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薬術師リーンは騎士団長の監視対象です ~隣国のスパイ容疑をかけられましたが、なぜか最強騎士に囲われています~  作者: 空乃葉
第一部/3章 封じられていた記憶

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ep.28 見えない糸

攫われたリーン→レオンと場面は移ります。



 暗い。


 最初に感じたのは、冷たさだった。


「……ん……」


 リーンは重い瞼を開いた。

 ぼんやりとした視界に、石造りの天井が映る。


(ここ……どこ……?)


 身体を起こそうとして、両手が自由にならないことに気づいた。


「っ……」


 手首が後ろで縛られている。それでも身体を捩り、どうにか上半身を起こした。


 冷たい壁に背を預け、乱れた呼吸を整える。

 そこでようやく、記憶が蘇った。


 王城の控室。

 侍女。


 レオン様からの言伝――


「……攫われた?」


 声にした途端、恐怖が現実になる。


 リーンが辺りを見回すと、そこは薄暗い部屋だった。壁際には見たことのない魔道具が並び、棚には薬瓶が所狭しと置かれている。


 鼻をつく薬品の臭い。


 そして――


「……っ」


 奥から聞こえた低い唸り声に、身体が強張った。

 

 鉄格子が見える。その向こうで、赤褐色の毛をした獣がこちらを睨んでいた。


(レッドウルフ……!?)


 一匹ではない。


 二匹、三匹。


 さらに奥の檻には、リーンの知らない魔物までいる。


 どの個体も様子がおかしかった。

 目は濁り、身体から漂う魔力が酷く不安定だ。


(この感じ……)


 知っている。


 レオンハルトやカインに現れていたものと似ている。


 ――魔力の乱れ


「目が覚めたか」


「!」


 聞き覚えのある声だった。


 扉が開き、現れた男を見て、リーンは目を見開いた。


「……ロブ様?」


「覚えていたか」


 王城で会った薬術師。


 エヴァルトの取り巻きの一人で、自分を敵意のこもった目で睨んでいた男だ。


「どうして……」


「どうして?」


 ロブが鼻で笑った。


「それはこちらの台詞だ」


 杖を鳴らしながら近づいてくる。


「我々薬術院が手を尽くしても治せなかった症状を、辺境の平民の小娘が治した。しかも、使ったのは星露草だと?」


「……」


「何十年と薬術を研究してきた者たちを差し置いて、貴様ごときが」


 吐き捨てる声には、隠しようのない憎悪が滲んでいた。


 リーンは息を呑む。


「星露草はどこにある」


「……お話しできません」


「まだ立場が分かっていないようだな」


 ロブが杖を持ち上げた。


 次の瞬間――


「っ……!」


 乾いた音とともに頬を打たれ、リーンの身体が横へ投げ出された。


 両手を縛られているため、咄嗟に床へ手をつくこともできない。


「……っ」


 肩から床へ倒れ込み、遅れて頬に焼けるような痛みが走った。


 口の中に、血の味が広がる。


「ここはガーディナス家ではない」


 床に倒れたリーンを、ロブが見下ろす。


「騎士団長も、副団長もいない。お前を庇う者など、ここには――」


 再び、杖が持ち上がった。

 今度は杖の先に光が集まる。


 魔術だ。


「――っ!」


 放たれた光がリーンへ襲いかかる。


 その瞬間――


 リーンの髪を結ぶリボンが、淡く光った。


 ――パリン!


「なっ……結界だと!?」


 リーンへ届く寸前、魔法が弾けて消えた。


「今のは……」


 リーンは目を見開き、自分の髪へ視線を向ける。

 リボンが、ほんの僅かに光を残している。


「……レオン様?」


「ロブ様!」


 鋭い声が割って入った。

 再び振り上げられた杖を、若い男が掴んでいた。


「……何のつもりだ、ライ」


「それ以上痛めつけたら、聞けるものも聞けなくなります!」


「私に指図するのか?」


「違います。ですが、目的は星露草の在処を聞き出すことでしょう」


「……」


「気を失われては意味がありません」


 ロブが忌々しげに杖を下ろした。


「……興が削がれた」


リーンは痛む身体を起こしながら、若い男を見る。

どこかで見たことがある。


(あ……)


