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薬術師リーンは騎士団長の監視対象です ~隣国のスパイ容疑をかけられましたが、なぜか最強騎士に囲われています~  作者: 空乃葉
第一部/4章 守りたいもの

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ep.37 極秘の依頼

再び、紅狼の爪が登場です。(*^^*)


 ――翌日


 リーンはレオンハルト、アルヴィンとともに、王都の冒険者ギルドを訪れていた。


 昼を少し過ぎた時間だというのに、広いホールは多くの冒険者で賑わっている。


依頼掲示板の前で紙を睨む者。受付で報酬を受け取る者。昼間から酒を飲んでいる者までいる。


「相変わらず賑やかですね」


「ああ」


「それで、今日は何の用なんですか?」


「ギルド長とジルに話がある」


「ジルに?」


「ああ」


 それ以上、レオンハルトは説明しなかった。

 リーンは少し気になったものの、仕事の話なら自分が聞くことではないのだろう。


 そう思い、辺りを見回した時だった。


「おーい、リーン!」


「あ!」


 聞き慣れた声に、リーンがぱっと振り向く。

 ギルドの奥から、金髪の青年がこちらへ歩いてきていた。


「カイン!」


「元気そうじゃねえか!」


「うん。もう大丈夫!」


「ほんとか?体調崩してたんだろ?」


「ちょっとだけね」


「ちょっとねえ……」


 カインは疑わしそうにリーンを眺める。

 そして、何かを思い出したように「あ」と声を上げた。


「そうだ。リーン、じーさんから預かりもん」


「師匠から?」


「おう」


 カインが懐から、小さな包みを取り出した。


「薬だってさ」


「薬?」


「お前に飲ませろって」


「私に?」


 リーンは首を傾げながら包みを受け取った。


「私、元気なんだけど……」


「知らね。文句はじーさんに言え」


「もう……師匠って、いつも説明が足りないんだから」


「まあ、あのじーさんだからな」


「カインに言われたくないよ」


「なんでだよ」


 いつものように言い返しながら、カインはリーンの顔を改めて見る。


「まあ、本当に元気そうでよかったわ」


 そう言うと、大きく両腕を広げた。


「心配したんだぞ、この――」


 そのままリーンへ抱きつこうとした、その時。


「カイン殿」


 低い声が割って入った。


「ん?」


 カインの動きが止まる。レオンハルトが無表情のまま立っていた。


「無闇に女性に触れるのは、感心しないな」


「……」


「……」


 カインがレオンハルトを見る。それから、リーンを見る。


「へえ~」


 口元がにやりと上がった。


「何だ」


「いや? 家族みたいなもんだから、いつものコミュニケーションなんだけど」


「そうか」


「お貴族様は固いねえ」


「カイン」


 今度は別の声が飛んできた。奥のテーブルにいたジルが、呆れたようにこちらを見ている。その傍らにはセレナとダレスもいた。


「何だよ。別に変な意味なんかねえって」


「そういう問題ではない」


「へいへい」


 リーンは二人を交互に見る。


(……やばい)


 レオンハルトの表情は、いつもとほとんど変わらない。変わらないのだが。


(なんか怒ってる……!?)


 理由は分からない。分からないが、とりあえず離れた方がいい気がする。リーンは、そそくさとカインから一歩離れた。


「……」


 レオンハルトの眉間から、ほんの僅かに力が抜けた。


(やっぱり怒ってた!?)


