ep.31 秘密の丘
長らくお待たせしました!
本日より投稿再開します(*^^*)
恋愛度レベルup↗レオン視点です
リーンが攫われた事件から、二日が経った。
身体の傷は順調に回復し、頬の腫れもだいぶ引いている。屋敷の中はもちろん、短時間であれば薬草園へ出ることも侍医から許されていた。ただし調合や長時間の外出、魔力を使うことは禁止。本人はそれが不満らしい。
「もう大丈夫なのに……」
昨日もアイリスにそう漏らしていたという。
それだけを聞けば、いつものリーンだった。
しかし。
「昨夜も、です」
朝の執務室。報告に来たアイリスの言葉に、レオンハルトは書類から顔を上げた。
「……何と言っていた」
「はっきりとは。ただ、何度も『いや』『やめて』と……。一度目を覚ましていただいたのですが、ご本人は何も覚えていらっしゃいませんでした」
「そうか」
レオンハルトは視線を落とした。
二日前、医務室で眠るリーンも同じようにうなされていた。
『いや……』
『お願い……痛い……』
『師匠……助けて……』
あれから毎晩だという。
「昼間は?」
「いつも通りです。今朝も朝食をきちんと召し上がり、先ほど薬草園へ」
レオンハルトは窓へ視線を向けた。薬草の前にしゃがみ込み、庭師と何か話しては楽しそうに笑っているリーンが見える。
いつもと変わらない。少なくとも、そう見える。
けれど夜になれば、また泣くのだろうか。本人さえ知らない何かに怯えて。
「アイリス」
「はい」
「昼食を用意してくれ。持ち運べるものがいい。それから、リーンの外套も」
「外套、ですか?」
「冷えるかもしれん。厚手のものにしろ」
「かしこまりました」
アイリスは何かを察したように微笑んだ。
「……なんだ」
「いいえ、何も」
妙に楽しそうな声だった。
◇ ◇
「これは……もう少し日当たりのいいところに移した方がいいかも」
「リーン」
薬草の葉をそっと持ち上げていたリーンは、背後からの声にびくりと肩を跳ねさせた。
「ひゃっ! レオン様!?」
「体調は」
「大丈夫です。頭痛も眩暈もありません。元気です!」
「なら行くぞ」
「……え?」
「出かける」
「どこへですか?」
「行けば分かる」
戸惑うリーンを置いて、レオンハルトはさっさと屋敷へ向かってしまう。
「待ってください!」
慌ててその背を追った。
屋敷へ戻ると、玄関にはすでにアイリスが厚手の外套と小さな籠を手に待っていた。
「……手際がよすぎる!」
「だから、出かけると言っただろう」
アイリスが堪えきれないように笑った。
◇ ◇
屋敷の前には、馬が一頭だけ用意されていた。
「今日は俺の馬に乗れ」
「私、一人で乗れますよ?」
「まだ療養中だ」
「でも――」
「落馬して怪我を増やしたいのか」
「しませんよ!」
納得していない顔だったが、反論は諦めたらしい。レオンハルトはリーンを先に馬へ乗せ、自分もその後ろへ跨った。
「あ、これ何ですか?」
鞍の横に括られた籠へリーンが気づく。
「昼食だ」
「外で食べるんですか?」
声が明らかに弾んだ。
「こういうの、好きなんだろう。薬草園でたまにやっている」
「……見てたんですか?」
「何度か見かけただけだ」
「ふふっ」
「……何がおかしい」
「なんでもないです。わざわざ用意してくださってありがとうございます。楽しみになってきました!」
「……そうか」
レオンハルトはそれ以上答えず、馬を進ませた。
◇ ◇
王都を抜け、街道を外れる。緩やかな坂道を上りきった瞬間、視界が一気に開けた。
「――わぁ……!」
眼下には王都の街並み。赤や青の屋根の向こうに王城の尖塔が空へ伸びている。反対側には小さな湖と、風に揺れる季節の花。
「すごい……こんな場所があったんですね」
「ああ」
「王城まで見える……」
その声が、ほんの僅かに変わった。遠くの王城を見つめたまま、リーンの笑みが消える。
レオンハルトは黙ってその横顔を見た。だが、それはほんの一瞬だった。
「レオン様! あっちへ行ってもいいですか?」
「ああ。ただし遠くにはいくな」
馬から降ろした途端、駆け出しかける。
「リーン」
「……分かってますよ」
「病みあがりだ。走るな」
「ちょっと速く歩いただけです」
花の間を歩いては、時折しゃがみ込む。
「あ、これ綺麗……! レオン様、見てください!」
振り返って笑うリーンを見た瞬間、胸の奥に張りついていたものが少しだけほどけた。
――笑えるのか。
夜ごと何かに怯えていると聞いてから、ずっと気になっていた。本人は覚えていないらしい。昼間はいつも通りに振る舞っている。それでも、あの泣きながら助けを求めていた声が頭から離れない。
けれど今は、目の前でいつものように笑っている。