王城へ薬術師たちが来た日。

ロブたちと一緒にいた、あの若い薬術師だ。


「……王城にいた、人?」


男の肩が僅かに揺れた。

けれど、こちらを見ようとはしなかった。


「もう一度聞く」


 ロブがリーンへ向き直る。


「星露草はどこだ」


「……言いません」


「貴様……!」


「教えたら……あなたは全部採ってしまうでしょう?」


「何?」


「星露草は、あなたのものじゃありません」


 怖い。


 声が震えそうになる。

 それでも、リーンは目を逸らさなかった。


「薬の作り方は共有すると、アルヴィンさんも言っていました。それなのに……」


 身体の痛みに耐えながら、言葉を続ける。


「本当に民を救うためなら、どうして私を攫ったんですか?」


「――っ」


 ロブの顔が歪んだ。


「黙れ!」


 杖が床を打つ。


「貴様ごときが、この私に薬術を語るな!」


 怒声に、檻の魔物たちがざわめいた。


 その中で、ライだけが、俯いていた。



     ◇ ◇ ◇


「――違う」


 レオンハルトは手綱を強く引いた。

 馬が嘶き、前脚を上げて止まる。


「レオン?」


 少し遅れて、アルヴィンも馬を止めた。


 王都西側の人気のない裏通り。  

 その先に、一台の荷馬車が停まっていた。


 荷台には、あのワゴンが載っている。


 周囲にいた男たちは、すでに騎士たちによって取り押さえられていた。


 だが――


「……いない」


 ワゴンの下に隠されていた箱は、空だった。


「ここで移し替えたようですね」


 アルヴィンが辺りを見回す。


「最初から追跡されることまで考えていた……」


 レオンハルトは答えない。

 目を閉じ、意識を集中させる。


 微かに――だが、確かに繋がっている。


 リーンのリボンに仕込んでおいた術式。

 その反応は、ここではない。


「リーンはここにはいない」


「……随分と確信がありますね」


「あぁ」


レオンハルトは、捕らえられた男の胸倉を掴んだ。


「侍女の姿をした女はどこだ」


「し、知らねぇ!」


「二度は聞かない」


「本当だ! 俺たちはこの荷馬車をここに置けって言われただけだ!」


「誰に」


「知らねぇよ! 金を渡されただけだ!」


 レオンハルトの手に力が入る。


「レオン」


 アルヴィンがその腕を掴んだ。


「この者たちは騎士に任せましょう」


「……」


「リーンさんの行き先は?」


「まだ追える」


「……理由を聞いても?」


「あとで話す」


「……分かりました」


 アルヴィンも、それ以上は追及しなかった。


「急ぐぞ」


レオンハルトはそれ以上答えず、馬へ飛び乗った。


「まったく……」


 アルヴィンも自分の馬へ跨る。


次の瞬間、レオンハルトは勢いよく馬腹を蹴った。  

蹄の音を響かせ、再び西へ向かう。



     ◇  ◇ 



「これを使う」


 ロブが指示すると、ライが古びた魔道具を運んできた。台座の中央には、大きな透明の水晶が埋め込まれている。


「これは……?」


「精霊親和性を測定する魔道具だ」


 リーンの表情が変わる。


「精霊……?」


「貴様の薬が異常な効果を示した理由が、星露草だけとは限らん」


 ロブの口元が歪む。


「貴様自身に何かあるのなら、それも調べてやろう」


「嫌です」


「お前に拒否権があると思うか?」


 腕を掴まれた。


「っ……離して!」


 無理やり、水晶へ手を押しつけられる。


 その瞬間――


 ――バチッ!


