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薬術師リーンは騎士団長の監視対象です ~隣国のスパイ容疑をかけられましたが、なぜか最強騎士に囲われています~  作者: 空乃葉
第一部/4章 守りたいもの

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ep.43 古からの口伝

昔と今、大事なことは人から人へ繋いでいく。

歌姫の存在意義とは。


「確か、その中に――よく似た話があったはずよ」


 エステリーゼは記憶を辿るように、しばらく目を閉じていた。


「獣たちが森を離れ、人々が空を恐れた……だけど、それを精霊に愛された巫女がおさめた。そんな一節だったと思うわ」


「空を……?」


 リーンは首を傾げた。


「ドラゴンを指しているのでしょうか」


 アルヴィンの問いに、エステリーゼはゆっくり首を振る。


「そこまでは分からないの。とても古い歌だから、今では意味の分からない言葉も多くて」


「いつ頃から伝わっている歌なんだ?」


 レオンハルトが尋ねた。


「正確には分からないわ。王国ができるよりも、ずっと昔から歌い継がれてきたものだと教わったけれど」


「王国ができる前……」


 リーンが呟く。


「エステリーゼの一族は、古くから歌を通じて精霊へ祈りを捧げてきた家系なんだ」


 カイエルが説明する。


「昔は、人と精霊が今よりずっと近かったと言われているの」


 エステリーゼが続けた。


「精霊を見ることのできる人も、今ほど珍しくなかったそうよ。人が精霊に祈り、精霊もまた人に力を貸していた――そんな話が、古い歌にはいくつも残っているわ」


 リーンは無意識に息を呑んだ。


 ――精霊を見ることのできる人


 その言葉が、妙に胸に残った。


「だが、千年ほど前を境に、多くの精霊は人の前から姿を消したと言われている」


 カイエルが続ける。


「理由は分かっていない。あまりにも古い時代のことだからな。残された記録も少なく、伝承と史実を区別することさえ難しい」


「ただ、すべての精霊がこの世界を去ったとは考えられていない」


 カイエルは一度言葉を切った。


「一説には、風、水、火、地を司る四柱の大精霊は、今もこの世界を見守ってくださっているとも言われている」


「四柱の大精霊……」


「ああ。風はレイガルド、水はミスティ法制国、火はグランシェル帝国、地はサイルード王国。それぞれの地に、一柱ずつおられるのだと」


――そういえば、シルフィーも風の精霊だ…まさかね。


 リーンは、懐かしい精霊のことを思い出した。

 以前の自分には、その声を聞くことしかできなかった。けれど、今なら私にも、師匠みたいにシルフィーの姿が見えるのかな。


「もっとも、確かな証拠が残っているわけではない」


 そう言って、カイエルはわずかに笑った。


「真実を知る者はいない。だが、今でも時折、精霊の存在を感じたという話はある。だから私は、彼らは消えたのではなく、今もどこかでこの世界を見守ってくださっているのだと信じたい」


