↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
薬術師リーンは騎士団長の監視対象です ~隣国のスパイ容疑をかけられましたが、なぜか最強騎士に囲われています~  作者: 空乃葉
第一部/3章 封じられていた記憶

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

39/84

ep.34 消された研究

天候不安定が続いています。

皆様、お気をつけてお過ごしください。


 レオンハルトがローウェンのもとを訪ねてから、三日が経った。


 ガーディナス邸の執務室。


 机の上には、王城や薬術院から取り寄せた古い資料が山のように積み上げられていた。


 その向こうで、アルヴィンが一冊の古びた記録簿をめくっている。


「……ありませんね」


 レオンハルトが書類から顔を上げた。


「何がだ」


「正確には、ありすぎるんです」


「どういう意味だ」


 アルヴィンは一枚の紙を抜き出し、机の上へ置いた。


「十四年前。王都西部に存在した王立魔導具工房は、魔力炉の事故によって閉鎖されています」


「ああ」


「ところが、閉鎖理由についての報告書が三種類あります」


「三種類?」


「一つは魔力炉の事故。もう一つは予算削減による統廃合。そして、こちらには老朽化による閉鎖と記されています」


 レオンハルトの眉が寄る。


「同じ施設の記録だな」


「間違いありません」


 アルヴィンが薄く笑った。

 いつもの穏やかな笑みだが、目は笑っていない。


「随分と杜撰な隠し方です」


「隠したことさえ分からなくなれば、それでいいと思ったんだろう」


「あるいは、記録を書き換えた人間が一人ではなかったか」


 レオンハルトは再び資料へ視線を落とした。

 さらに妙なのは、その前後だった。


 研究員の名簿。


 研究費。


 搬入された魔道具。


 実験記録。


 それらが、ある時期を境に不自然なほど少なくなっている。


 紙そのものがないわけではない。

 番号だけが飛んでいるのだ。


「七十二の次が八十一……」


 レオンハルトが呟く。


「その次もです。九十三の次が百一。偶然にしては、少々多すぎますね」


「抜かれたか」


「おそらく」


 誰かが意図的に、特定の資料だけを持ち去った。それも、一冊や二冊ではない。かなり広い範囲に渡って。


「十四年前の研究に関わった人間を洗い出せ」


「すでに進めています。ただ――」


 アルヴィンが一度言葉を切った。


「当時の研究員の多くが、行方不明か死亡しています」


 レオンハルトの目が細くなる。


「多すぎるな」


「ええ。偶然で片づけるには」


 執務室に沈黙が落ちた。


 十四年前、五歳だったリーン。


 精霊親和性を測る魔道具。


 ロブが口にした「あの時の子供」。


 そしてローウェンが調べても、どこにも存在しなかったリーンの身元。


すべてが、十四年前の研究へと集まり始めている。


「ほかには」


「気になる記録があります」


 アルヴィンが別の資料を取り出した。


「王立魔導具工房が閉鎖される少し前、一部の研究と研究対象が別の施設へ移されています」


「別の施設?」


「場所は王都から離れた森林地帯、恐らくアルバリーの森・深淵近くかと。正式な施設名は残っていません」


 レオンハルトの目が鋭くなる。


 アルバリーの森。ローウェンが幼いリーンを見つけたのも、森の奥だった。


「場所は特定できるか」


「おおよその地域までなら」


 アルヴィンが地図を広げた。