 ますます分からない。


「リーン!」


「セレナ!」


 今度はセレナがやってくる。


「もう大丈夫なの?」


「うん。元気だよ」


「よかったぁ。しばらく会わないうちに、また何かやらかしてないでしょうね?」


「やらかしてないよ!」


「本当に?」


「なんでみんな疑うの!?」


「日頃の行いだな」


「カインは黙ってて!」


「ほら、元気そうじゃないか」


 ジルも笑いながら立ち上がった。


「久しぶりだな、リーン」


「ジル!」


「ああ。顔が見られてよかった」


 ぽん、と肩を叩かれる。その横では、ダレスも穏やかに笑っている。


「元気なら何よりだ」


「ありがとう、ダレス」


 いつものやり取り。それを見ていたレオンハルトが口を開いた。


「ジル」


「ん?」


「少し話がある」


 先ほどまでとは違う声だった。ジルの表情から笑みが消える。


「……仕事か?」


「ああ」


 レオンハルトは視線を移した。


「ギルド長にも同席してもらいたい」


「分かった、呼んでこよう」


 ジルは短く答えた。


     ◇


 冒険者ギルドの二階。通常の冒険者が使うことのない特別室に、四人の姿があった。


 レオンハルト、アルヴィン。そしてジルと、王都冒険者ギルド長ガイアス・ドラグーン。


「それで?」


 大きな身体を椅子へ預け、ガイアスがレオンハルトを見る。


「わざわざ騎士団長殿が俺たちだけを呼び出すくらいだ。普通の依頼じゃなさそうだな」


 視線が、隣に立つアルヴィンへ移る。


「久しいな、坊主」


「坊主はやめてください、ガイアス殿」


 アルヴィンが涼しげに笑う。


「もう何年、その呼び方をしてるんです」


「お前がいつまでも坊主に見えるからだろうが」


「それは光栄ですね」


「皮肉のつもりだったんだがな」


 ガイアスがにやりと笑う。


「昔と変わらん減らず口だ」


「お互い様でしょう」


 旧友同士の空気に、レオンハルトが軽く咳払いをした。


「話を進めていいか」


「おっと、悪い」


 ガイアスが表情を引き締める。


「ああ」


 レオンハルトは一拍置いた。


「先日、リーンが王城から攫われた」


「……何?」


 ジルの声が低くなる。先ほどまでの穏やかな表情が、一瞬で消えた。


「待て。この前、体調を崩してるって聞いたのは――」


「……ああ」


「それが原因か?」


「怪我はほぼ治っている」


「そういうことを聞いてるんじゃない」


 部屋の空気が張り詰めた。


「王城から攫われたって、どういうことだ」


「侍女に扮したやつに連れ出された。計画したのは王立薬術院に所属する薬術師だった」


「薬術院?」


 ガイアスも表情を変える。


「ああ。あ(・)の(・)エヴァルトの下についていたロブという男だ」


 レオンハルトは必要な範囲だけを説明した。リーンが王城から連れ去られたこと。王都郊外の地下施設へ監禁されていたこと。そこには魔力の状態がおかしい魔物が複数収容されていたこと。そして、王立薬術院の若い薬術師ライがリーンを逃がそうとして重傷を負ったこと。


 十四年前のことには触れない。今はまだ、話すべきではない。


「……それで」


 話を聞き終えたジルが、低い声で言った。


「そのロブって奴は?」


「拘束している」


「生きてるんだな?」


「ああ」


「そうか」


 ジルが腕を組む。その顔は笑っていなかった。


「なんで知らせなかった」


「薬術院の人間が関わっている以上、事件そのものを伏せる必要があった」


「私たちにもか?」


「ああ」


 レオンハルトは否定しなかった。


「誰がどこまで関わっているのか分からない。情報を広げるわけにはいかなかった」


「……」


「悪かった」


 短い謝罪。ジルはしばらくレオンハルトを見ていたが、やがて大きく息を吐いた。


「……分かったよ」


 椅子の背にもたれる。


「リーンが無事なら、今はそれでいい」


 だが、と続ける。


「次にあいつに何かあった時は、私らにも知らせろ。リーンは私達の家族だ」


「ああ」


「約束だからな」


「分かった」


 それで話は終わった。


 ガイアスが腕を組む。


「で、それだけじゃないんだろ?」


「ああ」


 レオンハルトは懐から、小さな薬瓶を取り出した。淡い色の液体が揺れる。テーブルの中央へ置いた。


「《リリアの雫》だ」


 ガイアスの眉が動く。


「こいつがどうした」


「薬の調査を依頼したい」


「薬の調査?」


「ああ」


「王立薬術院じゃなく、冒険者ギルドに?」


 レオンハルトの目が細くなる。


「薬術院には知られたくないのでな」


 部屋の空気が、僅かに変わった。ガイアスが薬瓶へ視線を落とす。


「……薬術院そのものを疑ってるのか?」


「そうではない」


 レオンハルトは答える。


「だが、今回の事件に薬術院の人間が関わっている。さっきのロブもこのリリアの雫の卸に関わっていた。誰がどこまで繋がっているのか分からない以上、安易に情報を渡すつもりはない」