「きゃっ!」


 水晶が眩い光を放った。


「な――」


 ライが目を見開く。

 光が水晶の内部を激しく駆け巡る。


 そして――


 ――パキン。


 亀裂が走った。


「……!」


 次の瞬間、水晶が砕け散り、静寂がおとずれた。


「……嘘だ」


 ロブが呟いた。


「……ロブ様?」


 ライが呼びかけても、反応しない。

 ロブは、壊れた水晶だけを凝視していた。


「あり得ない……」


 その顔から、先ほどまでの怒りが消えている。


「こんな反応……十四年前までいた、あの子供以来……」


 ――どくん


 リーンの心臓が、大きく鳴った。


「……十四年前?」


 頭の奥が痛む。

 何かが、その言葉に反応した。


 ロブがゆっくりと顔を上げる。


「お前……歳はいくつだ」


「……十九、です」


「十九……」


 ロブの瞳が見開かれる。


「十四年前なら……五歳」


 そして――


「まさか……」


 リーンを凝視する。


「お前……あの時の……?」


「何の、話ですか……」


「生きていた……?」


 ロブが一歩、近づく。


 その顔に浮かんだものを見て、リーンの背筋が凍った。


 気味が悪いほどの歓喜。


「生きていたのか!」


「っ……!」


「素晴らしい……!」


 ロブがリーンの肩を掴む。


「何を……」


「もう一度できる!」


「何を言って……」


「十四年前には完成しなかった研究をだ!」


 その言葉を聞いた瞬間――。


 ――白


「……っ」


 白い部屋。


『いや!』


「え……?」


 誰かが泣いている。


『帰りたいよぉ……』


 子供の声。 

 知らない。

 こんな場所、知らない。


 なのに――知っている。


「いや……」


「リーンさん?」


 ライの声。


「どうした?」


 ロブが顔を覗き込む。


「来ないで……」


「何?」


「……来ないで!」


 胸元のペンダントが、僅かに熱を帯びた。

 頭の奥に、鋭い痛みが走る。


 そしてリーンの意識は、再び暗闇へ落ちた。


     ◇ ◇ ◇


「……う……」


 再び目を開けると、石造りの天井が見えた。


 ぼんやりとした意識の中で、自分が捕らえられていたことを思い出す。


「……?」


 手を動かせる。 

 後ろで縛られていた縄が解かれていた。


(誰が……)


 ――十四年前


 ――五歳


 ロブの言葉が、頭から離れない。


(私は……何を知ってるの?)


 思い出そうとすると、頭が痛む。

 リーンは胸元のペンダントを握った。


「……師匠」


 師匠なら、何か知っているのだろうか。


 その時――


「リーンさん」


「!」


 小さな声がした。

 

