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薬術師リーンは騎士団長の監視対象です ~隣国のスパイ容疑をかけられましたが、なぜか最強騎士に囲われています~  作者: 空乃葉
第一部/4章 守りたいもの

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ep.46 示された道筋

次のエピローグで第四章も終わりです。(*^^*)

いつも読了ありがとうございます。

エレメントドラゴンの存在が確認されてからも、森の奥から新たな動きはなかった。


 だが、それが安全を意味するわけではない。


「ドラゴンには近づくな」


 レオンハルトは各隊へ改めて命じた。


「住民の避難と、魔物の誘導を最優先。討伐は情報が揃ってからだ」


「了解!」


 騎士たちが走り出す。


 北東一帯では、今も魔物の移動が続いていた。


 幸い、防衛線を組み直したことで、王都や周辺集落への直撃は避けられている。


 冒険者たちも各所へ散り、魔物の群れを街道から外すよう動いていた。


 さらに王城からも増援と物資が送られ、日が傾く頃には、ようやく最低限の態勢が整いつつあった。


 危機が去ったわけではない。

 

 ただ考える時間だけは、できた。


     ◇ ◇


 簡易指揮所では、アルヴィンが次々と届く報告書に目を通していた。


 机の上には地図。その上には、魔物の移動経路を示す印がいくつも書き込まれている。


「……北側は安定。東側も、今のところ大きな崩れはなし」


 呟きながら、別の報告書へ手を伸ばす。


「なあ、副団長さん」


 聞き慣れた声に、アルヴィンが顔を上げた。


 入口に立っていたのはジルだった。


「何でしょう」


「少し聞いていいか?」


「どうぞ」


 ジルは机の上の地図を眺めた。


 しばらく黙ったあと、ふっと目を細める。


「あんたさ」


「はい」


「これ、出来すぎてると思わないか?」


 アルヴィンの手が止まった。


「……と、言いますと?」


「魔物が縄張りを捨てた」


 ジルが指を一本立てる。


「二十年前と似た動きが見つかった」


 もう一本。


「調べ始めたら、今度はドラゴンだ」


 アルヴィンは何も言わない。


「しかも、その前には妙な手紙まで届いてるんだろ?」


「ご存じでしたか」


「ギルドにいると、嫌でも耳には入るさ」


 ジルは肩をすくめる。


「なんていうかね」


 一度、地図へ視線を落とした。


「まるで、こっちが気づく順番まで決められてるみたいじゃないか」


 アルヴィンはゆっくりと眼鏡の位置を直した。


「……ええ」


 短く答える。


「私も、それが気になっていました」


 黒い核。

 監察局の紋章が入った魔導杭。

 三か月前の魔力環境調査。

 記録から消えた杭。

 差出人のない手紙。

 異変の起きている場所。


 そして――エレメントドラゴン。


 一つ一つを追えば、確かに繋がっている。


 むしろ、繋がりすぎている。


「あまりにも、綺麗に揃いすぎています」


「だろ?」


「偶然にしては、都合が良すぎる」


 アルヴィンは地図の一点を見る。


 三か月前、監察局が魔力環境調査を行った地域。


 その最終承認者、ダミアン・アストレア。自分が長く尊敬してきた人物。信頼してきた人物。


 今ある証拠だけを見れば、すべてはそこへ向かっている。


 だが、レオンハルトの言葉が蘇った。


『承認した人間と、実際に杭を持ち出した人間が同じとは限らない』


 その通りだ。最終承認者であることと、実際に何かを企てたことは別だ。


 アルヴィンは紙の端を指で押さえた。


 ――本当に、監察卿なのか


 もしそうなら。


 なぜ、これほど痕跡が残っている?


 なぜ、わざわざこちらへ辿れる道筋を残している?