「……私も、そう思います」


 リーンは小さく答えた。


「多分、精霊がいなくなったんじゃなくて……精霊を見ることのできる人間が、少なくなってしまったんじゃないでしょうか」


 カイエルが興味深そうにリーンを見る。


「そう考える理由が?」


「えっ」


 リーンはハッとした。


「あ……いえ。そうだったらいいなって思っただけです」


 慌てて笑って誤魔化した。けれど、本当はただの想像ではなかった。最近、リーンには精霊の姿が見えるようになっていた。


 最初は、光の粒だと思っていた。


 けれど、失っていた記憶が少しずつ戻り始めた頃から、その輪郭は日に日に鮮明になっている。


 花の陰から顔を覗かせるもの。


 風に乗って楽しそうに飛び回るもの。


 水面の上を跳ねるもの。


これまで声でしか感じることのできなかった存在が、今では確かな姿を持って見えている。


 ――師匠なら、何か知っているかもしれない。

 シルフィーの姿を見ることのできる師匠なら。


 だから、次に会えた時には必ず聞こうと思っていた。手紙ではなく、直接会って。


 レオン様にも、まだ話していない。


 隠しているわけではないけど、話すきっかけを逃しているうちに、今日まで来てしまった。


「でも、その考えは、あながち間違っていないかもしれないわね」


 エステリーゼが言った。


「私も精霊を見たことはないけれど、時々……何かを感じることがあるの」


「感じる?」


「風が急に優しくなったり、誰もいないはずなのに、すぐそばに誰かがいるような気がしたり」


 そう言ってから、エステリーゼはカイエルを見る。


「昔からなのよ、ね?」


「ああ。君の一族には、そういう話を時々きくね」


「でも、レオンは昔から信じてくれなかったのよ」


「信じていないとは言っていない」


 レオンが即座に返す。


「目に見えないものを追いかけて、木から落ちるなどバカのすることだ、と言っただけだ」


「同じようなものじゃない!」


「全く違う」


 エステリーゼがくすくす笑う。カイエルもどこか呆れたような顔をしていた。


「2人ともそこまでだ。今は言い合いしてる場合じゃないぞ。」


「カイエルまで何よ」


 三人の間に流れる空気が、ほんの少し変わった。


 王太子と騎士団長といずれ王太子妃にもなる歌姫。そんな肩書きを忘れてしまいそうなほど、気安い。


 ――本当に昔から、仲がいいんだ。

 あらためて3人の様子から、心からの関係性であることを感じた。


 けれど、ふと、さっきの言葉が頭の中に戻ってくる。


 ――『レオン』


「……」


 リーンは隣に立つレオンをちらりと見た。


 自分はずっと、「レオン様」と呼んでいる。

 エステリーゼ様は、当たり前のように「レオン」と呼んでいた。


 昔からの知り合いなのだから、当然なのだろう。

 分かっている、分かっているのに。


なんだろう…胸の奥に、小さな何かが引っかかった。


「リーン?」


「えっ」


 レオンと目が合った。


「どうした」


「な、なんでもないです」


「そうか?」


「はい」


 慌てて視線を逸らす。自分でも、何が気になったのかよく分からない。


「……?」


 レオンは不思議そうにしていたが、それ以上は追及しなかった。


 その様子を見ていたエステリーゼが、ほんの少しだけ楽しそうに目を細めた。


「それでね」


 エステリーゼはリーンへ視線を戻した。


「さっきの続きだけれど……あなたの周りにも、何かいるような気がするの」


「……!」


 リーンの肩がぴくりと跳ねる。


 なぜなら――


 今まさに、その肩のすぐ上で。手のひらほどの小さな精霊が、楽しそうに足を揺らしていたからだ。


 リーンが目を向けると、小さな精霊はきらきらと光を散らしながら、くるりと宙返りした。


「リーン?」


「な、なんでもないです!」


 またレオンだった。


「……本当か?」


「本当です!」


 今度はエステリーゼが吹き出した。


「ふふっ」


「エステリーゼ様?」


「ごめんなさい。なんだか可愛らしくて」


「?」


 何のことだろう。リーンは首を傾げた。

 それ以上追及される前に、話題を変える。


「そういえば……エステリーゼ様の歌って、昔も今みたいに祝祭で歌われていたんですか?」


「それだけじゃないわ」


「?」


「昔は、戦いへ向かう人たちのためにも歌ったそうよ」


「戦うための魔法?」


「いいえ」


 エステリーゼは首を振った。


「力を与えるための歌じゃないの」


 胸元へそっと手を添える。


「怖くても、もう一度前を向けるように。帰る場所を忘れないように――そんな願いを込めて歌うの」


 ――怖くても、もう一度前を向けるように。


 リーンはその言葉を胸の中で繰り返した。その時、肩の上にいた小さな精霊が、ふわりと舞い上がった。


 窓辺にいた淡い光が、それを追う。


 さらに、ひとつ。


 また、ひとつ。


 小さな精霊たちがエステリーゼの周りへ集まり始める。


「……」


 リーンは目を見開いた。


 エステリーゼは気づいていない。カイエルも、レオンハルトも。


 けれど、リーンには見えていた。精霊たちは楽しそうに光を散らしながら、エステリーゼの周りを舞っている。


 まるで――


 彼女の歌声を、待っているかのように。


リーンの本来もっている力が目覚めつつある回でもありました。

少しずつ、リーンを形づくるピースが見えてきました。


次は本日の夜21時です。


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