ep.30 その手を離さない
すみません、昨日の夜投稿のはずが、日にち勘違いしてました。
慌てて朝にあげました!
よろしくお願いします。m(_ _)m
追記:一部内容を変更しました
◇ ◇
次にリーンが目を覚ました時、最初に見えたのは見慣れない白い天井だった。
「……ここ……」
「起きたか」
「……?」
顔を向ける。寝台の傍らに、レオンハルトが座っていた。
「レオン、様……」
「ああ」
その顔を見た瞬間、途切れていた記憶が蘇った。
地下の施設。
緑翠のローブを纏ったロブ。
壊れた魔道具。
そして――
「ライさん!」
勢いよく身体を起こす。
「っ……!」
眩暈がして、身体が傾いた。
「馬鹿。急に起きるな」
レオンハルトが咄嗟に肩を支える。
「でも、ライさんが……!ロブ様に撃たれて、それで……!」
「落ち着け」
「生きてるんですか?」
怖かった。最後に見たのは、血に染まった床と、動かなくなったライの姿。
「生きている」
「……!」
「重傷だが、治療は間に合った」
「……ほんと、ですか?」
「ああ」
その瞬間、リーンの肩から力が抜けた。
「……よかった」
ぽろりと涙が零れる。
「よかった……」
レオンハルトは何も言わなかった。自分も攫われ、傷つけられ、死にかけたというのに。
目を覚まして真っ先に気にするのが、自分を助けようとした男のことなのだから。
「……お前は」
「?」
「いや、なんでもない」
レオンハルトは小さく息を吐いた。
しばらくして、リーンはふと思い出したように髪へ触れた。
「そういえば……」
「どうした」
「このリボン」
リーンは髪を結んでいるリボンを指でつまんだ。
「ロブ様が魔法を使った時、光ったんです」
「……」
「魔法が当たる直前に、結界みたいなものが出て……これが、守ってくれました」
「ああ」
レオンハルトは、さも当然のように頷いた。
「守護術式を仕込んでおいて良かった」
「…………」
「なんだ」
「いつですか!?」
「城へ行く前だ」
「城へ行く前……?」
リーンが記憶を辿る。
そして。
「あっ!」
思い出した。
「リボンが曲がってるってなおしてくれた時ですか!?」
「ああ」
「なんで言ってくれなかったんですか!」
「言う必要があるか?」
「ありますよ!」
「そうか」
「そうです!」
まったく悪びれる様子がない。
リーンは呆れながら、もう一度リボンへ触れた。
でも――あの時、確かにこのリボンが自分を守ってくれた。
「……ありがとうございました」
「礼はいらん」
「でも」
「お前が無事なら、それでいい」
「……」
リーンは一瞬、言葉を失った。
胸の奥が、じんわりと温かくなる。
「ちなみに」
「?」
「追跡術式もかけてある」
「…………はい?」
「それでお前を追った」
「ちょっと待ってください!」
「なんだ」
「私、初耳なんですけど!?」
「今言ったぞ」
「そういう意味じゃありません!」
リーンは思わずリボンを押さえた。
「そもそも、どうして追跡術式まで?」
「必要だと思ったからだ」
「守護術式だけじゃなくて?」
「……」
レオンハルトは答えかけて、口を閉ざした。
――監視対象だから
そう答えれば済む。少し前までなら、何の迷いもなくそう言っていた。けれど今、その言葉を口にするのは、妙に違う気がした。
「レオン様?」
「……念のためだ」
「念のため?」
「お前は目を離すと、すぐ面倒事に巻き込まれる」
「私だって好きで巻き込まれてるわけじゃありません!」
「そうだろうな」
「じゃあ言わないでください!」
リーンが頬を膨らませる。
レオンハルトはそれ以上何も言わなかった。
あの時は、自分でも深く考えていなかった。
ただ自分の目が届かない場所に彼女がいることが、妙に気にかかった。
守護術式だけでは足りないと思った。何かあった時、自分が見つけられるように。だから、追跡術式まで仕込んだ。
―ただ、それだけだ。
そういうことにしておけばいい。
「……でも」
