「私……」


 胸の奥にあったものが、するりと言葉になる。


「レオン様のことが――」


 その手を、そっと自分の頬へ寄せる。


「好きです」


 言ってしまった。けれど、不思議と恥ずかしくなかった。今はこの人が生きていてくれることが、ただ嬉しかった。


「……本当に、よかった」


 リーンはその手を握ったまま、そっと目を閉じた。


 窓の向こうでは長かった夜が、ようやく明けようとしていた。

とうとう自覚したリーンでした。(*^^*)


続きは少しお時間をいただいて、明後日の夜になります。

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