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薬術師リーンは騎士団長の監視対象です ~隣国のスパイ容疑をかけられましたが、なぜか最強騎士に囲われています~  作者: 空乃葉
第一部/4章 守りたいもの

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ep.40 広がる異変

世界にどんどん異変が広がっています。



それから数日。ガーディナス家の一室には、薬草の香りが漂っていた。


「……これで、最後」


 小瓶の蓋を閉め、リーンはふう、と息を吐いた。


 机の上には、傷薬に止血薬、解熱薬。それから魔力の消耗を和らげるための薬が、種類ごとに並べられている。


 どれも冒険者ギルドから依頼されたものだ。


 ここ数日、魔物討伐に出た冒険者たちの負傷が相次いでいるらしい。いつもの注文より、明らかに数が多かった。


「お疲れさまでした、リーン」


 アイリスが出来上がった薬を手際よく箱へ詰めていく。


「ずいぶん多かったですね」


「うん。これで三箱目」


 答えながら、リーンは少しだけ頬を緩めた。


 ――リーン。


 たったそれだけのことなのに、呼ばれるたびに少し嬉しくなる。


 専属侍女になってからも、アイリスはずっと礼儀正しく接してくれていた。けれど最近になって、二人きりの時だけは、ようやくこうして名前で呼んでくれるようになったのだ。


 少しだけ距離が近くなれたようで、それが嬉しかった。


「どうかなさいましたか?」


「ううん。なんでもない」


 リーンは笑って、残った薬瓶を一本、アイリスへ渡した。


「ありがとう、アイリス」


「いいえ。これもわたくしの仕事ですから」


 最後の一本を箱へ収め、アイリスが蓋を閉じる。


「これで、すべてですね」


「うん。こんなに一度に頼まれたの、初めてかも」


「それほど負傷者が増えている、ということでしょうか」


「……たぶん」


 三つの箱を見つめ、リーンは眉を寄せた。


 必要とされる薬が増えたということは、それだけ傷ついた人がいるということだ。


「それよりリーン。少しお休みになったほうがよろしいのではありませんか?」


「大丈夫。ギルドに届けたら休むから」


「先ほども、そう仰っていましたよ?」


「……言ったっけ」


「ええ」


 にこり。


 笑顔なのに、逃げ道がない。


「……師匠みたい」


「まあ。それは光栄です」


「褒めてないかも」


「では、なおさら休んでいただかなくてはなりませんね」


「う……」


 こういう時のアイリスには勝てない。


「少しだけね」


「はい。少しだけで構いません」


 満足そうに答えるアイリスを見て、リーンは小さく笑った。


「でも、薬は今日中に届けたいの」


「もちろんです。馬車も手配してあります」


「もう?」


「はい。それから、レオン様にもお伝えしてあります」


 リーンが目を丸くする。


「レオン様にも?」


「本日の午後、リーンが冒険者ギルドへ薬を届けること。その際はわたくしが同行すること。すでにお伝えしております」


「……いつの間に」


「リーンが二箱目を作っていらっしゃる間に」


 まったく気づかなかった。


「レオン様、何か言ってた?」


「本日は騎士団からも冒険者ギルドへ向かわれるそうです。ただ――」


 アイリスがわずかに笑う。


「『寄り道はするな』とのことでした」


「…………」


 リーンは頬を膨らませた。


「やっぱり私、子ども扱いされてない?」


「さて。どうでしょう」


「アイリス」


「ですが、心配なさっているのは確かでしょうね」


 その言葉に、リーンは何も返せなくなる。


「では、少し休まれましたら参りましょう。リーン」


「……はい」


 また名前を呼ばれ、リーンの口元がほんの少し緩んだ。


     ◇ ◇


 冒険者ギルドへ足を踏み入れた瞬間、リーンは違和感を覚えた。


 いつもなら酒と料理の匂い、そして冒険者たちの笑い声で騒がしい場所だ。


 今日も騒がしい。


 けれど、その種類が違う。


「治療できる奴、こっち頼む!」


「北の街道も出たってよ!」


「その依頼、今は受けるな! ギルドから待機命令が出てる!」


 受付には報告書を手にした者たちが列を作り、奥には包帯を巻いた冒険者の姿もある。


「……こんなに」


 アイリスの表情からも、先ほどまでの柔らかな笑みが消えた。


「想像していた以上ですね」


「あっ! リーンじゃないか!」


 聞き覚えのある声に振り向くと、カインが人混みをかき分けてやってきた。


「カイン!」


「何してんだ、こんなところで」


「ギルドから頼まれた薬を届けに来たの」


「これか?」


 カインはリーンの抱えている箱をひょいと取り上げた。


「あっ。自分で持てるよ」


「いいって。お前、小さいんだから」


「関係ないでしょ!」


「あるだろ。箱の方がでかく見えるぞ」


「もう!」


 取り返そうとするリーンから、カインが笑って箱を遠ざける。


 二人のやり取りを見ていたアイリスが、口元に小さな笑みを浮かべた。


「何やってんだい、あんたたち」


「ジル!」


 ジルの後ろからバルトも顔を出す。


「お、薬か! 助かるぜ。今日は足りなくなりそうだったからな」


「そんなに怪我人が多いの?」


「ああ。ここ数日で一気にな」


 答えたカインに、リーンは尋ねた。


「魔物が増えてるって聞いたけど……」


「増えてる、ねぇ」


 カインは薬箱を受付台へ置く。


「俺は、ちょっと違うと思うけどな」


「違う?」


「ああ」


