ep.50 還す光
「――《還りの詩》」
ローウェンの声とともに、淡い光が地面を走った。
シルフィーが両手を広げる。
『ロー、合わせるよ!』
「ああ」
風が竜を包み、光の粒がその巨体を巡っていく。荒れていた四属性の力が、少しずつ弱まっていった。
「……止まった?」
リーンが息を呑む。だが…
「いや」
ローウェンの表情は険しい。
――ドクン
竜の身体の奥で、赤い光が脈打った。続いて青、緑、黄褐色。四つの光が激しく瞬き、せめぎ合う。
『ロー!』
「……効かないか!」
次の瞬間、竜の身体から膨大な魔力が噴き出した。
「リーン!」
レオンハルトがすぐにリーンを背後へ庇う。だが、竜は襲ってこなかった。
巨体を震わせ、その場へ崩れ落ちる。炎が鱗を焼く。直後には氷が身体を覆い、風が皮膚を裂き、大地の魔力が内側から巨体を軋ませる。
四つの力が、竜自身を傷つけていた。
『――いたい』
「……っ」
『いたい』
リーンの胸が締めつけられる。
『――たすけて』
「この子……」
リーンは竜を見つめた。
濁った金色の瞳。そこにあるのは怒りではない。ただ、苦しみだけだった。
「もう……苦しまないで」
何ができるかなんて分からない。薬もない、原因さえ分からない。それでも…!
「お願い……!」
無意識に手を伸ばすと、胸の奥が熱くなった。
「この子を――助けて!」
――パァァァッ!!
「リーン!」
白銀に淡い金色を帯びた光が、リーンの身体から一気に溢れ出した。
夜の森が眩い光に呑み込まれる。
焼け焦げた木々も、凍りついた大地も、苦しみ続ける巨大な竜さえもすべてが光に包まれた。
ほんの一瞬、夜が昼のように明るくなる。
「……これは」
ローウェンが目を見開いた。
「この光……まさか――聖属性の……!」
「え……?」
リーン自身にも、何が起きているのか分からない。
けれど、光が竜へ触れた瞬間、炎が消えた。氷が砕け、風が止み、大地の震えも静まっていく。
『……あったかい』
シルフィーが光へ手を伸ばした。
『すごく、優しい光……』
木々の間にも、小さな光が一つ、また一つと現れる。逃げていた精霊たちだった。
「精霊たちが……」
リーンが呟く。
だが、ローウェンは竜を見ていた。
「リーン、見ろ」
「……!」
黒ずんでいた鱗が、光に触れた場所から本来の色を取り戻している。
月明かりを映すような、美しい銀色。
「治った……?」
「違う」
ローウェンが竜へ近づく。
「治したんじゃない。戻したんだ」
「戻した……?」
「ああ。こいつに無理やり付与されていたものが消えてる」
ローウェンの金色の瞳が細められる。
「お前の光は、こいつを本来あるべき状態へ戻した」
「私が……?」
「ああ」
「でも、どうして私にこんな魔法が……」
「知らん」
「師匠にも分からないんですか?」
「分からんものは分からん」
「そんな……」
『でも、すっごく綺麗だったよ!』
「シルフィー……」
リーンが困ったように笑った、その時。
――ドクン
「……!」
竜の胸元で、黒い何かが脈打った。再び四つの光が全身へ伸びていく。
「また……!」
「やっぱり、何かあるな」
ローウェンが目を閉じ、意識を集中させる。
「……見つけた」
「何を?」
「胸の奥に、何か埋め込まれてる」
ローウェンの表情が険しくなった。
「黒い核だ」
「核……?」
「あれが四属性を身体に無理やり流し込んでる。それだけじゃない」
ローウェンの声が低くなる。
「竜の生命力まで喰ってやがる」
「……!」
「四属性を維持するために、こいつ自身の命を使ってるんだ」
「じゃあ、早く壊さないと!」
「ああ」
「壊せば元に戻るんですよね?」
「…戻るには戻る」
リーンの表情が明るくなる。
「だが、助からん」
「……え?」
「生命力を吸われすぎてる」
ローウェンは静かに竜を見つめた。
「核をなくせば、本来の姿には戻る。だが、身体はもう長くもたないだろうな」
「……」
リーンは言葉を失った。
『――いたい』
弱々しい声が届く。
『……たすけて』
「……」
リーンの目から、一粒の涙が落ちた。
「助けるって……」
声が震える。
「生きたまま助けることじゃ……ないの?」
「リーン」
ローウェンの声は静かだった。
「このままにすれば、あの核は死ぬまでこいつの命を喰い続ける」
「……」
「苦しみながら死ぬだけだ」
リーンは俯いた。
助けて。
ずっと、そう聞こえていた。だから、生きたいのだと思っていた。
でも――
『……いたい』
その声に、リーンは顔を上げた。
「……もしかして」
胸元を押さえる。
「この子が言ってる『助けて』って……」
生きたい、ではなく。
――この苦しみから、助けて
「……」
涙を拭って、もう一度、竜を見た。
「師匠」
「何だ」
「核を取り除きましょう」
ローウェンがリーンを見る。
「いいのか」
「……よくないです」
リーンは小さく首を振った。
「できるなら、生きてほしい。でも……」
苦しむ竜を真っ直ぐに見つめる。
「このまま苦しませる方が、嫌です。ちゃんと、あの子を元に戻してあげたい」
ローウェンはしばらくリーンを見つめたあと、小さく息を吐いた。
「……分かった」
「すぐに取れますか?」
「いや」
ローウェンは竜の胸元を見る。
「核の位置が深すぎる。今のままじゃ掴めん」
「じゃあ、どうすれば……」
「まず、こいつの力を削って弱める」
その言葉に、レオンハルトが一歩前へ出た。
「それは俺がやろう」
「レオン様……」
「核を露出させればいいんだな」
「ああ。ただし殺すなよ」
「分かっている」
レオンハルトが剣を抜く。青白い魔力が、静かに刀身を包んだ。
「アイリス」
「はい」
「リーンを頼む」
アイリスは迷いなく頷き、細剣を構えた。
「――必ず、お守りいたします」
レオンハルトはそれ以上何も言わず、竜へ向き直った。
「リーンは俺のそばにいろ」
ローウェンが告げる。
「核を抜いた後、お前の力が必要になるかもしれん」
「……はい」
竜がゆっくりと身体を起こす。
赤。
青。
緑。
黄褐色。
再び四つの光が、その身体を侵食していく。
――ォォォォォォォ!!
悲鳴のような咆哮が、森を震わせた。
レオンハルトが剣を構える。
「行くぞ」
竜を殺すためではない。苦しみから、解き放つために。
その戦いが始まった。
救うことが生きることとは限らない、って切ないですよね。
竜を救うためにレオン達に頑張ってもらいますよ〜!
続きはまた明日★