 顔を上げると、鉄格子の向こうにライがいた。


「静かに」


 鍵が開く。


「……何を」


「逃げてください」


「え?」


「時間がありません」


 ライがしゃがみ込み、リーンの足の拘束を解く。


「裏に搬入口があります。そこから出れば街道へ出られます」


「待ってください」


「早く!」


「でも、あなたは?」


「……」


 ライが黙った。


「一緒に逃げましょう」


「俺は……」


 言葉が詰まる。


 ――人を救いたくて、薬術師になった。


 ただ、それだけだった。けれど薬術院に入り、ロブに目をかけられ。気づけば、知ってはいけないものを知りすぎていた。


 最初は、小さな不正だった。

 次は、違法な薬。


 そして――実験。


 いつからだ。見て見ぬふりをすることを、生きるためだと言い訳するようになったのは。


「……行きましょう」


 ライが言った。


「え?」


「俺も行きます」


 初めて、リーンと目を合わせた。


     ◇ ◇ ◇


 二人は薄暗い廊下を走った。


 鉄格子の向こうで、レッドウルフが唸っている。


「待って」


 リーンが足を止めた。


「どうしました」


「この子たち……」


 檻を見ると、魔力が濁っている。

 苦しそうに息をしながら、それでもこちらを睨んでいた。


「この魔物たちに、何をしたんですか」


「……実験です」


「実験?」


「魔力に異常を起こした魔物を、人為的に制御できるかどうかを……」


 リーンの顔から血の気が引く。


「そんな……」


「すみません」


「どうして、あなたが謝るんですか」


「俺は知っていた」


「……」


「知っていて、何もしなかった」


 ライは前を向いた。


「だから、今度くらいは」


 その先に、扉が見える。


「行ってください。ここを出れば――」


「――どこへ行く、ライ」


 二人の足が止まった。


「……!」


 背後に、ロブが立っていた。


「随分と面白いことをしてくれたな」


「ロブ様……」


「そこを退け」


 ライがリーンの前に立つ。


「退けと言っている」


「……嫌です」


「何?」


 ライの手が恐怖で震えている。

 それでも、退かなかった。


「俺は……人を救うために薬術師になったんです」


「何を今さら」


「こんなことをするためじゃない!」


「ならば――」


 ロブが杖を向ける。


「最初からこちら側へ来なければよかったものを」


 光が走った。


「――ライさん!」


 ライの身体が崩れ落ち、床に血が広がった。


「……え」


 リーンの思考が止まる。


「ライ……さん?」


 返事がない。


 急いで駆け寄ると、


「ライさん!」


「……にげ……」


 震える手が、リーンへ伸びる。


「逃げ……て……」


 その手から、力が抜けた。


「……」


 床。


 赤い血。


 動かない身体。


 その光景が――


 別の景色と重なった。


『リーン……』


「……え?」


 白い床。


 倒れている、小さな身体。


 一人。


 二人。


 たくさん。


『いや……』


 これは誰の声?


『いやぁっ!』


 ――私だ


「いや……」


 頭が割れるように痛い。


「いや……いや……!」


 胸元のペンダントが熱を帯びる。


「何だ……?」


 ロブが後ずさった。


 リーンの身体から、魔力が溢れ始める。


「やめて……」


 魔道具が震える。

 棚の薬瓶が、次々と割れていく。 

 

檻の中で、レッドウルフたちが一斉に立ち上がった。


「まさか……!」


「いやぁぁぁぁっ!」


 魔力が弾けた。


 ――キィィィン!


 施設中の魔道具が共鳴するように、一斉に光を放つ。


 檻の魔物たちが咆哮した。


     ◇ ◇ ◇


「――っ!」


 レオンハルトが足を止めた。


「レオン!?」


 突然のことに、アルヴィンも止まる。


「どうしました」


「……」


 剣の柄に結ばれた飾り紐が――熱い。


 今までとは違う。


 胸の奥へ、直接流れ込んでくるような強烈な感覚。


 ――怖い


 ――痛い


 ――助けて


「……リーン」


 レオンハルトは剣の柄を強く握った。

 これは、追跡術式ではない。


 そんなことは、術式を仕込んだ本人が一番よく分かっている。


 では、なぜ。

 なぜ、リーンの感情が――


 その時、リーンのリボンに仕込んでいた術式が、これまでにないほど強く反応した。


「――!」


 それまでぼやけていた方角が、一気に鮮明になる。


 レオンハルトが顔を上げた。


「……見つけた」


「場所が分かるんですか?」


「ああ」


 王都の西門を抜けた、その先。街道から外れた林の奥へ、確かに術式の反応が続いている。


「この先だ」


 アルヴィンがその方角を見て、眉を寄せた。


「……あちらには、確か旧王立魔道具工房があります」


「知っているのか」


「十年以上前に閉鎖された施設です。今は使われていないはずですが……」


「なら、そこだ」


「待ってください。長く放置された施設です。中がどうなっているか分かりません」


「行くぞ」


レオンハルトは手綱を握り直し、すでに駆け出していた。


「……まったく」


 アルヴィンも、その背を追う。


 なぜリーンの感情が伝わったのか。

 今は、そんなことはどうでもいい。


 ――待っていろ、必ず助ける


馬腹を蹴ると馬が地を蹴り、木々の間を駆け抜ける。


 見えない糸を手繰るように。

 レオンハルトは、リーンのもとへ急いだ。

 

今更ですが、アルヴィンは気安い&緊迫した時は昔ながらの「レオン」呼びです。


対外的な時は、「団長」などと呼び分けています。

また明日の夜、続きをあげ…ます!

宜しくお願いします


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