ep.37 極秘の依頼
再び、紅狼の爪が登場です。(*^^*)
――翌日
リーンはレオンハルト、アルヴィンとともに、王都の冒険者ギルドを訪れていた。
昼を少し過ぎた時間だというのに、広いホールは多くの冒険者で賑わっている。
依頼掲示板の前で紙を睨む者。受付で報酬を受け取る者。昼間から酒を飲んでいる者までいる。
「相変わらず賑やかですね」
「ああ」
「それで、今日は何の用なんですか?」
「ギルド長とジルに話がある」
「ジルに?」
「ああ」
それ以上、レオンハルトは説明しなかった。
リーンは少し気になったものの、仕事の話なら自分が聞くことではないのだろう。
そう思い、辺りを見回した時だった。
「おーい、リーン!」
「あ!」
聞き慣れた声に、リーンがぱっと振り向く。
ギルドの奥から、金髪の青年がこちらへ歩いてきていた。
「カイン!」
「元気そうじゃねえか!」
「うん。もう大丈夫!」
「ほんとか?体調崩してたんだろ?」
「ちょっとだけね」
「ちょっとねえ……」
カインは疑わしそうにリーンを眺める。
そして、何かを思い出したように「あ」と声を上げた。
「そうだ。リーン、じーさんから預かりもん」
「師匠から?」
「おう」
カインが懐から、小さな包みを取り出した。
「薬だってさ」
「薬?」
「お前に飲ませろって」
「私に?」
リーンは首を傾げながら包みを受け取った。
「私、元気なんだけど……」
「知らね。文句はじーさんに言え」
「もう……師匠って、いつも説明が足りないんだから」
「まあ、あのじーさんだからな」
「カインに言われたくないよ」
「なんでだよ」
いつものように言い返しながら、カインはリーンの顔を改めて見る。
「まあ、本当に元気そうでよかったわ」
そう言うと、大きく両腕を広げた。
「心配したんだぞ、この――」
そのままリーンへ抱きつこうとした、その時。
「カイン殿」
低い声が割って入った。
「ん?」
カインの動きが止まる。レオンハルトが無表情のまま立っていた。
「無闇に女性に触れるのは、感心しないな」
「……」
「……」
カインがレオンハルトを見る。それから、リーンを見る。
「へえ~」
口元がにやりと上がった。
「何だ」
「いや? 家族みたいなもんだから、いつものコミュニケーションなんだけど」
「そうか」
「お貴族様は固いねえ」
「カイン」
今度は別の声が飛んできた。奥のテーブルにいたジルが、呆れたようにこちらを見ている。その傍らにはセレナとダレスもいた。
「何だよ。別に変な意味なんかねえって」
「そういう問題ではない」
「へいへい」
リーンは二人を交互に見る。
(……やばい)
レオンハルトの表情は、いつもとほとんど変わらない。変わらないのだが。
(なんか怒ってる……!?)
理由は分からない。分からないが、とりあえず離れた方がいい気がする。リーンは、そそくさとカインから一歩離れた。
「……」
レオンハルトの眉間から、ほんの僅かに力が抜けた。
(やっぱり怒ってた!?)
