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薬術師リーンは騎士団長の監視対象です ~隣国のスパイ容疑をかけられましたが、なぜか最強騎士に囲われています~  作者: 空乃葉
第一部/3章 封じられていた記憶

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ep.26 呼ぶ声

正式な聴取を終え、部屋を出た瞬間。


「はぁぁぁ……」


 リーンは大きく息を吐いた。


「つ、疲れた……」


「お疲れ様でした」


 隣を歩くアルヴィンが、くすりと笑う。


「よく頑張りましたね。途中、エヴァルト卿から薬術院へ勧誘された時はどうなることかと思いましたが」


「私もびっくりしました……」


「断って正解だ」


 短く言ったのはレオンハルトだった。


「え?」


「……なんだ」


「いえ。レオン様、随分きっぱり言うなぁって」


「事実だ」


「エヴァルト卿は優秀な方ですよ?」


「知っている」


「じゃあ、どうして?」


「あいつの性根は狂っている」


「え?」


「だからやめておけ」


 二度言われた。

 そこまで言われると、なんだか納得するしかない。


 そんな二人を見ながら、アルヴィンが何故か楽しそうに笑っている。


「……何がおかしい」


「いえ、別に?」


「最近のお前はそればかりだな」


「気のせいですよ」


三人が案内されたのは、王城の一角にある控室だった。


 今日は別件の用事を頼まれているアイリスと合流し、そのままガーディナス家へ戻る予定になっている。


「アイリスさん、まだかな」


「用が済めばここへ来ることになっています。少し休んでいましょう」


「はい」


 柔らかな長椅子へ腰を下ろす。

 途端に身体から力が抜けた。


「……ふぅ」


 胸元へ手をやる。

 先ほど見えた、不思議な景色。

 巨大な樹。

 光の中を舞う、小さな影。


 そして、聞こえたような気がした――誰かの声。


(なんだったんだろう……)


