ep.45 異変の先に
第四章は次の46話、そしてエピローグで終わりです。
黒曜騎士団本部に、緊急鐘が鳴り響いた。
「第一、第二部隊は北東街道へ。第三部隊は王都側の防衛線を固めろ」
次々と集まる騎士たちへ、レオンハルトが指示を飛ばす。
「アルヴィンは各隊の配置を。グレンは先行隊と合流しろ」
「承知しました」
「了解!」
「冒険者ギルドにも応援を要請する。それと――」
レオンハルトは一瞬考え、続けた。
「セルギウス総長にも連絡を」
アルヴィンが顔を上げる。
「前回の異変を知る人間が必要だ」
「分かりました。すぐに使いを出します」
二十年以上前にも、魔物たちは一斉に縄張りを捨てた。
そして、その後に現れたのは一頭のドラゴン。
同じことが起きるとは限らない。
だが、あまりにも状況が似ていた。
◇ ◇
「セルギウス様」
呼びかけに、セルギウスが振り返る。
黒曜騎士団から遣わされた騎士が一礼した。
「レオンハルト団長より、緊急の応援要請です」
「レオンから?」
「はい。北東部で魔物の大規模な移動が確認されました。複数の種族が一斉に森を離れ、王都方面へ向かっているとのことです」
セルギウスの動きが止まった。
ほんのわずかな沈黙。
「……始まったか」
「え?」
「いや」
セルギウスは静かに首を振る。
「二十年前を思い出しただけだ」
壁に立て掛けてあった剣を取った。
「すぐに向かう。レオンにはそう伝えてくれ」
「はっ!」
騎士が足早に去っていく。セルギウスも剣を腰に差すと、その後を追った。
◇ ◇
――北東街道
レオンハルトたちが到着した時には、すでに周辺の集落から避難が始まっていた。
「団長!」
先行していたグレンが駆けてくる。
「避難は進んでます。ただ、魔物の数が予想以上です。今も森から出続けてるそうで……」
「斥候は?」
「さらに奥へ向かわせました。原因になってる場所を確認させてます」
「分かった」
その時、遠くから低い地響きが伝わってきた。
ドドドドド――
「来ます!」
街道の先に土煙が上がる。グレイウルフ。その後ろにはゴブリン。さらに大型の魔獣まで混ざっていた。
本来なら同じ場所に群れるはずのない魔物たちが、ひとつの巨大な流れとなって押し寄せてくる。
だが、互いに争う様子はない。
「こいつら……」
カインが目を細めた。
先頭のグレイウルフは騎士たちを見ても牙を剥かず、横を抜けようと進路を変える。
「俺たちを狙ってねぇ!」
レオンハルトも気づいた。攻撃してくるのは、進路を完全に塞がれた時だけ。目的は人間ではない。
「……逃げてるのか?」
グレンが呟く。ジルの表情が険しくなった。
「やっぱり、そういうことかい」
魔物が増えているのではない。縄張りを捨てている。
何かから――逃げている。
「全隊、攻撃を止めろ!」
レオンハルトの声が響いた。
「殲滅する必要はない!王都と集落へ向かわせなければいい!」
すぐに配置を切り替える。
「アルヴィン!」
「はい」
「東側は俺たちで抑える。第一、第二部隊を回せ」
「承知しました」
「ガイアス!」
「おう!」
「北側を頼む。セルギウス総長と組んでくれ」
ガイアスが隣のセルギウスを見る。
「まさか、またお前と並ぶことになるとはな」
「俺も同じことを考えていた」
「昔みたいに足引っ張るなよ」
「それはこっちの台詞だ」
短いやり取りに、ガイアスが笑う。
「紅狼の牙は機動対応。群れが防衛線を抜けそうなら進路を変えてくれ」
「了解!」
各自が散っていく。北側へ向かったガイアスとセルギウスの前にも、魔物の群れが迫っていた。
「このままだと北の集落へ抜けるぞ」
ガイアスが剣を構える。
「いや」
セルギウスが即座に答えた。
「群れは東へ曲がるはずだ」
「あ?」
「西側の森の方が広くなっている。逃げるなら、あそこを抜けるはずだ」
ガイアスが一瞬眉を上げる。
その直後、先頭の魔物たちが進路を変えた。セルギウスの言葉通り、東へと流れていく。
「……相変わらず、勘のいい野郎だな」
「経験と言ってくれ」
「二十年前のか?」
「そういうことにしておけ」
セルギウスはそれ以上答えず、群れへ向き直った。
ガイアスもすぐに視線を前へ戻す。今は考えている暇などなかった。
◇ ◇
街道から離れた救護所には、騎士や冒険者、避難途中に怪我をした住民が次々と運び込まれていた。
「リーン、こちらもお願いします」
「はい!」
処置を終え、次の負傷者へ向かおうとした時だった。
視界の端を、小さな光が横切った。
一つ。
二つ。
三つ。
風に乗る小さな精霊。
木々の間を飛ぶ精霊。
だが、普段とは明らかに様子が違う。皆、同じ方向へ飛んでいる。
魔物たちと同じ、北東の森から――遠ざかるように。
「……精霊まで」
背筋に冷たいものが走った。
――魔物だけじゃない
精霊たちも、逃げてる……?