風が吹き、茶色の髪がふわりと揺れ、陽光を受けて淡く輝く。
「……」
一瞬、目を逸らせなかった。
綺麗だ。ごく自然に、そう思った。
「レオン様、そんなに監視しなくても逃げませんよ?」
「してない」
「だって、見てました!」
「うるさい」
レオンハルトは顔を逸らした。なぜ逸らしたのか、自分でもよく分からなかった。
◇ ◇
「わぁ……! 木苺のタルト!」
籠を開けたリーンが声を上げた。
「私、これ好きなんです」
「知っている」
「……やっぱり監視してます? 私のこと」
「……」
レオンハルトが黙る。
「ふふっ。仕事ですものね、分かってますよ。でも、今日のレオン様、すごく優しいですね」
「今日の?」
「あっ、違います! 普段が優しくないって意味じゃなくて……いつもより、分かりやすく優しい……?」
「……余計に意味が分からん」
「レオン様って、口ではいつもぶっきらぼうですけど……私が怪我したら、すぐ気づくじゃないですか。重いものを持ってたら、何も言わずに持ってくれるし」
「それくらいはするだろう」
「騎士団の皆さんのことだって、ちゃんと見てます」
「団長として当然だ」
「ほら、そういうところです。自分が優しいことをしても、全部『当然だ』って思ってるところ」
「……」
リーンは膝を抱え、湖へ視線を向けた。
「言葉にするのが、ちょっと苦手なんですよね」
「……悪かったな」
「悪いなんて言ってませんよ」
くすりと笑う。
「でも、行動を見てれば分かります。グレンさんも、アルヴィンさんも、皆さんも。だからレオン様についていくんじゃないですか?」
レオンハルトは何も言わなかった。
昔から、何を考えているか分からないと言われた。冷たい。怖い。感情がない。他人が喜ぶ理由も、悲しむ理由も、よく分からないことがあった。
「……俺には」
気づけば、口を開いていた。
「何かが足りないんだと思っていた。人が当たり前に持っているものが、俺にはないのでは、と」
リーンはしばらく黙っていた。
「ないわけじゃなくて、見せ方が分からないだけじゃないですか?」
レオンハルトが顔を上げる。
「優しくない人は、私のためにこんなところまで連れてきてくれません。好きなものまで用意して」
「それはアイリスが――」
「頼んだのはレオン様でしょう?」
言葉に詰まった。
リーンがふふっと笑う。
「私は、分かってますよ。レオン様が優しい人だって。今日だけじゃありません。ずっとです」
風が吹いた。花々が揺れる。茶色の髪が風にさらわれ、リーンが耳へかける。
レオンハルトは、ただリーンを見ていた。
何の打算もない。何かを求めているわけでもない。ただ、自分がそう思うから口にした。
リーンは、いつもそうだった。
真っ直ぐで、危なっかしくて、他人の痛みには敏感なくせに、自分のことになると驚くほど鈍い。だから守らなければと思った。最初は、それだけだった。
「レオン様?」
自分を呼ぶ声が、妙に心地いい。
「どうしました?」
「……いや」
笑っていてほしいと思う。また、この顔を見たいと思う。できるなら――その笑顔を、自分の近くで見ていたい。
レオンハルトは視線を逸らした。胸の奥が、妙に騒がしい。けれど、もう気づかないふりはできなかった。
守りたいだけではない。放っておけないだけでもない、もっと近くに―
そして、リーンにも、自分の側にいてほしい。
その想いが何なのか。さすがのレオンハルトにも、もう分かっていた。
◇ ◇
帰り支度を始めた頃には、陽が少し傾いていた。
「ここ、本当に素敵な場所ですね。昔から来てたんですか?」
「ああ。一人になりたい時にな」
「私、来ちゃってよかったんですか? レオン様の秘密の場所なんでしょう?」
確かに、これまで誰かを連れてきたことはなかった。誰にも教える必要などないと思っていた。
「二人しか知らないなら、秘密には違いない」
リーンが目を丸くした。言ってから、レオンハルトも気づいた。何を言っているんだ、俺は。
「……ふふっ。じゃあ、二人だけの秘密ですね。また連れてきてもらえますか?」
これまで、一人になるために来ていた場所。誰かを連れてくる必要などないと思っていた。
なのに今は、リーンがいなくなったこの景色を想像すると、どこか物足りない。
「……次は、もう少し暖かくなってからだ」
リーンの顔がぱっと輝いた。
「はい!」
その笑顔を見つめる。
――また見たい。次も、その次も。この景色を見る時、隣に彼女がいてほしい。
そんな未来を思い浮かべた自分に、レオンハルトは己の気持ちをハッキリと自覚した。
誰にも教えたことのなかった秘密の丘。
それはその日から――二人だけが知る場所になった。
次のアップは明日の夜21時予定です。
宜しくお願いします。




