↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
薬術師リーンは騎士団長の監視対象です ~隣国のスパイ容疑をかけられましたが、なぜか最強騎士に囲われています~  作者: 空乃葉
第一部/第5章 在りし日の精霊たち

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

63/86

ep.53 護る剣


「わたくしは残って、ここを食い止めます」


「……え?」


 リーンは顔を上げた。


 アイリスはこちらを振り返らない。いつもの侍女服のまま、暗殺者たちとの間に立っている。


「アイリス、何を――」


「ローウェン様。レオンハルト様をお願いいたします」


 静かな声だった。


「すぐにガーディナス家へ」


「待って!」


 リーンはレオンハルトを支えたまま叫んだ。


「アイリスも一緒に――」


「それでは、あの者たちもついてきてしまいます」


「でも……!」


 木々の向こうで、暗殺者たちが動く。


 一人、また一人。ゆっくりと距離を詰めてくる。逃がすつもりなどないことは、リーンにも分かった。


 ローウェンがレオンハルトの腕を見る。縛った箇所の下まで、黒紫色の筋が広がっていた。


「……時間がない」


「師匠……」


「転移には数秒かかる。その間に邪魔されれば、術が崩れる」


 ローウェンの声にも焦りが滲んでいた。


「誰かがあいつらを止める必要がある」


「だったら、私も――」


「リーン」


 アイリスが初めて振り返り、その顔は微笑んでいた。


「大丈夫です」


「大丈夫じゃないよ!」


 思わず声が震える。


「こんなにいるのに……アイリス一人なんて……!」


 アイリスは少しだけ目を丸くした。そして、ふっと表情を和らげる。


「言ったでしょう?」


「……え?」


「わたくし、こう見えて強いんですよ」


 あの日と同じ言葉。けれど今は、その意味がまるで違って聞こえた。


「でも……」


「今は、レオンハルト様を」


 アイリスの視線が、意識を失ったレオンハルトへ向く。


「早く」


「……っ」


 リーンはレオンハルトの右腕を見る。毒は止まっていない。紐で縛ったのは、ただの時間稼ぎ。すぐにでも薬が必要だ。


 (分かってる。分かってるけど!)


「アイリス……」


「リーン」


 ローウェンが低く呼ぶ。


「あいつは、お前が思ってるほど弱くない。お前が残っても足手まといだ」


「師匠……」


「信じてやれ」


 リーンは唇を噛んだ。やがて、小さく頷く。


「……絶対」


 アイリスを見る。


「絶対、帰ってきてね」


「はい」


 迷いのない返事だった。


「必ず、戻ります」


 そのとき。


「――逃がすな!」


 暗殺者の一人が叫んだ。一斉に人影が動く。


「ローウェン殿、早く!」


「ああ!」


 ローウェンが地面へ手をつくと、金色の魔法陣が広がる。


 アイリスが一歩前へ出たところに、最初の暗殺者が剣を振り下ろす。


「アイリス!」


 リーンが叫ぶ。


 刃がアイリスへ迫るのが見えた瞬間、アイリスの姿が消えた。


「――っ!?」


 暗殺者の剣が空を切った。その時、アイリスは男の懐にいた。そして、細い脚が男の腹部を蹴り抜く。


「ぐっ……!」


 男の身体が吹き飛んだ。


「え……?」


 リーンが目を見開く。


 アイリスが右手を軽く払うと、空間が揺らぎ、そこから現れたのは、一本の細身の剣(レイピア)だった。


 月明かりを受け、銀色の刀身が煌めく。


「……アイリス?」


「だから言っただろ」


 ローウェンが魔法陣を維持したまま口元を歪めた。


「あいつは強いぞ」


 アイリスが髪を束ねていた紐を解いた。さらりと髪が肩へ落ち、それを手早く高い位置で結び直すと空気が変わった。


 風が、アイリスの周囲へ集まり始める。


 そこには侍女ではない、リーンが知っている、穏やかで控えめなアイリスとはまるで違う姿があった。


 その目は、まっすぐ敵だけを見ていた。


「……風の魔法?」


 リーンが呟く。


 一人の暗殺者が、アイリスを凝視して呟いた。


「その剣……その風……」


 男の声が揺れる。


「まさか――《蒼風の剣姫》……?」


 リーンが目を見開いた。


「……剣姫?」


 アイリスは答えない。ただ、レイピアの切っ先を静かに持ち上げた。


「邪魔だ!まとめて殺せ!」


 暗殺者たちが一斉に駆け出す。


 アイリスの足元で風が弾けた。青白い風を纏い、その姿が一瞬で掻き消える。


 金属音だけが聞こえてくる中、一人目の剣が弾かれ、二人目の足元が風に払われる。三人目が背後から斬りかかるが、アイリスは振り返ることすらなく、その刃をレイピアで受け流した。


「すご……」


 リーンは思わず呟いた。


「リーン!」


 ローウェンの声に我に返る。魔法陣の光が強くなっていた。


「術が完成する!レオンを離すな!」


「はい!」


 リーンはレオンハルトの身体を強く抱える。


「レオン様……」


 返事はなく、顔色が悪い。


 (早く、早く薬をあげなきゃ!だけど…)