ますます分からない。
「リーン!」
「セレナ!」
今度はセレナがやってくる。
「もう大丈夫なの?」
「うん。元気だよ」
「よかったぁ。しばらく会わないうちに、また何かやらかしてないでしょうね?」
「やらかしてないよ!」
「本当に?」
「なんでみんな疑うの!?」
「日頃の行いだな」
「カインは黙ってて!」
「ほら、元気そうじゃないか」
ジルも笑いながら立ち上がった。
「久しぶりだな、リーン」
「ジル!」
「ああ。顔が見られてよかった」
ぽん、と肩を叩かれる。その横では、ダレスも穏やかに笑っている。
「元気なら何よりだ」
「ありがとう、ダレス」
いつものやり取り。それを見ていたレオンハルトが口を開いた。
「ジル」
「ん?」
「少し話がある」
先ほどまでとは違う声だった。ジルの表情から笑みが消える。
「……仕事か?」
「ああ」
レオンハルトは視線を移した。
「ギルド長にも同席してもらいたい」
「分かった、呼んでこよう」
ジルは短く答えた。
◇
冒険者ギルドの二階。通常の冒険者が使うことのない特別室に、四人の姿があった。
レオンハルト、アルヴィン。そしてジルと、王都冒険者ギルド長ガイアス・ドラグーン。
「それで?」
大きな身体を椅子へ預け、ガイアスがレオンハルトを見る。
「わざわざ騎士団長殿が俺たちだけを呼び出すくらいだ。普通の依頼じゃなさそうだな」
視線が、隣に立つアルヴィンへ移る。
「久しいな、坊主」
「坊主はやめてください、ガイアス殿」
アルヴィンが涼しげに笑う。
「もう何年、その呼び方をしてるんです」
「お前がいつまでも坊主に見えるからだろうが」
「それは光栄ですね」
「皮肉のつもりだったんだがな」
ガイアスがにやりと笑う。
「昔と変わらん減らず口だ」
「お互い様でしょう」
旧友同士の空気に、レオンハルトが軽く咳払いをした。
「話を進めていいか」
「おっと、悪い」
ガイアスが表情を引き締める。
「ああ」
レオンハルトは一拍置いた。
「先日、リーンが王城から攫われた」
「……何?」
ジルの声が低くなる。先ほどまでの穏やかな表情が、一瞬で消えた。
「待て。この前、体調を崩してるって聞いたのは――」
「……ああ」
「それが原因か?」
「怪我はほぼ治っている」
「そういうことを聞いてるんじゃない」
部屋の空気が張り詰めた。
「王城から攫われたって、どういうことだ」
「侍女に扮したやつに連れ出された。計画したのは王立薬術院に所属する薬術師だった」
「薬術院?」
ガイアスも表情を変える。
「ああ。あのエヴァルトの下についていたロブという男だ」
レオンハルトは必要な範囲だけを説明した。リーンが王城から連れ去られたこと。王都郊外の地下施設へ監禁されていたこと。そこには魔力の状態がおかしい魔物が複数収容されていたこと。そして、王立薬術院の若い薬術師ライがリーンを逃がそうとして重傷を負ったこと。
十四年前のことには触れない。今はまだ、話すべきではない。
「……それで」
話を聞き終えたジルが、低い声で言った。
「そのロブって奴は?」
「拘束している」
「生きてるんだな?」
「ああ」
「そうか」
ジルが腕を組む。その顔は笑っていなかった。
「なんで知らせなかった」
「薬術院の人間が関わっている以上、事件そのものを伏せる必要があった」
「私たちにもか?」
「ああ」
レオンハルトは否定しなかった。
「誰がどこまで関わっているのか分からない。情報を広げるわけにはいかなかった」
「……」
「悪かった」
短い謝罪。ジルはしばらくレオンハルトを見ていたが、やがて大きく息を吐いた。
「……分かったよ」
椅子の背にもたれる。
「リーンが無事なら、今はそれでいい」
だが、と続ける。
「次にあいつに何かあった時は、私らにも知らせろ。リーンは私達の家族だ」
「ああ」
「約束だからな」
「分かった」
それで話は終わった。
ガイアスが腕を組む。
「で、それだけじゃないんだろ?」
「ああ」
レオンハルトは懐から、小さな薬瓶を取り出した。淡い色の液体が揺れる。テーブルの中央へ置いた。
「《リリアの雫》だ」
ガイアスの眉が動く。