「なんだ」
「やっぱり、ありがとうございました」
リーンはもう一度、リボンに触れた。
「これがなかったら、レオン様も……私を見つけられなかったんですよね」
「……ああ」
「じゃあ、お礼は言わせてください」
そう言って、リーンは小さく笑った。その笑みに、レオンハルトは何も返せなかった。
やがて緊張が解けたせいか、リーンの瞼がゆっくりと落ちていく。
「……眠いなら寝ろ」
「でも……」
「侍医にも休めと言われただろう」
「……はい」
リーンは素直に目を閉じた。
「レオン様……」
「なんだ」
「……近くにいて、くれますか」
消え入りそうな声だった。
「ああ」
「……よかった」
それから、ほんの少しして、規則正しい寝息が聞こえ始めた。
レオンハルトはそれを確認してから、掛布を肩まで引き上げた。
◇ ◇
控えめなノックが響いた。
「団長」
「入れ」
扉を開けて入ってきたのは、アルヴィンとグレンだった。
アルヴィンはまず寝台へ目を向ける。
「……眠りましたか」
「ああ」
レオンハルトも声を落として答えた。
「ちょうどいい。報告を」
「はい」
グレンが頷く。
「あのロブという男を含め、施設にいた者たちは全員拘束しました。負傷した薬術師も、引き続き治療を受けています」
「容体は」
「重傷ではありますが、今のところ命に別状はないとのことです」
「そうか」
「それから、リーン様を連れ出した侍女についてですが」
「見つかったのか」
「はい。西門から離れた森で、遺体が発見されました」
レオンの眉が寄る。
「ただ……妙なことが」
「何だ」
「男でした」
「……男?」
「はい。城内の目撃証言にある侍女の特徴とは一致しません。ですが、所持品と入城記録を照合したところ、この男で間違いないかと」
アルヴィンが目を細めた。
「変装していた、ということですか」
「おそらく」
「入城時は?」
「男の姿です。門番も顔を覚えていました」
「魔道具の検査は」
「通っています。変装に使えるような魔道具を持っていた記録はありません」
「……」
レオンとアルヴィンが視線を交わした。
男として城へ入り、城内では侍女になった。
ならば――
「城の中で、変装する手段を手に入れた」
「その可能性が高いかと」
レオンの表情が冷える。
「この件は、まだ外へ出すな」
「承知しました」
「門番と遺体を確認した者にも口止めを。報告書も俺のところで止めろ」
「はい」
アルヴィンが顎へ手を添えた。
「もう一度、薬術院側として入城した者も含め、今日の入退場記録を全て洗ってください」
「承知しました」
「施設の方は?」
レオンハルトが問えば、グレンの表情が険しくなった。
「旧王立魔道具工房の地下に、あのような研究施設が存在したという記録はありません」
「記録にない?」
「はい」
アルヴィンが僅かに眉を寄せた。
「では、閉鎖された後に造られたか、元から存在していたものを記録から消したか……」
「現時点では、どちらとも」
「中にあった魔道具は?」
「かなり古いものも混じっています。中には、十年以上前の型と思われるものもありました」
「……十年以上前」
アルヴィンが呟く。レオンハルトの視線が、眠るリーンへ向いた。
「ロブは、俺が地下へ入った時にも『十四年前』と口にしていた」
「十四年前?」
アルヴィンの表情から、僅かに笑みが消えた。
「……詳しく聞かせてもらえますか」
「俺が地下へ入った時には、すでにリーンの魔力が暴走していた。ロブからそれ以上は聞けていない」
眠るリーンの頬には、まだ赤い痕が残っている。
それを見たレオンハルトの声が低くなった。
「だが、あいつがリーンの過去について何か知っているのは間違いない」
「十四年前……リーンさんは?」
「五歳だ。その頃、師に拾われたと聞いたことがある」
「……偶然にしては、出来すぎていますね」
アルヴィンも寝台へ視線を向ける。
リーンは何も知らないように眠っている。
「あの男には必ず口を割らせろ」