「アイリス!」


 リーンはもう一度叫んだ。


 アイリスが剣を振るいながら、ほんの一瞬だけこちらを見る。


「絶対、帰ってきてね!」


 アイリスは微笑んだ。


「もちろんです」


 魔法陣の光がリーンたちを包み、景色が揺らいだ。


 最後に見えたのは、レイピアを構え、何人もの暗殺者の前にたった一人で立つアイリスの姿だった。


     ◇ ◇


 光が消えたと思ったら、足元が揺れた。


「――っ!」


 次の瞬間、リーンの視界に飛び込んできたのは、見慣れたガーディナス邸だった。


「……着いた」


 安堵する暇などなかった。レオンハルトは、ぐったりとしたまま動かない。


「レオン様……!」


「リーン、呼んでこい!誰でもいい!」


「はい!誰か――!」


 リーンが声を上げるより早く、廊下の奥からいくつもの足音が響いた。


「今の光は――」


 真っ先に姿を現したのは、セドリックとエレノアだった。


 その後ろから、ヴィとエミリアも駆けてくる。


「リーン!」


「一体、何が――」


 二人の声が止まった。リーンに支えられたレオンハルトを見たからだ。


「……レオ兄様?」


 ヴィの顔から、さっと血の気が引く。


「レオン……!」


「待って!」


 近寄ろうとしていた2人をリーンが叫んで止めた。


「毒です!魔物に噛まれて……毒が、魔力の流れにまで入り込んでるみたいで……!」


「そんな……」


「話は後だ」


 ローウェンが鋭く言った。


「薬を作る。調合できる場所へ運ぶぞ」


 セドリックは一瞬たりとも迷わなかった。


「承知いたしました。リーン様の調薬室をお使いください」


「助かる」


「エレノア、先に調薬室へ。中央を空け、簡易寝台の用意を。湯と清潔な布もお願いいたします」


「はい!」


「湯は多めに」


 ローウェンが続ける。


「こいつの服も切ることになる。替えと毛布も用意してくれ」


「承知いたしました」


 セドリックが頷く。


「ほかに必要なものがございましたら、すぐにご用意いたします」


「ああ。頼む」


「レオンは……」


 エミリアが不安そうにレオンハルトを見る。ローウェンは一瞬だけ彼女へ視線を向けた。


「まだ何とも言えん。だから急ぐ」


「……っ」


 エミリアが唇を噛む。


「母様」


 ヴィがその手を握った。自身も青ざめている。それでも、母を支えるように立っていた。


「……リーン姉様」


「ヴィちゃん……」


「レオ兄様を……お願い」


 震える声だった。リーンは強く頷く。


「うん。絶対に助ける」


「参りましょう」


 セドリックの声で、全員が動き出した。


「人手は最低限でいい」


 ローウェンが続ける。


「承知いたしました」


 セドリックは迷うことなく頷いた。


 リーンはレオンハルトの手を握った。


「レオン様……もう少しですからね」


     ◇ ◇


「こちらです!」


 エレノアが調薬室の扉を開ける。


 普段、リーンが薬を作るために使っている部屋。薬草を刻むための台。調合器具に火と水の用意。そして、壁一面に並んだ薬瓶と薬草。


 リーンがこの屋敷で薬術師として使わせてもらっている場所だった。


 中央には、すでに簡易寝台が用意されていた。


「ここへ」


 ローウェンの指示で、使用人達がレオンハルトを寝台へ横たえる。


「レオン様……」


 リーンはすぐに右腕を見る。黒紫色の筋は、縛った箇所のすぐ下まで達していた。


 ローウェンが傷口を確認する。


「……時間がないな」


「師匠……」


「大丈夫だ。間に合わせる」


 短く言うと、ローウェンは室内を見渡した。


「湯は?」


「こちらにございます」


 エレノアが答える。


「清潔な布もご用意いたしました」


「薬を量る道具は?」


「そちらにあります」


 リーンが調合台を示す。


「私がいつも使っているものです」


「よし」


 ローウェンが頷く。


 セドリックが一歩進み出た。


「ほかに必要なものはございますか?」


「今のところはない」


 ローウェンはレオンハルトを見たまま答えた。


「ここからは集中したい。俺とリーンだけでやる」


「承知いたしました」


 セドリックは理由を尋ねなかった。


「では、私どもは外で待機しております。必要なものがございましたら、いつでもお申し付けください」


「ああ」


 エレノアは心配そうにレオンハルトを見る。


「リーン様……」


「大丈夫」


 答えた声が、少しだけ震えた。


 エレノアがリーンの手をぎゅっと握る。


「お願いいたします」


「……うん」


「レオンハルト様を、どうか」


 リーンは強く頷いた。


「絶対、助ける」


 セドリックとエレノアが部屋を出ていき、扉が静かに閉まった。


 ――カチリ


 部屋に残ったのは意識を失ったレオンハルト。


