ep.44 迫りくる脅威
世の中、シルバーウィークですね。
私は仕事でしたが(T_T)
皆様、ごゆっくりお休みください。
――翌朝
黒曜騎士団本部の執務室で、グレンが一通の封書を机に置いた。
「これが、昨日話した手紙です」
飾り気のない白い封筒。
表には黒いインクで『黒曜騎士団へ』とだけ書かれ、差出人の名はない。
「いつ届いた」
「昨日の昼過ぎです。受付に直接置いていったらしいんですが、届けたのは使いの少年だったそうです。本人も頼まれただけで、差出人については何も知らないと」
レオンハルトは封筒を手に取った。封蝋も紋章もない。
「中は?」
「まだ確認してません。団長が戻ってからと思いまして」
レオンハルトが封を切ると、中に入っていたのは、一枚の紙だけだった。数行の文章に目を通し、わずかに眉を寄せる。
「……団長?」
向かいに座っていたアルヴィンが顔を上げた。
「見ろ」
紙を受け取り、アルヴィンも目を走らせる。
『三か月前に行われた魔力環境調査について、報告書と物資の搬出記録を照合されたし。
記録された数だけを信じてはならない。
失われたものが、どこへ運ばれたのかを追え』
「……三か月前」
アルヴィンの表情が変わる。グレンもすぐに気づいた。
「監察局の調査ですか?」
「ああ」
三か月前、王都周辺を含む複数の地域で、監察局主導による魔力環境調査が行われている。
その調査地点のいくつかは、現在魔物の異変が確認されている地域と重なっていた。
「誰かが、俺たちにあの調査を調べさせようとしている」
レオンハルトが呟く。
「それにしては、随分と具体的ですね」
アルヴィンはもう一度、手紙へ視線を落とした。
「報告書と搬出記録を照合しろとまで書いてある。差出人は、調査の内情を知っている可能性が高いでしょう」
「内部の人間ってことか?」
「まだ分かりません。ただ、調べる価値はあります」
レオンハルトも頷いた。
「アルヴィン。昨日の資料は?」
「こちらに」
アルヴィンは机の横に積まれた書類の束を引き寄せた。
昨日、冒険者ギルドに残り、ガイアスたちと整理していた資料だ。
魔物の目撃地点
縄張りの変化
過去の討伐記録
そして、三か月前に行われた魔力環境調査の記録。
「調査関係の資料も、ある程度まとめてあります。正式な報告書の写しも」
「仕事が早いな」
「必要になると思いましたので」
「さすがだな、アル。始めるぞ」
「はい」
◇ ◇
「……おかしいですね」
しばらくして、アルヴィンの手が止まった。机の上には、何枚もの資料が広げられている。
「何がだ」
「数が合いません」
アルヴィンが二枚の書類を並べた。
「こちらが監察局から提出された最終報告書。そしてこちらが、調査期間中の物資搬出記録です」
レオンハルトが覗き込む。
「魔導杭か」
「はい。報告書に記載されている使用数より、実際に倉庫から搬出された数の方が多い」
魔力環境調査では、地中の魔力濃度や流れを測定するため、専用の魔導杭を設置する。
以前、異変の起きた場所から発見された杭も、その一つだった。
「予備じゃないんですか?」
グレンの問いに、アルヴィンは別の帳簿を開く。
「私もそう考えました。ですが、予備なら調査終了後に倉庫へ戻されているはずです」
「返却記録がない?」
「ありません」
搬出された形跡はあるが、正式な調査では使用されていない。そして、倉庫にも戻っていない。
「つまり、その分だけ魔導杭が消えている?」
「そういうことになります。それも一か所ではありません。複数の調査地域で同様の差異があります」
「全部、三か月前の調査か?」
「はい」
グレンの表情からも笑みが消えた。
「……偶然じゃないですよね」
レオンハルトの脳裏に、以前発見された一本の杭が浮かぶ。
異変の起きた土地に残されていた、監察局の紋章が刻まれた魔導杭。
そして、魔物の体内から見つかった黒い核。
