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薬術師リーンは騎士団長の監視対象です ~隣国のスパイ容疑をかけられましたが、なぜか最強騎士に囲われています~  作者: 空乃葉
第一部/4章 守りたいもの

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ep.39 繋がる痕跡


 騎士団本部の会議室には、いくつもの資料が広げられていた。


 魔物の体内から見つかった黒い核。

 リーンが試した薬術用の試薬、その反応記録。

 森で発見された、監察局の紋章が刻まれた杭。


 そして――ガイアスが持っていた地図。


 どれも、それだけを見れば決定的な証拠とは言えない。


 けれど、並べてみれば偶然では片づけられなかった。


「……やっぱり、この黒い核。普通の魔石とは違います」


 リーンは小瓶に入れられた黒い欠片を光に透かした。


「魔物の魔力そのものが変質したというより……外から何かを混ぜられたような…無理やり魔力を増幅したような感じがします」


 レオンが視線を上げる。


「増幅?」


「はい。うまく言えないんですけど……」


 リーンは少し考え、机の上に置かれた試薬の記録へ目を落とした。


「この試薬、本来なら魔力に触れても、こんな色には変わらないんです。でも、この核に触れた時だけ反応した」


「つまり、人為的なものだと?」


 アルヴィンの問いに、リーンはすぐには頷かなかった。


「断言できません。でも――」


 指先で記録の一箇所を示す。


「これ自体が魔物を強くしているというより、増幅しすぎて魔力の流れを乱している気がします」


「乱す……」


「はい。それに……」


 リーンは眉を寄せた。


「何かを効きやすくするための、下準備みたいな……」


 その言葉に、室内の空気が変わった。

レオンとアルヴィンが同時に地図へ視線を落とす。


 ガイアスが所持していた地図には、いくつもの印が残されていた。


 魔物の異常が確認された場所。

 黒い核が発見された場所。

 そして、監察局の杭が打ち込まれていた場所。


 アルヴィンが一枚ずつ資料を重ねていく。


「……一致しますね」


「ああ」


 偶然と呼ぶには、あまりにも正確だった。


 さらにアルヴィンは、監察局から提出された過去の調査記録を取り出した。


「この地域は三か月前、監察局による魔力環境調査が行われています」


「魔力環境調査?」


 リーンが首を傾げる。


「表向きは、土地の魔力濃度と魔物の生息域を確認するための調査です」


 アルヴィンは淡々と説明しながら、最後のページを開いた。


 その手が止まったことにレオンが気づく。


「アルヴィン?」


「……いえ」


 書類の下部、調査を承認した者の署名。


 そこに記されていた名前を見つめたまま、アルヴィンはしばらく動かなかった。


 ――ダミアン・アストレア


 王国監察卿。誰より公正で、誰より穏やかで。


 若い頃からアルヴィンにも目をかけ、時に助言を与えてくれた人物。


 アルヴィンにとって、貴族としても、一人の人間としても尊敬する存在だった。


「……やはり、ですか」


 ぽつりと落ちた声に、リーンがアルヴィンを見る。


 いつもの彼なら、どんな状況でも表情を崩さない。けれど今だけは、その横顔にわずかな苦さが滲んでいた。


「気づいていたのか」


 レオンが訊く。


「疑っていた、というほどではありません。ただ……最近の監察局の動きには、いくつか説明のつかない点がありました」


 眼鏡の奥の瞳が、署名へ落ちる。


「ですから、可能性の一つとしては考えていました」


 少しだけ間を置いて。


「……違っていてほしかった」


 それは、リーンが初めて聞くアルヴィンの弱い声だった。


 何と声をかければいいのか分からず、リーンは口を閉ざす。


 レオンも慰めるような言葉は口にしなかった。

ただ、アルヴィンの前に積まれていた資料の半分を、自分の方へ引き寄せる。


「なら、半分は俺がやる」


 アルヴィンが顔を上げた。


「団長」


「お前一人で調べる必要はない」


 一瞬、アルヴィンは呆気に取られたような顔をした。


 やがて、小さく息を吐く。


「……そういうところですよ」


「何がだ」


「いえ。何でもありません」


 ほんのわずかに、いつもの調子が戻る。

 リーンは二人を見比べて、そっと笑った。


 だが――状況そのものが軽くなったわけではない。


 地図に記された印は、一つや二つではなかった。


 レオンが新たな報告書を広げる。


「今日届いたものだ」


 そこには、王国各地で確認された魔物の異常行動が記されていた。


 一件、二件、三件。

 そして――ゆうに10 件以上は超えていた。


「こんなに……?」


 リーンの表情から笑みが消える。


「まだある」


 レオンが別の紙を重ねた。


「今朝、北東部からも同様の報告が入った」


 アルヴィンが地図へ新しい印を加える。


 点と点が増えていく。ばらばらだったはずの異変が、少しずつ一つの形を作り始めていた。


「……増えている」


 リーンの呟きに、誰も答えなかった。


 窓の外では、いつもと変わらない王都の街並みが広がっている。


 人々が行き交い、商人の声が響き、子どもたちが笑っている。


 けれど、その平穏の外側で何かが、確実に動き始めていた。


 レオンは地図を見つめる。


「アルヴィン」


「はい」


「監察局については俺たちだけで調べる。まだダミアン公爵の名は外に出すな」


「承知しました」


「リーンもだ」


「はい」


 返事をしながら、リーンはもう一度、小瓶の中の黒い核を見る。黒い欠片は、何も語らない。


 けれど――何かが起きようとしている。


 そんな嫌な予感だけが、胸の奥から消えてくれなかった。

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