ep.42 歌姫との出会い
エステリーゼ再登場です。
「――ゼロじゃねぇな」
ガイアスの低い声が、部屋に重く落ちた。
二十年以上前。
魔物たちが一斉に縄張りを捨て、その後、どこからともなくドラゴンが現れた。
そして今、同じ場所で、同じような異変が起き始めている。
リーンは机の上に広げられた地図を見つめた。
――本当に、またドラゴンが……?
そう思った、その時だった。
窓の外で、淡い緑の光が瞬いた。
「……?」
光は風をまといながら窓をすり抜け、部屋の中へ飛び込んでくる。
小鳥だった。けれど、本物ではなく、透き通った緑の光で形作られた鳥が、真っ直ぐレオンのもとへ向かっていく。
「わあ……」
思わず声を漏らしたリーンとは対照的に、レオンは驚く様子もなく片腕を差し出した。
緑の鳥が、その腕へふわりと降り立つ。
「殿下からですね」
アルヴィンの言葉に、レオンハルトが頷いた。
「ああ」
次の瞬間、鳥の身体が淡く輝いた。
『レオン。至急、リーン殿と一緒に王城へ来てくれ』
聞こえてきたのは、落ち着いた青年の声。それだけを告げると、小鳥は緑の光の粒となり、風に溶けるように消えていった。
「……カイエル殿下?」
「ああ」
レオンハルトが立ち上がる。
「どうやら、ここまでのようだ」
ガイアスが鼻を鳴らした。
「殿下直々のお呼びじゃ仕方ねぇな」
レオンは地図へ一度視線を落とした。
「何か変化があれば、すぐ騎士団へ知らせてくれ」
「分かってる」
「セルギウス団長も、ありがとうございました」
「俺は昔話をしただけだ」
セルギウスは肩をすくめる。
「それより殿下を待たせるな。行ってこい」
「はい」
「団長、では後のことは私のほうですすめておきます。」
アルヴィンが地図と資料をまとめながら言った。
「あぁ、あとは頼む」
こうして、アルヴィンに後のことは任せて、長かった話し合いはひとまず終わることになった。
◇ ◇
ギルドを出たところで、グレンがふと思い出したように声を上げた。
「そういや団長」
「どうした」
「騎士団に、妙な手紙が届いてました」
レオンが足を止める。
「手紙?」
「差出人がないんです。宛先は黒曜騎士団。事務方が、ちょっと妙な内容だって」
隣にいたリーンが首をかしげる。
「匿名の投書でしょうか」
「かもしれねぇですけど……なんとなく引っかかって」
「分かった」
レオンは短く答えた。
「戻ってから確認する」
「了解です」
今はカイエルからの召集が先だ。リーンも王城へ同行することになり、アイリスと共に馬車へ乗り込んだ。
しばらく走ったところで、向かいに座っていたレオンハルトが口を開く。
「そういえば、お前に話していなかったことがある」
「私に?」
「ああ」
「何ですか?」
「以前、お前を探していた時のことだ」
リーンの表情がわずかに変わる。
「……あの時?」
「お前を見つける手掛かりになった人物がいる」
「手掛かり?」
「エステリーゼ様だ」
「エステリーゼ様……?」
どこかで聞いた名前だ。そう考えて、すぐに思い当たる。
「もしかして……あの歌姫の?!」
「ああ」
レオンが頷いた。
「彼女は殿下の婚約者でもあり、妃教育でよく城で公務をこなされている。彼女が気づいたことを教えてくれた。それがなければ、お前を見つけるまでに、もっと時間がかかっていたかもしれない」
「そんなことが……」
リーンは知らなかった。自分を助けるために、知らないところでも力を貸してくれた人がいたことを。
「その方に……会えますか?」
「今日は殿下とエステリーゼ様も共に公務の予定だった。恐らく、彼女も同席しているだろう」
「だったら、お礼を言いたいです」
レオンの目元がわずかに和らぐ。
「そう言うと思った」
リーンは窓の外へ目を向けた。遠くに見えていた王城が、少しずつ近づいていた。
◇ ◇
王城へ到着すると、リーンたちはすぐにカイエルのもとへ案内された。
「来たか、レオン」
「お待たせしました、殿下」
レオンハルトが一礼する。
その傍らには、もう一人。長い髪を優雅に流した女性が立っていた。