「罠ってのはさ」


 不意にジルが言い、アルヴィンが顔を上げる。


「踏ませたい奴に、ちゃんと道を見せるもんだよ」


「私たちが、誘導されていると?」


「知らないよ」


 ジルはあっさり答えた。


「ただ――」


 机の上に置かれた報告書を見る。


「見つかりすぎる手掛かりってのは、あたしは胡散臭いとしか思えないね」


 アルヴィンは何も言わず、ただ、地図を見つめた。


 自分たちは真実へ近づいているのか。


 それとも、誰かが見せたいものだけを、見せられているのか。


     ◇ ◇


 救護所は、レオンハルトの指示でさらに王都側へ移されていた。負傷者の数も、最初に比べれば落ち着いている。


「こちらの包帯、替えておきますね」


「ありがとうございます」


 リーンは騎士の処置を終え、ゆっくりと立ち上がった。


 その時、外から足音が近づいてくる。


「リーン」


 声に振り返った。


「レオン様」


 レオンハルトが救護所へ入ってくる。


 鎧には土埃がついていた。前線と各防衛線を行き来していたのだろう。


「怪我はないか」


「私は大丈夫です」


「そうか」


 短い返事。けれど、その表情がわずかに緩んだのを、リーンは見逃さなかった。


「前線は……?」


「今のところ持ちこたえている」


「ドラゴンは?」


「まだ森の奥だ。今のところ動きはないが油断はできん」


 リーンは少しだけ黙った。


「レオン様」


「何だ」


「あのドラゴンは……倒すんですか?」


 レオンハルトはすぐには答えなかった。


「王都に危害を及ぼすなら、そうなる」


「……そう、ですよね」


 当然の答えだった。


 あれほど多くの魔物を逃がし、精霊まで怯えさせている存在。


 人々に危険が及ぶなら、討伐するしかない。


 それなのに、


『――たすけて……』


 あの声が、どうしても頭から離れない。


「リーン」


「はい?」


「何か気になるのか」


 リーンは迷った。何を聞いたのか、自分でもまだ分からない。


 あれが精霊の声なのか。


 ドラゴン自身のものなのか。


 それとも、まったく別の何かなのか。


「……分かりません」


 正直に答える。


「ただ」


 リーンは北東の方角へ視線を向けた。


「あのドラゴンが……怖いだけの存在じゃないような気がするんです」


 レオンハルトは黙って彼女を見る。


 否定されてもしょうがない、根拠のない話だ。


 けれど


「なら」


 静かな声が返ってくる。


「確かめるか」


 リーンが目を瞬く。


「……いいんですか?」


「何がだ」


「その……私の、こんな曖昧な話を」


「お前が何もないのに、そう言うとは思っていない」


 あまりにも自然に言われて、リーンは少しだけ目を伏せた。


「……ありがとうございます」


「ああ」


 レオンハルトは短く頷く。


「だが、勝手に森へは行くなよ」


「え」


「念のため言っておく」


「行きません!」


「そうか」


 ほんの少し、レオンハルトの口元が緩んだ。


 その時、リーンの視線が彼の腰元で止まる。剣の柄近くで、小さな飾りが揺れていた。


 以前、リーンが贈ったものだ。


「……まだ、つけてくださってるんですね」


「これか?」


 レオンハルトが剣飾りに触れる。


「当然だろう」


 あまりにも迷いのない返事に、リーンの胸が少しだけ温かくなる。


「なくしてしまってないかなって、少し心配してました」


「心外だな」


 短く答えたレオンハルトの視線が、今度はリーンへ向いた。


「それより、リボンは?」


「リボン?」


 突然聞かれ、リーンは自分の髪に触れる。


「あ……はい。ちゃんとつけてます」


 ヴィとお揃いで選んだリボン。そこには後から、レオンハルトが魔法をかけてくれていた。


 リーンを守るための魔法と、居場所を辿るための魔法。


「外すなよ」


「え?」


「少なくとも、この状況が落ち着くまではだ」


 いつもより少し強い口調だった。リーンは髪に結ばれたリボンへ触れる。


「……分かりました」


「必ずだ」


「はい」


 そう答えると、レオンハルトはリボンを確かめるように見つめた。


 そして――


 一歩、距離を詰める。


「レオン様……?」


 突然近づいた顔に、リーンの身体が固まった。


 レオンハルトがわずかに身を屈める。さらりと銀色の髪が揺れた。


 次の瞬間、リーンの髪を飾るリボンに、そっと唇が触れた。


「――っ!?」


 何が起きたのか理解した瞬間、リーンの顔が一気に熱くなる。


「レ、レオン様!?」


 慌ててリボンを押さえる。


 心臓が、痛いほど鳴っていた。


 けれど当のレオンハルトは、いつもと変わらない顔で身体を起こす。


「これも、まじないだ」


「ま、まじない……?」


「ああ」


「何のですか……?」


 レオンハルトは一瞬だけ黙った。


「……無事に戻ってくるための」


 リーンは言葉を失った。そんなことを、そんな顔で言うなんてずるい。


「……レオン様も」


「何だ」


「無茶しないでくださいね」


「ああ」


 今度は、いつもの曖昧な返事ではなかった。


「約束する」


「……はい」


 リーンはようやく笑った。


 レオンハルトはその顔を確認すると、次の報告を受けるため救護所を出ていく。


 その背中を見送りながら、リーンはしばらく動けなかった。


 やがて、そっと髪のリボンに触れる。


 そこにはもう、唇の感触など残っていないはずなのに。


「……ずるいです」


 小さく呟いた声は、誰にも届かなかった。


 それからリーンは、もう一度北東の空を見る。


 あの森の奥には、人々が恐れる竜がいる。


 魔物も。


 精霊も。


 その存在から逃げている。


 それなのに、リーンの耳には咆哮ではなく、

『――たすけて』という声だけが残っていた。

レオンの溺愛(恋愛)度数も上がってきました(笑)


明日の朝、エピローグ更新します!

宜しくお願いします(*^^*)

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