リーンは、自然に生まれたものではなく、外から何かを混ぜ込まれたように感じると言っていた。
「アル。消えた杭の搬出先は追えるか」
「確認します」
アルヴィンは帳簿をめくり、やがて一枚の輸送記録を抜き出した。
「ありました。最終的な設置場所までは残っていませんが、中継地点なら分かります」
立ち上がり、壁に掛けられた地図へ向かう。
一つ。
二つ。
三つ。
記録に残された場所へ印をつけていくうちに、アルヴィンの手が止まった。
「……これは」
レオンハルトも地図を見る。そこにはすでに、魔物の異常行動が確認された地点が記されていた。
余分な魔導杭が運ばれた地域
魔物が縄張りを捨て始めた地域
完全に一致しているわけではない。だが、明らかに近い。
「重なってる……」
グレンが呟いた。
「正確には、異変の起きている地域の周辺に集中しています」
アルヴィンの声が低くなる。
三か月前の調査
監察局の杭
黒い核
魔物の異常行動
そして、この匿名の手紙。
「……団長」
アルヴィンが静かに呼んだ。
「この調査の最終承認者は――」
「ダミアン・アストレア監察卿」
レオンハルトが先に答えた。
アルヴィンが口を閉ざす。彼にとってダミアンは、ただの高官ではない。その知性と在り方を尊敬し、自身も多くを学んできた相手だ。
「ですが……」
「ああ」
レオンハルトは地図を見たまま答える。
「承認した人間と、実際に杭を持ち出した人間が同じとは限らない」
「……はい」
「今必要なのは憶測じゃない。事実だ」
「承知しました」
アルヴィンは頷いたものの、その表情は晴れない。
「それにしても……」
グレンが手紙を見る。
「これを送ってきた奴、何者なんです?」
二人の視線がグレンへ向いた。
「搬出記録を見ろなんて、普通は分からないでしょう」
「確かに」
アルヴィンが手紙を持ち上げる。
「差出人は、最初からこの数字の食い違いを知っていた可能性が高い」
「なら、なぜ名乗らない」
レオンハルトの問いに、答える者はいなかった。
名乗れない理由があるのか。
それとも――名乗れば、この情報そのものが握り潰されると考えたのか。
「差出人についても調べる。だが、先に消えた杭だ」
「はい」
アルヴィンが頷いた、その時
――カン、カン、カン!
突然、廊下の向こうから鐘の音が響いた。
三人が同時に顔を上げる。
「……緊急鐘?」
グレンが呟いた直後、慌ただしい足音が近づいてきた。
勢いよく扉が開く。
「団長!」
飛び込んできた騎士は、息を切らしていた。
「北東部の監視所から緊急報告です!」
レオンハルトが立ち上がる。
「何があった」
「魔物です。森にいた魔物が、一斉に移動を始めました!」
「数は」
「……分かりません」
レオンハルトの目が鋭くなる。
「どういう意味だ」
「数えられないんです」
騎士の声が震えた。
「ゴブリンも、グレイウルフも、それ以外の魔物も……種族に関係なく、森から次々と出てきています」
アルヴィンも立ち上がった。
「進行方向は?」
「――王都方面です」
一瞬、部屋が静まり返った。
レオンハルトは地図を見る。北東部、魔物の異常行動が確認されていた地域。
そして、その先は――二十年以上前、ドラゴンが現れた場所でもある。
「団長……」
「ああ」
レオンハルトは剣を取った。
「全隊に招集をかけろ」
「はっ!」
「冒険者ギルドにも連絡。北東部の街道を封鎖し、周辺住民を避難させる」
「了解!」
グレンが駆け出す。
「アルヴィン」
「はい」
「この件は一旦止める」
レオンハルトの視線が、机の上の匿名の手紙へ落ちる。
「まずは――目の前の脅威だ」
「承知しました」
アルヴィンは手紙を静かに畳んだ。
三か月前の調査。消えた魔導杭。差出人のない手紙。
その答えを追う時間すら与えないように事態は、一気に動き始めていた。
あと2話&エピで第四章も終わりです。
よろしくお願いします!
あすの朝と夜で、終了までいきたいと思います(*^^*)