「なるほどな」


「この薬は俺の方で入手した。成分を一から調べ直してほしい。可能なら、別の流通経路から同じものも手に入れて比較してくれ」


「結構な仕事だぞ」


「分かっている」


「それに、薬を調べるなら専門家がいる」


「信用できる者だけを使ってくれ」


 ガイアスの目が鋭くなる。


「……本来なら、監察局に上げる案件だぞ?」


「必要ない、現時点ではな」


「……騎士団長殿」


 ガイアスが低く呼ぶ。


「それが後で問題になった時、俺たちじゃ庇えねえぞ」


「構わない」


 レオンハルトは即答した。


「責任は俺が取る」


「……」


「殿下も今回の件には心を痛めておられる。内容が内容だけに、口の固い者にしか依頼できん」


 しばしの沈黙。先に口を開いたのはジルだった。


「つまり、その薬もリーンを攫った連中に繋がってるかもしれないってことだな」


「可能性は高い」


「なら、やる」


「おい」


 ガイアスがジルを見る。


「まだ俺が返事してねえぞ」


「どうせ断らないだろ」


「お前な……」


「断るのか?」


「……ったく」


 ガイアスは頭を掻いた。


「分かった。何か出たら知らせる、それでいいな?」


「ああ」


 レオンハルトが頷く。


「もう一つある」


「まだあるのかよ」


「王都周辺で魔物が増えている」


 ガイアスの表情が変わった。


「……それなら、こっちにも報告が上がってる」


「やはりか」


「西の森だけじゃねえ。北街道、南西の農村付近でも目撃数が増えてる。依頼の数もここ数日で跳ね上がった」


 ジルが眉を寄せる。


「私たちが戻ってくる途中でも見た。森の浅いところに、いるはずのない奴がいたな」


「種類は?」


「オーガだ」


 アルヴィンとレオンハルトが目を合わせた。


「騎士団の報告と一致しますね」


「ああ」


 レオンハルトは続ける。


「それだけではない。討伐された個体の一部から、不安定な魔力が確認されている」


「不安定?」


「地下施設にいた魔物と似た状態だ」


 ジルの表情から、完全に笑みが消えた。


「……偶然じゃなさそうだな」


「まだ断定はできない」


 レオンハルトはそう言った。


「だから調べる必要がある」


「騎士団で?」


「主要街道と王都周辺は騎士団が動く。お前たちには、森の中を頼みたい」


 ジルが口角を上げた。


「そういうことなら、冒険者の仕事だな」


「ああ」


「《紅狼の牙》で受けようじゃないか」


     ◇


 話が終わり、リーンたちが特別室へ呼ばれた。


「話、終わったんですか?」


「ああ」


 リーンは何を話していたのか気になる様子だったが、レオンハルトはその場では説明しなかった。代わりに、全員を見渡す。


「最近、王都周辺で魔物の動きがおかしい」


「魔物が?」


 リーンの表情が変わる。


「ああ。数が増えている。生息域から外れた個体も確認された」


「……」


 リーンが僅かに眉を寄せる。


「リーン」


「はい」


「しばらく薬を多めに用意しておいてくれ」


「薬?」


「傷薬と解毒薬。それから、魔力の乱れに対応できるものがあれば頼む」


「分かりました」


 答えてから、リーンが目を瞬いた。


「……いいんですか?」


「何がだ」


「仕事、しても」


「薬を作ってくれと言っただろう」


 リーンの顔がぱっと明るくなる。


「ですよね!」


「ただし」


「……」


 嫌な予感がした。


「3時間以上はだめだ」


「やっぱり!」


「当然だ」


「何度も聞きました!」


「なら覚えているな」


「そういう問題じゃありません!」


 カインが吹き出した。


「ははっ! リーン、お前ずいぶん大事にされてんじゃん」


「笑い事じゃないよ! 最近、本当に何もさせてくれないんだから!」


「へえ~」


 カインの視線が、リーンからレオンハルトへ移る。


「……何だ」


「いやあ?」


 妙に楽しそうな顔をしている。アルヴィンは、その表情を見て小さく息を吐いた。どうやら気づいたらしい。


「じゃあ俺の分も頼むわ」


「カインの?」


「おう。俺専用のやつ」


「何それ」