「こいつがどうした」
「薬の調査を依頼したい」
「薬の調査?」
「ああ」
「王立薬術院じゃなく、冒険者ギルドに?」
レオンハルトの目が細くなる。
「薬術院には知られたくないのでな」
部屋の空気が、僅かに変わった。ガイアスが薬瓶へ視線を落とす。
「……薬術院そのものを疑ってるのか?」
「そうではない」
レオンハルトは答える。
「だが、今回の事件に薬術院の人間が関わっている。さっきのロブもこのリリアの雫の卸に関わっていた。誰がどこまで繋がっているのか分からない以上、安易に情報を渡すつもりはない」
「なるほどな」
「この薬は俺の方で入手した。成分を一から調べ直してほしい。可能なら、別の流通経路から同じものも手に入れて比較してくれ」
「結構な仕事だぞ」
「分かっている」
「それに、薬を調べるなら専門家がいる」
「信用できる者だけを使ってくれ」
ガイアスの目が鋭くなる。
「……本来なら、監察局に上げる案件だぞ?」
「必要ない、現時点ではな」
「……騎士団長殿」
ガイアスが低く呼ぶ。
「それが後で問題になった時、俺たちじゃ庇えねえぞ」
「構わない」
レオンハルトは即答した。
「責任は俺が取る」
「……」
「殿下も今回の件には心を痛めておられる。内容が内容だけに、口の固い者にしか依頼できん」
しばしの沈黙。先に口を開いたのはジルだった。
「つまり、その薬もリーンを攫った連中に繋がってるかもしれないってことだな」
「可能性は高い」
「なら、やる」
「おい」
ガイアスがジルを見る。
「まだ俺が返事してねえぞ」
「どうせ断らないだろ」
「お前な……」
「断るのか?」
「……ったく」
ガイアスは頭を掻いた。
「分かった。何か出たら知らせる、それでいいな?」
「ああ」
レオンハルトが頷く。
「もう一つある」
「まだあるのかよ」
「王都周辺で魔物が増えている」
ガイアスの表情が変わった。
「……それなら、こっちにも報告が上がってる」
「やはりか」
「西の森だけじゃねえ。北街道、南西の農村付近でも目撃数が増えてる。依頼の数もここ数日で跳ね上がった」
ジルが眉を寄せる。
「私たちが戻ってくる途中でも見た。森の浅いところに、いるはずのない奴がいたな」
「種類は?」
「オーガだ」
アルヴィンとレオンハルトが目を合わせた。
「騎士団の報告と一致しますね」
「ああ」
レオンハルトは続ける。
「それだけではない。討伐された個体の一部から、不安定な魔力が確認されている」
「不安定?」
「地下施設にいた魔物と似た状態だ」
ジルの表情から、完全に笑みが消えた。
「……偶然じゃなさそうだな」
「まだ断定はできない」
レオンハルトはそう言った。
「だから調べる必要がある」
「騎士団で?」
「主要街道と王都周辺は騎士団が動く。お前たちには、森の中を頼みたい」
ジルが口角を上げた。
「そういうことなら、冒険者の仕事だな」
「ああ」
「《紅狼の牙》で受けようじゃないか」
◇
話が終わり、リーンたちが特別室へ呼ばれた。
「話、終わったんですか?」
「ああ」
リーンは何を話していたのか気になる様子だったが、レオンハルトはその場では説明しなかった。代わりに、全員を見渡す。
「最近、王都周辺で魔物の動きがおかしい」
「魔物が?」
リーンの表情が変わる。
「ああ。数が増えている。生息域から外れた個体も確認された」
「……」
リーンが僅かに眉を寄せる。
「リーン」
「はい」
「しばらく薬を多めに用意しておいてくれ」
「薬?」
「傷薬と解毒薬。それから、魔力の乱れに対応できるものがあれば頼む」
「分かりました」
答えてから、リーンが目を瞬いた。
「……いいんですか?」
「何がだ」
「仕事、しても」
「薬を作ってくれと言っただろう」
リーンの顔がぱっと明るくなる。
「ですよね!」
「ただし」
「……」
嫌な予感がした。
「3時間以上はだめだ」
「やっぱり!」
「当然だ」
「何度も聞きました!」
「なら覚えているな」
「そういう問題じゃありません!」
カインが吹き出した。
「ははっ! リーン、お前ずいぶん大事にされてんじゃん」
「笑い事じゃないよ! 最近、本当に何もさせてくれないんだから!」