 ローウェン、そして、リーン。ローウェンは扉を確認すると、自分の胸元へ指を当てた。


 淡い光が、その身体を包む。白髪交じりの髪が銀白色へと変わり、刻まれていた皺が消えていく。


 背筋が伸び、髪の間から尖った耳が覗く。現れたのは、ローウェン本来の姿だった。


「……なんか、久しぶりに見た……」


「感想は後だ。さっき大量に魔法を使ったばかりだからな。擬態に余計な魔力を使ってられん」


「……はい」


 リーンもすぐに表情を引き締める。ローウェンはレオンハルトの左腕を確認した。


「急ぐぞ。リーン、この間渡した月雫の星露草はまだ持ってるか?」


「あります!」


「持ってこい。こいつを使う」


 リーンはすぐに保管棚へ駆け寄り、大切にしまっていた容器を取り出した。


「これですよね?」


「ああ」


「毒消しになるんですか?」


「違う。月雫の星露草で、まず乱れた魔力の流れを立て直す」


 ローウェンの金色の瞳が、黒紫色に染まりつつある腕を見る。


「そのあと、魔力の経路に絡みついた毒を俺が引き剥がす」


「私は?」


「薬を作れ。飲ませたら治癒魔法でレオンの身体を保たせろ」


「……分かりました」


 リーンはすぐに袖を捲り、調合台へ立った。


「師匠。配合を」


「ああ。月雫の星露草は最後だ。まず――」


 ローウェンの指示に従い、リーンは薬草を手に取る。


 刻んで煮出す。そして、その火を調整する。何度も繰り返してきた作業。けれど、今は一つの失敗すら許されないと思うと手が震えた。


「リーン」


「……はい」


「手元だけ見ろ」


 ローウェンの声が飛ぶ。


「余計なことは考えるな」


 リーンは一度だけ目を閉じ、深く息を吸う。


「……はい」


 もう一度、薬草へ向き直る。今度は、手が震えなかった。刻んだ薬草を煮出していく。


 やがて、独特の香りが調薬室に広がり始めた。


「師匠」


「ああ。頃合いだ」


 リーンは月雫の星露草を手に取り、慎重に薬へ加える。


 ふわり


 淡い光が液体の中へ溶け込んだ。


「……できた」


「飲ませてやれ」


「はい」


 リーンは薬を手に、レオンハルトのもとへ向かった。


 身体をそっと起こす。


「レオン様」


 返事はない。


「薬です。少しずつ飲ませますからね」


 口元へ器を運ぶ。


 ゆっくりと、少しずつ、こぼさないように薬を飲ませていく。


「師匠……」


「ああ」


 ローウェンが左腕へ手をかざし、金色の瞳が細められた。


「効いてきた。乱れていた魔力の流れが戻り始めてる」


「じゃあ……!」


「まだだ」


 ローウェンの表情は険しいままだった。


「思った以上に深い」


「……え?」


「毒が魔力の経路に完全に食い込んでる」


 黒紫色の筋は、消えていない。リーンの胸が締めつけられる。


「薬だけじゃ……」


「抜ききれん」


 ローウェンが静かに息を吐いた。


「だから、ここからは俺がやる」


 その周囲へ一つ、また一つ、小さな光が現れ始める。


「精霊……」


 光はどんどん増えていく。

そして、調薬室の中が淡い光で満たされていった。


 ローウェンは目を閉じた。


「リーン」


「はい」


「治癒魔法をかけ続けろ、少しずつでいい」


「分かりました」


 リーンは寝台のそばへ座り、レオンハルトの右手を握った。冷たいその手を、両手で包むように。


「レオン様……」


 淡い光がリーンの手から零れた。


 何度も、何度も、この人に守ってもらった。


 危ないときには、いつも前に立ってくれた。


 だから―


「今度は、私が助けます」


 その想いに比例するように光が強くなる。


 ローウェンの周囲では、無数の精霊たちが静かに揺れていた。


 そして、金色の瞳が開く。


「――始めるぞ、リーン」


「はい!」


     ◇ ◇


 ――同じ頃


 森では、剣戟の音が響き続けていた。


 アイリスのレイピアが、暗殺者の剣を弾く。一歩、踏み込むと風が弾けた。


「ぐっ……!」


 男が地面へ倒れるが、アイリスは止まらない。

背後から迫った刃を身を沈めてかわし、そのまま足を払う。


 さらに一人。


「くそっ……!」


「たかが女一人に……!」


 アイリスは静かにレイピアを向けた。


「……これで終わりです。急いでおりますので」


「何?」


 風が渦を巻く。


「必ず戻ると約束しましたから」


 穏やかに微笑む。けれど、その瞳はまったく笑っていない。


「リーンを怖がらせた分だけ――きっちり、お返しして終わりにしましょう」


 アイリスが地面を蹴り、蒼い風が夜の森を駆け抜けた。

それぞれの頑張る時、です。


今日で9月も終わりですね。早く感じる今日この頃です。

また明日宜しくお願いします(*^^*)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。