「愛情多めで」


「じゃあ、とびきり苦くしておくね」


「なんでだよ!」


「愛情多め」


「お前の愛情、苦すぎんだろ!」


 セレナが笑い、ダレスまで肩を揺らす。レオンハルトだけが笑っていない。


「カイン」


 ジルが呆れた声を出す。


「そろそろ行くぞ」


「分かってるって」


 カインが立ち上がった。


「じゃあリーン、薬の方よろしくな」


「うん。カインたちも気をつけてね」


「おう」


「絶対、無茶しないでよ」


「それ、お前が言う?」


「私は無茶してません!」


「はいはい」


 カインは笑うと、ぽん、とリーンの頭へ手を置いた。


「お前も気をつけろよ」


「ちょっ、髪ぐちゃぐちゃになる!」


「いいじゃん。似合ってるぞ」


「もう!」


 くしゃりと茶色い髪を撫でる。


 その時。カインの視線が、リーンの向こうへ向いた。レオンハルトと目が合う。


「……」


「……」


 数秒。カインの口元が、ゆっくりと上がった。


 にやり。


 そして――もう一度。わざとらしく、リーンの頭を撫でた。


「じゃーな、リーン」


「うん。またね!」


「……カイン」


 ジルの低い声が飛ぶ。


「何だよ」


「お前、今わざとやっただろ」


「何のこと~?」


「そのうち斬られても知らんぞ」


「怖えなあ」


 そう言いながらも、カインは楽しそうだった。


「じゃ、騎士団長殿。リーンのことよろしく」


「……言われるまでもない」


「へえ」


 また、にやり。


「カイン」


「はいはい。行きますよ、ジル姐さん」


 ジルに首根っこを掴まれ、カインが連れていかれる。


 リーンだけが首を傾げていた。


「……?」


 何だったのだろう。


「リーン」


「はい?」


「帰るぞ」


「あ、はい」


 レオンハルトが先に歩き出す。リーンは慌てて追いかけた。


 その後ろを歩くアルヴィンが、小さく笑う。


「何だ」


「いえ、別に」


「なら笑うな」


「失礼しました」


 まったく反省していない声だった。レオンハルトは無視して歩き続けた。


 カインとリーンが親しいことなど、以前から知っている。あれが二人にとって、ごく普通の距離なのだということも分かっている。


 それでも、カインの手がリーンの髪に触れた瞬間だけは、どうにも見過ごせなかった。



     ◇


「お帰りなさいませ」


 屋敷へ戻ると、玄関でアイリスが出迎えた。


「ただいま、アイリス」


「お疲れではありませんか?」


「全然!今日はほとんど何もしてないし」


 最後の言葉を少し強調して、リーンは隣を見る。


「……何だ」


「別に」


 レオンハルトは持っていた荷物をアイリスへ渡した。そして、何でもないことのように告げる。


「アイリス」


「はい」


「リーンに湯浴みの用意を」


「……」


 アイリスが瞬きをした。


「湯浴み、でございますか?」


「ああ」


レオンハルトの視線が、リーンの髪へ向く。


「髪も洗うように」


「え?」


「念入りにな」


「なんでですか!?」


「変な菌でもついていたら困る」


「菌!?」


 リーンは自分の服を見る。


「どこでつくんですか!?」


「さあな」


「さあなって!」


 アイリスがリーンを見る。少し乱れた茶色い髪。そして、いつも以上に無表情なレオンハルト。


「……」


 何かを理解したように、アイリスが微笑んだ。


「承知いたしました」


「アイリス!? 承知しなくていいから!」


「念入りにお手入れしておきますね」


「念入りに!?」


「頼む」


「レオン様まで!」


 レオンハルトはそれだけ言うと、何事もなかったかのように歩き出した。


「ちょっと、レオン様!」


 背後からリーンの声が飛んでくる。足は止めなかった。


 もちろん、カインに妙な菌がついているなどと思ってはいない。


 ただ――気に入らなかった。それだけだ。

カイン、いつか魔法でぶっ飛ばされそうですね(笑)

続きは1日あいて、明後日の夜になります。

少々お待ちください。

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