「へえ~」
カインの視線が、リーンからレオンハルトへ移る。
「……何だ」
「いやあ?」
妙に楽しそうな顔をしている。アルヴィンは、その表情を見て小さく息を吐いた。どうやら気づいたらしい。
「じゃあ俺の分も頼むわ」
「カインの?」
「おう。俺専用のやつ」
「何それ」
「愛情多めで」
「じゃあ、とびきり苦くしておくね」
「なんでだよ!」
「愛情多め」
「お前の愛情、苦すぎんだろ!」
セレナが笑い、ダレスまで肩を揺らす。レオンハルトだけが笑っていない。
「カイン」
ジルが呆れた声を出す。
「そろそろ行くぞ」
「分かってるって」
カインが立ち上がった。
「じゃあリーン、薬の方よろしくな」
「うん。カインたちも気をつけてね」
「おう」
「絶対、無茶しないでよ」
「それ、お前が言う?」
「私は無茶してません!」
「はいはい」
カインは笑うと、ぽん、とリーンの頭へ手を置いた。
「お前も気をつけろよ」
「ちょっ、髪ぐちゃぐちゃになる!」
「いいじゃん。似合ってるぞ」
「もう!」
くしゃりと茶色い髪を撫でる。
その時。カインの視線が、リーンの向こうへ向いた。レオンハルトと目が合う。
「……」
「……」
数秒。カインの口元が、ゆっくりと上がった。
にやり。
そして――もう一度。わざとらしく、リーンの頭を撫でた。
「じゃーな、リーン」
「うん。またね!」
「……カイン」
ジルの低い声が飛ぶ。
「何だよ」
「お前、今わざとやっただろ」
「何のこと~?」
「そのうち斬られても知らんぞ」
「怖えなあ」
そう言いながらも、カインは楽しそうだった。
「じゃ、騎士団長殿。リーンのことよろしく」
「……言われるまでもない」
「へえ」
また、にやり。
「カイン」
「はいはい。行きますよ、ジル姐さん」
ジルに首根っこを掴まれ、カインが連れていかれる。
リーンだけが首を傾げていた。
「……?」
何だったのだろう。
「リーン」
「はい?」
「帰るぞ」
「あ、はい」
レオンハルトが先に歩き出す。リーンは慌てて追いかけた。
その後ろを歩くアルヴィンが、小さく笑う。
「何だ」
「いえ、別に」
「なら笑うな」
「失礼しました」
まったく反省していない声だった。レオンハルトは無視して歩き続けた。
カインとリーンが親しいことなど、以前から知っている。あれが二人にとって、ごく普通の距離なのだということも分かっている。
それでも、カインの手がリーンの髪に触れた瞬間だけは、どうにも見過ごせなかった。
◇
「お帰りなさいませ」
屋敷へ戻ると、玄関でアイリスが出迎えた。
「ただいま、アイリス」
「お疲れではありませんか?」
「全然!今日はほとんど何もしてないし」
最後の言葉を少し強調して、リーンは隣を見る。
「……何だ」
「別に」
レオンハルトは持っていた荷物をアイリスへ渡した。そして、何でもないことのように告げる。
「アイリス」
「はい」
「リーンに湯浴みの用意を」
「……」
アイリスが瞬きをした。
「湯浴み、でございますか?」
「ああ」
レオンハルトの視線が、リーンの髪へ向く。
「髪も洗うように」
「え?」
「念入りにな」
「なんでですか!?」
「変な菌でもついていたら困る」
「菌!?」
リーンは自分の服を見る。
「どこでつくんですか!?」
「さあな」
「さあなって!」
アイリスがリーンを見る。少し乱れた茶色い髪。そして、いつも以上に無表情なレオンハルト。
「……」
何かを理解したように、アイリスが微笑んだ。
「承知いたしました」
「アイリス!? 承知しなくていいから!」
「念入りにお手入れしておきますね」
「念入りに!?」
「頼む」
「レオン様まで!」
レオンハルトはそれだけ言うと、何事もなかったかのように歩き出した。
「ちょっと、レオン様!」
背後からリーンの声が飛んでくる。足は止めなかった。
もちろん、カインに妙な菌がついているなどと思ってはいない。
ただ――気に入らなかった。それだけだ。
カイン、いつか魔法でぶっ飛ばされそうですね(笑)
続きは1日あいて、明後日の夜になります。
少々お待ちください。