 王都から西へ。街道を外れ、さらに森の奥へ入った場所。レオンハルトは、その一点を見つめた。


「……ローウェンがリーンを見つけた場所に近い」


「私も気になりました」


「偶然とは思えないな」


「ええ」


 アルヴィンが別の紙を重ねる。


「しかも、この施設へ移されたのは研究器具だけではありません」


「何だ」


 アルヴィンは答える前に、一瞬だけレオンハルトを見た。


「子供です」


 レオンハルトの表情が変わった。


「何人だ」


「正確には分かりません。ただ、確認できるだけでも七名」


「……全員、子供か」


「はい」


 レオンハルトは何も言わなかった。


 アルヴィンが古びた帳簿を開く。

 端は変色し、一部は焼け焦げていた。


「これは王城の保管庫に残されていた搬送記録の一部です。名前はありません」


 そこに並んでいたのは、人の名ではなかった。


 十二号


 十五号


 二十一号


 三十六号


 数字だけが記されている。


「番号で管理していたのか」


「そのようです」


 食事


 薬


 魔力測定


 適性


 観察


 そんな無機質な言葉の横に、五歳、七歳、九歳といった年齢らしき数字が並んでいる。


 レオンハルトの視線が、五歳という文字で止まった。


「五歳の女児は」


「複数います」


「リーンに該当するものは」


「特定できません」


 アルヴィンが首を振った。


「肝心な箇所が抜き取られています」


「……そうか」


「ただ、一つだけ妙な記録が残っています」


 アルヴィンが最後の一枚を取り出した。

 他のものより損傷が激しく、文字の大半は読めない。


 それでも、中央に残った数行だけは判別できた。


 ――特別対象 一名


 ――G-R


 ――最終段階への移送を承認


 レオンハルトの目が止まる。


「……最終段階?」


「何を意味するのかは分かりません。その前後の記録は残っていません」


「このG-Rというのは」


「それについても調べています」


 アルヴィンが別の帳簿を開いた。


「同じ形式の記号が、ほかの子供たちにも付けられていました」


 ――十二号 L-R


 ――十五号 S-R


 ――二十一号 G-R


 ――三十六号 M-R


 レオンハルトが眉を寄せる。


「四種類か」


「今のところ確認できたのは、L-R、G-R、M-R、S-R。この四つです」


「研究対象の分類か」


「その可能性もあります。ただ――」


 アルヴィンが別の記録を横へ並べた。


「同じ記号を持つ者は、必ず同じ搬送記録にまとめられています」


 レオンハルトの視線が動く。


「搬送経路を示している?」


「可能性はあります」


「どこから運ばれた」


「それが分かりません。肝心の出発地点が、どの記録からも抜け落ちています」


 残っているのは番号と年齢。


 そして、意味の分からない四種類の記号だけ。


 L-R


 G-R


 M-R


 S-R


 何を示しているのか。

 なぜ四つに分けられているのか。


 その答えにつながる部分だけが、綺麗に消されている。


「ずいぶん都合よく残っているな」


「ええ。誰かに意味を知られたくなかった、と考える方が自然でしょうね」


 レオンハルトは再び、焼け残った紙へ視線を落とした。


 ――特別対象 一名


 ――G-R


 ――最終段階への移送を承認


「……これにもG-Rか」


「ええ」


「同じ記号の子供はほかにもいるんだな」


「確認できています。ただ、この『特別対象』が誰なのかは分かりません」


 五歳のリーン。

 十四年前。

 森の奥の研究施設。

 