 夢を見たわけではない。

 ほんの一瞬。

 目を開けたまま見えたのだ。


「リーン?」


「え?」


「やはり疲れているんじゃないのか」


 レオンハルトがこちらを見ていた。


「大丈夫です。ちょっとぼんやりしてただけで」


「……そうか」


「はい」


笑って答えると、レオンハルトはまだ何か言いたそうだったが、それ以上は追及しなかった。


 その時。控室の扉が叩かれた。


「団長。失礼いたします」


 顔を出したのは、黒曜騎士団の騎士だった。


「殿下より、先ほどの聴取について直接報告をいただきたいとのことです」


「今か?」


「はい。お急ぎのようで」


 レオンハルトの眉が僅かに寄った。

 それからリーンを見る。


「アルヴィン」


「分かっていますよ。ここにいます」


「頼む」


「子供ではありませんよ?」


 リーンが思わず言う。


「知っている」


「だったら――」


「すぐ戻る」


 反論する隙もなく、レオンハルトは踵を返した。


「……もう」


「諦めてください」


 アルヴィンが笑う。


「最近のレオンに何を言っても無駄ですから」


「最近?」


「ええ」


「何か変わりました?」


「……本人だけじゃなく、リーンさんもですか」


「?」


「いえ、なんでもありません」


     ◇ ◇


 王太子の執務室へ向かう途中。

レオンハルトは見覚えのある姿を見つけ、足を止めた。


「――先生」


 その呼びかけに、男が振り返る。


「レオンハルトか」


 セルギウスだった。


 かつてレオンハルトに剣と魔法を教えた師。

騎士団を退いた今では城へ姿を見せることも減っている。


「お久しぶりです」


「ああ。随分と忙しそうだな」


「いつものことです」


「相変わらずだ」


 セルギウスが小さく笑う。


「だが――」


その目がレオンハルトを観察するように細められた。


「少し変わったか」


「……俺が?」


「ああ」


「アルヴィンにも同じようなことを言われました」

「ほう」


「意味が分かりません」


 セルギウスが声を立てて笑った。


「なるほど。それも相変わらずか」


「……先生まで何なんです」


「悪い変化ではないということだ」


 セルギウスはそう言って――ふと視線を下げた。

 レオンハルトの腰。

 剣の柄に結ばれた、小さな飾り紐。


「珍しいな」


「何がです」


「お前が剣にそのような物をつけるとは思わなかった」


「……」


 レオンハルトも飾り紐を見る。

 リーンから贈られたものだ。


 今朝。

『本当につけてくれたんですね!』


 見つけるなり、随分と嬉しそうに笑っていた。


「……貰い物です」


「そうか」


 セルギウスは、それ以上聞かなかった。

 ただ僅かに目を細める。


「大切にするといい」


「はい」


 短く答え、レオンハルトは頭を下げた。


「申し訳ありません。殿下がお待ちなので」


「ああ。引き止めて悪かったな」


「では」


 セルギウスの横を通り過ぎる。


 数歩すすんだ、その時だった。


「――っ」


 レオンハルトの足が止まった。


 胸の奥が――ざわついた。

 何だ。

 今のは。


「レオンハルト?」


 後ろからセルギウスの声がする。

 レオンハルトは答えなかった。


 無意識に、剣の柄へ手を置いていた。

 そこに結ばれた飾り紐が、指先へ触れる。


 今――

 誰かに呼ばれたような。

 そんな気がした。 


「……リーン?」


 無意識に名前が零れた。


「リーン?」


 セルギウスがその名を繰り返す。


 レオンハルトは我に返った。


「……いえ」


 気のせいだ。

 リーンは今、アルヴィンと控室にいる。

 何かあるはずがない。


「失礼します」


「ああ」


 再び歩き出す。


けれど、胸に残った妙なざわつきだけは、消えなかった。


     ◇ ◇


 ――少し前


 控室に残ったリーンは、アルヴィンと他愛のない話をしながらアイリスを待っていた。


 そこへ扉を叩く音が響いた。


「失礼いたします」


 入ってきたのは、薬術院の職員らしき男だった。


「アルヴィン副団長様でいらっしゃいますか」


「私ですが?」


「騎士団へ納入予定の薬について、確認いただきたい書類がございます。副団長様の署名を頂戴したいのですが」


「今ですか?」


「申し訳ございません。こちらの手違いでして」


 アルヴィンが小さく息を吐く。


「仕方ありませんね。書類は?」


「隣室に用意しております」


「ここへ持ってきていただければ――」


「薬品の現物と照合いただく必要がございますので」


「なるほど」


 アルヴィンはリーンを見る。


「すぐ戻ります」


「大丈夫ですよ。ここで待ってますから」


「誰か来ても、勝手についていってはいけませんよ?」


「アルヴィンさんまで!」


「冗談です」


「もう……」


 笑いながら見送る。


扉が閉じた。

静かになった室内で、リーンは長椅子の背へ身体を預けた。


「……早く帰りたいなぁ」


 今日は本当に色々ありすぎた。

 屋敷へ戻ったら、薬草茶を飲んで。

 少し本を読んで。


 それから――

(レオン様と、庭で話すのかな)


いつの間にか、それまでが一日の終わりになっていた。


 そんなことを考えていた時。


 再び扉が叩かれた。


「はい」


「失礼いたします」

 今度は侍女だった。


 王城の侍女服。特に不自然なところはない。


「薬術師リーン様でいらっしゃいますか?」


「はい」


「殿下より、言伝を預かっております」


「殿下から?」


「はい。レオンハルト様への確認にリーン様もやはり同席していただきたいので執務室へお越しいただきたいと。それとアイリス様の到着が少々遅れるとのことです」


「そうなんですか?」


「ご案内いたします」


 侍女が丁寧に頭を下げる。


 リーンは立ち上がりかけて――止まった。


「でも、アルヴィンさんが隣の部屋に……」


「アルヴィン副団長様には、すでにお伝えしております」


「あ、そうなんですね」


 それなら大丈夫だろう。

 リーンは侍女について控室を出た。


 王城の廊下を歩く。


 一つ角を曲がる。二つ目の角に差しかかったところで、ふと、リーンの足が遅くなった。


「……?」


(あれ?)


 何かがおかしい。

 何がおかしいのか、すぐには分からなかった。


 ただ、胸の奥に、小さな棘が引っかかる。


『誰か来ても、勝手についていってはいけませんよ?』


 先ほどのアルヴィンの冗談を思い出す。


 それに――


(殿下の命とは言えレオン様なら……)

 自分を一人で呼ぶだろうか。


 今日のレオンハルトなら、むしろアルヴィンさんと一緒に来いと言いそうな気がする。


 リーンは足を止めた。


「すみません」


 侍女が振り返る。


「どうかなさいましたか?」


「やっぱり、私、一度アルヴィンさんに直接伝えてきます」


「すでにお伝えしておりますが」


「はい。でも、すぐ戻るって言ってましたし」


 リーンは笑った。

「行き違いになったら困るので」


 踵を返す。

 その瞬間。


「――残念」


「え?」


 ぞくり。

 背筋を冷たいものが走った。

 振り返ろうとした瞬間――首筋に何かが触れた。


「っ……!」


 身体の中の魔力が、一気に乱れる。


「な……に……」


 膝から力が抜けた。

 視界が歪む。

 廊下が消えた。


     ◇


 ――白い


 白い部屋。


 知らない場所。


 鼻を刺す、薬品の臭い。


『いやっ……!』

 子供の泣き声。


『やめて! 痛いっ!』

 誰かが泣いている。


 違う。


 私だ。

 小さな腕を、誰かに押さえつけられている。


『動くな!』


『やだ! やだぁ!』


 怖い。

 痛い。

 誰か。

 誰か助けて。


「……し、しょう……」


 胸元が熱くなる。

 ペンダントが、焼けるように熱い。


 それでも、浮かび上がる光景は止まらない。

 白い床。

 そこに倒れている、いくつもの小さな身体。

 赤い――


「いや……」


 見たくない。

 思い出したくない。

 誰か。

 助けて。


「……師匠……」


 意識が沈んでいく。


 その時、なぜか脳裏に浮かんだ。

 銀色の髪。

 蒼い瞳。

 いつもぶっきらぼうで。

 それでも、いつの間にか自分の隣にいることが当たり前になっていた人。


「……レオン、様……」


 そこで、リーンの意識は完全に途切れた。


 

リーンのピンチ!な回です。

レオンの助けは間に合うのか、次回をお楽しみください。

次の更新は夜になります。

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