「リーン?」
アイリスが振り返る。
「……ううん。何でもない」
そう答えた、その時だった。
――ズン!
地面が揺れた。
棚の瓶が、かすかに触れ合う。
「地震……?」
誰かが呟く。
――ズン!
もう一度、今度は、はっきりと分かった。
直後、森の方から魔物たちの鳴き声が一斉に上がる。馬たちが怯え、リーンの周囲にいた精霊たちも一斉に散った。
「……っ」
なぜか胸の奥がざわついた、その時。
『――たすけて……』
「え……?」
リーンは振り返った。けれど、そこにいるのは負傷者とアイリスだけ。
「どうしました?」
「今……」
声がした。
確かに。
けれど、耳から聞こえた声とは違う。
もっと直接、胸の奥へ届くような――。
『……たすけて……』
リーンは北東の森を見た。
あちらからだ。
いや、声なのかどうかさえ分からない。
巨大な魔力そのものが、苦しみながら助けを求めているような感覚。
――あそこに、いる
何かが魔物も精霊も、すべてを遠ざけながら助けを求めている。
◇ ◇
「団長!」
一騎の騎士が前線へ駆け込んできた。
馬から転げるように降りたのは、北東の森へ向かわせていた斥候の一人だった。
「斥候隊より報告!」
「何があった」
「森の奥で……大型の魔獣を確認しました」
「種類は」
騎士が息を呑む。
「……ドラゴンです」
周囲の空気が変わった。
ガイアスが振り返る。
「ドラゴンだと?」
「はい。ただ……何かがおかしいんです」
「おかしい?何が違う?」
アルヴィンが問う。
「纏っている魔力が、普通のドラゴンとは違います。一つじゃありません。炎だけじゃない。風も、水も……地の魔力まで感じました」
アルヴィンの表情が変わる。
「……まさか」
「知っているのか」
「文献で読んだことがあります」
アルヴィンの声が低くなる。
「複数属性の魔力を同時に纏う竜
――エレメントドラゴン……」
その名に、ガイアスが息を呑んだ。
だが、隣に立つセルギウスは。
「……そうか」
ただ、それだけを口にした。
ガイアスが横目で見る。
「おい、セルギウス」
「何だ」
「……いや」
ガイアスは首を振った。
「何でもねぇ」
元騎士団総長だ。この程度で取り乱す男ではない、そう思った。
「団長」
アルヴィンがレオンハルトを見る。
「斥候の報告が正しければ、この一帯は危険です」
「ああ」
レオンハルトの脳裏に、真っ先に浮かんだ顔があった。
「……リーン」
救護所は前線から離してある。だが、相手がエレメントドラゴンなら、安全と言い切れる距離ではない。
「アルヴィン!」
「はい」
「救護所をさらに王都側へ下げろ。リーンたちも移動させろ」
「承知しました」
「グレン!」
「はい!」
「伝令を出せ。全部隊、防衛線を維持しつつ後退準備!」
レオンハルトが北東の森を睨む。
二十年前と同じように、魔物たちは逃げた。
そして、再びドラゴンが現れた。
だが、今回現れたものは――
前回以上の脅威だった。
◇ ◇
遠く離れた場所、リーフェ薬店でローウェンは、読みかけの本から顔を上げた。
突然、窓が大きく鳴る。
風が室内へ流れ込み、次の瞬間――
「ロー!」
聞き慣れた声と共に、シルフィーが姿を現した。
「何だ」
ローウェンは本を閉じる。いつもなら軽やかに笑っている彼女の顔に、今日は笑みがなかった。
「……まずいかも」
「何が」
シルフィーが珍しく言葉を選ぶように、一度口を閉じる。
「やばいのが、出てきちゃった」
ローウェンの表情が変わった。
「どこだ」
「レイガルドの北東」
「……何が出た」
シルフィーはすぐには答えなかった。代わりに窓の外へ視線を向ける。
「みんな、逃げてるの」
「精霊が?」
「うん」
その一言で十分だった。ローウェンが立ち上がる。
「……まさか」
シルフィーが静かに頷いた。
「ロー」
「何だ」
「リーンも、そこにいるみたいなの」
ローウェンの目が鋭くなる。
「……あいつは」
小さく舌打ちし、外套を掴んだ。
「本当に、面倒ばかり拾ってくるな」
そう言いながら、その足取りに迷いはなかった。
続きは夜に、宜しくお願いします(*^^*)