 ローウェンが見つけた、身元の分からない少女。


 重なるものは多い。


 だが――まだ、何一つ証明できてはいない。


「この記号も調べろ」


「はい」


「王城だけじゃない。古い関所の記録、街道の通行記録、荷の搬送記録もだ。同じ記号が使われていないか確認しろ」


「承知しました」


 レオンハルトは、もう一度四つの記号を見る。


 ただの管理記号なのか。

 それとも、もっと大きな意味があるのか。


 今はまだ分からない。


「ほかの子供たちはどうなった」


「……分かりません」


 短い答えだった。それだけで十分だった。

 レオンハルトの手が僅かに強く握られる。


 あの夜、眠りながら「痛い」「やめて」と繰り返したリーンの声が蘇る。


 もし、あれがこの研究に関係する記憶なら。

 リーンは十四年前、ここで何をされたのか。


 そして――ほかの子供たちは。


「あいつには言うな」


「もちろんです」


 自分の過去に関係しているかもしれない。


 それだけの曖昧な情報をリーンに伝えて、不安にさせる必要はない。


まずは確かな証拠を集める。話すのはそれからだ。


「それと、もう一つ」


「まだあるのか」


「残念ながら」


 アルヴィンが薄い書類を手に取った。


「こちらも王城の古い保管庫から見つけました。処分予定の資料に紛れ込んでいたものです」


 紙の端は黒く焦げている。

 焼却される寸前だったのだろう。


 辛うじて読める文章は、わずかだった。


「研究対象における精霊親和性の測定……」


 レオンハルトが読み上げながら、さらに下へ目を移す。


 魔力干渉。


 人工的な魔力変質。


 精霊との接続。


 見覚えのある言葉が並んでいた。


「……あの男の研究と同じだな」


「ええ」


 アルヴィンが、もう一枚の資料を横へ並べる。


 それは先日、リーンが攫われた地下施設から押収したものだった。


 十四年前の資料。


 現在の資料。


 二つを並べる。


 細部は違う。


 術式そのものも改良されている。


 だが、基礎となっている理論は酷似していた。


「ロブが十四年前から研究を続けていた可能性は?」


「否定はできません。ただ、一人でこれだけの規模を維持するのは難しいでしょう」


「……」


「それに、気になるものがあります」


 アルヴィンが古い紙を指先でずらした。


 焼け残った下部。


 そこに、小さな文字が残されている。


「……アルケイア?」


「ええ」


「人名か」


「調べましたが、該当する研究者はいません」


「施設名は」


「それもありません」


 レオンハルトは再び、その文字を見る。


 ――《アルケイア》それだけだった。


 何を意味するのか。

 誰を指しているのか。

 何のために存在したのか。


 何も分からない。


「ほかの資料には?」


「あります」


 アルヴィンがもう一枚取り出した。

 そこにも、小さく同じ文字が記されていた。


 さらに一枚。


 もう一枚。


 すべて十四年前の研究に関係する資料だった。


「単なる人名ではなさそうだな」


「私もそう思います」


「研究計画の名称か」


「あるいは――」


 アルヴィンが言葉を切る。


「組織の名前か」


「……」


 レオンハルトの目が細くなった。


 十四年前、精霊親和性の高い子供たちを集めていた何者か。


 子供たちを番号で管理し。

 いくつもの経路を使って森の奥へ運び。

 そこで何らかの実験を行っていた。


 そして、その後。

 関係する記録の多くが意図的に消された。

 残された資料に繰り返し現れる、同じ名前。


「アルケイア……」


 レオンハルトが低く呟いた。


「調べろ」


「すでに手配しています」


「十四年前だけじゃない。それ以前もだ」


 アルヴィンが僅かに眉を上げる。


「どこまで遡ります?」


「残っている限り、全部だ」


「承知しました」


 アルヴィンが資料をまとめようとして――手を止めた。


「レオン」


 公の場では決して使わない呼び方だった。


 レオンハルトが顔を上げる。


「何だ」


「一つ、妙なことがあります」


 アルヴィンが、十四年前の資料ではなく、ロブの施設から押収した新しい研究記録を開いた。


「これを見てください」


 レオンハルトが覗き込む。


 そこには魔道具の術式と、いくつもの管理番号が記されていた。


「この記号がどうした」


「十四年前の資料にもあります」


 アルヴィンが古い帳簿を横へ並べる。


 同じだった。


 数字は違う。


 だが、数字の前につけられた奇妙な紋様。

 円を二つ重ね、その中央を一本の線が貫く印。


 十四年前の資料と、つい先日まで使われていた資料。


 そこに、まったく同じ印が残されている。


「……偶然か?」


「そう思いますか?」


「いや」


 レオンハルトは即答した。


 十四年前に終わったはずの研究。


 森の奥へ移された子供たち。


 記録から消された施設。


 意味の分からない四つの搬送記号。


 そして現在も使われている、同じ研究体系。


 レオンハルトは、机の上に置かれた二つの資料を見つめた。過去の事件を調べているつもりだった。


 だが、違う。


 これは――過去の話ではない。


「……終わっていなかったのか」


 アルヴィンの表情から、いつもの笑みが消えた。


「そのようですね」


 窓の外では、何も知らない王都の街並みが夕陽に染まっていた。


 十四年前に消えたはずの研究。

 その痕跡は、今も確かに残っている。


 そして、古い記録の中に何度も刻まれていた一つの名前。


 ――《アルケイア》


 長い間、闇の中に隠されていた何かが。


 今もなお、静かに動き続けていた。

次の更新は明日の夜です(*^^*)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。