 その時、ギルドの入口がざわめいた。


 濃紺の騎士服。


 周囲の冒険者たちが自然と道を開けていく。


 先頭を歩く銀髪の男を見つけ、リーンの表情が明るくなった。


「レオン様」


 レオンハルトが足を止める。


 その後ろにはアルヴィンとグレン。


 レオンの視線がリーンから、その隣にいるカインへ移った。


「……なぜカインがいる」


「ここ冒険者ギルドだぞ。俺がいて何がおかしいんだよ」


 もっともな返答だった。


 レオンは答えない。


 アルヴィンが眼鏡の位置を直しながら、静かに視線を逸らす。グレンも何かを察したらしいが、口を挟まなかった。


「レオン様」


 アイリスが一歩前へ出る。


「先ほどお伝えした通り、リーンと薬を届けに参りました。ちょうど今、届け終えたところです」


「ああ。聞いている」


 レオンの視線がリーンへ戻る。


「屋敷へ戻るのか?」


「そのつもりだったけど……思ってたより、ずっと大変そうで」


「……そうだな」


「団長」


 アルヴィンが声をかけた。


「ギルドマスターがお待ちです」


 レオンが歩き出そうとする。


「待って」


 リーンは咄嗟に呼び止めた。


「私も聞いちゃ駄目?」


「何をだ」


「魔物のこと。黒い核を調べたのは私だし……薬がこんなに必要になってる理由も知りたい」


 レオンはすぐには答えなかった。


 これ以上、リーンを異変に関わらせたくはない。

 だが、黒い核を実際に調べたのはリーンだ。それに、こうなった以上、何も知らないままでいさせる方が危険かもしれない。


「お願いします」


「……分かった」


 根負けしたような返事に、アルヴィンがわずかに眼鏡を押し上げた。


「私もリーンさんには同席していただくべきだと思います。薬術的な見解が必要になる可能性がありますから」


「……お前、わざと黙っていたな」


「団長がどのような判断をされるのかと思いまして」


「…………」


「もっとも、判断材料は薬術的な必要性だけではなかったようですが」

 アルヴィンの視線が、ほんの一瞬リーンへ向く。

 レオンが眉を寄せた。


「余計なことを言うな」


「失礼しました」


 そう言いながらも、アルヴィンはまったく悪びれていない。


 グレンが笑いを誤魔化すように小さく咳払いをし、アイリスも何も言わず微笑んでいる。


「……何?」


 リーンだけが首を傾げた。


「何でもない」


 レオンは短く答え、そのまま歩き出した。



     ◇ ◇


 二階の会議室。


 大きな机の上には、王国周辺の地図が広げられていた。


 騎士団側からレオン、アルヴィン、グレン。ギルド側にはギルドマスターとジル、カイン、バルト。そしてリーンとアイリスも席についている。


「まず、騎士団側の情報から共有します」


 アルヴィンが地図の前に立った。


「ここ十日間で、王都周辺における魔物の目撃件数は通常時のおよそ二倍。北東部では三倍近くまで増えています。これまで人里付近へ姿を見せなかった種も確認されています」


「こっちも同じだ」


 ギルドマスターが答えた。


「討伐依頼だけじゃない。採取に出た連中からも、普段じゃ考えられない場所で魔物を見たって報告が上がってる」


「縄張りが変化している……」


「変化っていうか」


 カインが椅子の背にもたれた。


「捨ててんじゃねぇの?」


 全員の視線が集まる。


「どういう意味だ」


 レオンが訊く。


「昨日、東の森に行った。グレイウルフの群れが、丸ごと西へ移動してたんだ」


「群れごと?」


「ああ。しかも別の魔物の縄張りを突っ切ってる」


 ジルも腕を組む。


「あたしも気になってたよ。普通なら縄張り争いになるはずなのに、どいつもそんなこと気にしちゃいない」


「それどころじゃないってこと……?」


「そんな感じさね」


 アルヴィンの指が地図を辿る。


 いくつもの目撃地点と移動方向を線で繋いでいく。


「……これは」


 グレンが身を乗り出した。


「同じ方向ですね」


「ああ」


 レオンの表情が険しくなる。


 魔物が増えているのではない。移動している。

 しかも、複数の種が同じように。


「何かから……逃げてる?」


 リーンが呟いた。


 誰も、すぐには答えなかった。


 その時、一階が急に騒がしくなった。いくつもの声が重なり、先ほどまでとは違うざわめきが広がっていく。


「なんだ?」


 バルトが扉を見る。


 やがて階段を上がってくる足音がした。

 ゆっくりと迷いのない足取りで。


 ――ゴン、ゴンッ


「入れ」


 ギルドマスターの声に、職員が顔を覗かせた。


「ギルドマスター。お客様です」


「客? 今は会議中だぞ」


「それが……」


 職員が困ったように振り返る。


 その後ろから、一人の男が姿を現した。


年齢を重ねてなお、鍛えられた身体。立っているだけで、不思議と周囲の空気を変えるような存在感。


 リーンは知らない男だった。

 だが、隣にいたレオンが立ち上がった。


そのレオンの驚いた表現を見て、リーンは目を瞬く。


「……セルギウス団長」


 ――団長?


 リーンは思わずレオンを見た。

 王国騎士団長は、レオンではなかったのか。


 男はそんなリーンの疑問など知らないまま、懐かしそうに目を細めた。


「久しいな、レオン」


 その声に、レオンの瞳がわずかに揺れた。

珍しいレオンの驚き顔の回でした。(違うか!)


実は各キャラのイラストとかもあるのですが、いつかお披露目できたらなーと、密かに思ってます。(*^^*)

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