「はっ」
「十四年前、あの施設で何をしていたのか。リーンとどう関わっていたのか。全部だ」
「承知しました」
グレンが一礼する。
「それと、薬術院関係者についても引き続き調べます」
「頼む」
「では、失礼します」
グレンが退室するが、アルヴィンはすぐには動かなかった。
「……レオン」
「なんだ」
「少しは休んだ方がいいですよ」
「必要ない」
「そう言うと思いました」
アルヴィンは小さく肩を竦めた。
「では、私はあの男の方を確認してきます」
「ああ」
扉へ向かいかけて、アルヴィンが一度だけ振り返る。
「あなたまで倒れたら意味ないですよ」
「分かっている」
「ならいいです」
扉が閉じ、医務室に、静けさが戻った。
◇ ◇
レオンハルトは再び寝台の横へ座った。
リーンは静かに眠っている。
その寝顔だけを見ていれば、数刻前まで攫われていたことさえ嘘のようだった。ただ、赤く腫れた頬だけが、そこで何があったのかを物語っている。
レオンハルトの眉間に皺が寄った。
もう一発くらい、あの男に氷を叩き込んでおけばよかったか。そんな考えが一瞬頭をよぎり、自分で打ち消す。
「……いや……」
小さな声がした。
「?」
レオンハルトが顔を上げる。
「リーン?」
「やめて……」
閉じた瞼から、涙が一筋零れた。
「お願い……痛い……」
レオンハルトの表情が変わる。
「リーン」
「もう……やだ……」
何かを振り払うように、指が震える。
「……師匠……」
「……」
「師匠……助けて……」
師匠…微かに記憶にある、あの老人の姿が、レオンハルトの脳裏に浮かんだ。
今日の出来事を夢に見ている。
最初はそう思った。
しかし――何かがおかしい。
今のリーンは、もっと違う何かに怯えているように見える。
「いや……いやっ……!」
震える手が、何かを探すように宙を彷徨う。
「リーン」
レオンハルトはその手を掴んだ。
リーンの手がびくりと震える。
「大丈夫だ。もう誰もお前に何もしない」
「……」
「リーン」
もう一度、名を呼ぶ。
すると、指先に僅かに力が入った。
「……レオン……さま……」
「……ああ」
その一言を聞いた途端、リーンの身体から力が抜けた。乱れていた呼吸も、少しずつ穏やかになっていく。
レオンハルトは、しばらく動かなかった。
やがて、リーンの頬に残った涙を親指でそっと拭う。
「……大丈夫だ」
返事はない。それでも、握った手は離さなかった。
◇ ◇
レオンハルトは視線を落とした。
リーンの胸元には、ペンダントが。救出した時に光っていたが、今はその面影もない。
そして、自分の剣には、リーンから贈られた飾り紐。追跡術式が教えたのは、リーンの居場所だった。
けれど――それだけでは説明がつかない。
あの時、自分の胸へ直接流れ込んできたもの。
怖い。
痛い。
助けて。
まるでリーンの感情そのものに触れたようだった。追跡術式に、そんな効果はない。
「……何なんだ」
飾り紐を見つめるが、答えは出なかった。
そして、もう一つ。
――十四年前
あの男が口にした言葉。
『あの時の子供』
眠りながら助けを求めたリーン。
『師匠……助けて……』
当時は五歳のリーン。十四年前の研究施設。
偶然で片づけるには、繋がりすぎている。
(一度、話をする必要があるな)
リーンの師匠――ローウェンと。
あの人なら、何か知っているのかもしれない。
リーン自身さえ覚えていない、彼女の過去を。
レオンハルトは眠るリーンへ視線を戻した。
その手は、まだ自分の手を弱く握っている。
離そうとは思わなかった。
リーンの胸元で、ペンダントが静かに揺れている。
そしてレオンハルトの剣には、彼女から贈られた飾り紐。
二つを繋ぐものが何なのか。
今はまだ、分からない。
ただ――
眠るリーンの手を、レオンハルトは離さなかった。
次回ですが、しばらくお時間ください。
9月上旬を予定しています。
飽きずにお待ちいただけると嬉しいです(*^^*)




