ep.39 繋がる痕跡
騎士団本部の会議室には、いくつもの資料が広げられていた。
魔物の体内から見つかった黒い核。
リーンが試した薬術用の試薬、その反応記録。
森で発見された、監察局の紋章が刻まれた杭。
そして――ガイアスが持っていた地図。
どれも、それだけを見れば決定的な証拠とは言えない。
けれど、並べてみれば偶然では片づけられなかった。
「……やっぱり、この黒い核。普通の魔石とは違います」
リーンは小瓶に入れられた黒い欠片を光に透かした。
「魔物の魔力そのものが変質したというより……外から何かを混ぜられたような…無理やり魔力を増幅したような感じがします」
レオンが視線を上げる。
「増幅?」
「はい。うまく言えないんですけど……」
リーンは少し考え、机の上に置かれた試薬の記録へ目を落とした。
「この試薬、本来なら魔力に触れても、こんな色には変わらないんです。でも、この核に触れた時だけ反応した」
「つまり、人為的なものだと?」
アルヴィンの問いに、リーンはすぐには頷かなかった。
「断言できません。でも――」
指先で記録の一箇所を示す。
「これ自体が魔物を強くしているというより、増幅しすぎて魔力の流れを乱している気がします」
「乱す……」
「はい。それに……」
リーンは眉を寄せた。
「何かを効きやすくするための、下準備みたいな……」
その言葉に、室内の空気が変わった。
レオンとアルヴィンが同時に地図へ視線を落とす。
ガイアスが所持していた地図には、いくつもの印が残されていた。
魔物の異常が確認された場所。
黒い核が発見された場所。
そして、監察局の杭が打ち込まれていた場所。
アルヴィンが一枚ずつ資料を重ねていく。
「……一致しますね」
「ああ」
偶然と呼ぶには、あまりにも正確だった。
さらにアルヴィンは、監察局から提出された過去の調査記録を取り出した。
「この地域は三か月前、監察局による魔力環境調査が行われています」
「魔力環境調査?」
リーンが首を傾げる。
「表向きは、土地の魔力濃度と魔物の生息域を確認するための調査です」
アルヴィンは淡々と説明しながら、最後のページを開いた。
その手が止まったことにレオンが気づく。
「アルヴィン?」
「……いえ」
書類の下部、調査を承認した者の署名。
そこに記されていた名前を見つめたまま、アルヴィンはしばらく動かなかった。
――ダミアン・アストレア
王国監察卿。誰より公正で、誰より穏やかで。
若い頃からアルヴィンにも目をかけ、時に助言を与えてくれた人物。
アルヴィンにとって、貴族としても、一人の人間としても尊敬する存在だった。
「……やはり、ですか」
ぽつりと落ちた声に、リーンがアルヴィンを見る。
いつもの彼なら、どんな状況でも表情を崩さない。けれど今だけは、その横顔にわずかな苦さが滲んでいた。
「気づいていたのか」
レオンが訊く。
「疑っていた、というほどではありません。ただ……最近の監察局の動きには、いくつか説明のつかない点がありました」
眼鏡の奥の瞳が、署名へ落ちる。
「ですから、可能性の一つとしては考えていました」
少しだけ間を置いて。
「……違っていてほしかった」
それは、リーンが初めて聞くアルヴィンの弱い声だった。
何と声をかければいいのか分からず、リーンは口を閉ざす。
レオンも慰めるような言葉は口にしなかった。
ただ、アルヴィンの前に積まれていた資料の半分を、自分の方へ引き寄せる。
「なら、半分は俺がやる」
アルヴィンが顔を上げた。
「団長」
「お前一人で調べる必要はない」
一瞬、アルヴィンは呆気に取られたような顔をした。
やがて、小さく息を吐く。
「……そういうところですよ」
「何がだ」
「いえ。何でもありません」
ほんのわずかに、いつもの調子が戻る。
リーンは二人を見比べて、そっと笑った。
だが――状況そのものが軽くなったわけではない。
地図に記された印は、一つや二つではなかった。
レオンが新たな報告書を広げる。
「今日届いたものだ」
そこには、王国各地で確認された魔物の異常行動が記されていた。
一件、二件、三件。
そして――ゆうに10 件以上は超えていた。
「こんなに……?」
リーンの表情から笑みが消える。
「まだある」
レオンが別の紙を重ねた。
「今朝、北東部からも同様の報告が入った」
アルヴィンが地図へ新しい印を加える。
点と点が増えていく。ばらばらだったはずの異変が、少しずつ一つの形を作り始めていた。
「……増えている」
リーンの呟きに、誰も答えなかった。
窓の外では、いつもと変わらない王都の街並みが広がっている。
人々が行き交い、商人の声が響き、子どもたちが笑っている。
けれど、その平穏の外側で何かが、確実に動き始めていた。
レオンは地図を見つめる。
「アルヴィン」
「はい」
「監察局については俺たちだけで調べる。まだダミアン公爵の名は外に出すな」
「承知しました」
「リーンもだ」
「はい」
返事をしながら、リーンはもう一度、小瓶の中の黒い核を見る。黒い欠片は、何も語らない。
けれど――何かが起きようとしている。
そんな嫌な予感だけが、胸の奥から消えてくれなかった。