華やかな美しさがありながら、不思議と柔らかな雰囲気を纏っている。
その女性がリーンを見るなり、ぱっと表情を明るくした。
「まあ……!」
「?」
「あなたがリーンさんね?」
「え?」
「エステリーゼ」
カイエルが苦笑する。
「驚かせるな」
「あら、ごめんなさい。でも、ずっと会ってみたかったの」
その名前を聞いた瞬間、リーンの目が大きくなる。
「エステリーゼ様が……わたしに?」
「様なんていらないわ。エステリーゼでいいのよ」
「薬術師のリーンと申します。リーンとお呼びください。あ、あの!」
リーンは思わず一歩前へ出た。
「私を見つける手掛かりをくださったって、さっきレオン様から聞きました」
今度はエステリーゼが目を丸くする。
「本当に、ありがとうございました」
リーンは深く頭を下げた。
「手掛かりがなかったら、もっと大変なことになっていたかもしれないって……」
「顔を上げて」
優しい声だった。
「私は、少し気になったことを伝えただけよ。あなたを見つけたのはレオンたちだもの」
「でも……」
「それでも、お礼を言ってくれるなら、ありがたく受け取っておくわ」
エステリーゼは微笑んだ。
「それに、私の方こそ会えて嬉しいの。あなたのことは聞いていたから」
「私のこと?」
「ええ。殿下からね」
「……余計なことは言わなくていい」
「あら、別に変なことは聞いていないわよ?」
エステリーゼは楽しそうに笑った。
「昔からそうよね。レオンって、自分のことになると急に口数が減るんだから」
「お前が余計なことまで話すからだ」
「ほら、そういうところ」
「二人とも、その辺にしておけ。昔から変わらんな」
カイエルが呆れたように口を挟む。
けれど、その声音もどこか気安い。王太子と騎士団長といずれ王太子妃になる歌姫。高位貴族同士で幼い頃から交流があったことは馬車の中で聞いていたけど。
三人の間に流れる空気は、リーンが想像していたよりずっと近しいものだった。
昔からの知り合いなのだから、当然なのだろう。
そう思ったのに――
なぜか、胸の中に違和感を感じた。
「リーン?」
「えっ?」
「どうした」
「な、なんでもないです!」
「そうか?」
「はい!」
エステリーゼがそんな二人を見て、わずかに目を細めた。カイエルが小さく息を吐く。
「再会を喜ぶところ悪いが、本題に入ろう」
その言葉で、空気が変わる。レオンハルトの表情も騎士団長のものへ戻った。
「はい」
レオンは、先ほど冒険者ギルドで判明したことを簡潔に報告した。
魔物は増えているのではなく、縄張りを捨てて移動している可能性が高いこと。
二十年以上前にも、よく似た異変が起きていたこと。
そして――その後、ドラゴンが現れたこと。
「ドラゴンか……」
カイエルの表情が険しくなる。
「今回も現れる可能性があると?」
「現時点では何とも言えません。ただ、否定はできません」
「分かった。王都周辺の警戒を一段階引き上げる。地方にも通達を出そう」
カイエルの判断は早かった。
「レオン、騎士団側の配置は任せる」
「承知しました」
話がまとまりかけた、その時。
「……待って」
それまで静かに話を聞いていたエステリーゼが呟いた。何かを思い出そうとするように、わずかに眉を寄せている。
「どうした?」
カイエルが尋ねる。
「魔物が森を離れて……その後に、空を恐れる」
ぽつり、ぽつりと確かめるように口にする。
「それ……どこかで聞いたことがあるわ」
レオンハルトがエステリーゼを見る。
「どこで?」
「古い歌よ」
「歌?」
リーンが首を傾げた。
「ええ」
エステリーゼは静かに頷いた。
「私の一族に、ずっと昔から歌い継がれている歌があるの」
そして、何かを確かめるように目を閉じる。
「確か、その中に――よく似た話があったはずよ」
前回の答えあわせです。
回答は『竜殺し(ドラゴンスレイヤー)』でした(*^^*)
次は明日の朝、更新します。
残り5話ぐらいで第四章も終わりです。
引き続き宜しくお願いします。




