↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
薬術師リーンは騎士団長の監視対象です ~隣国のスパイ容疑をかけられましたが、なぜか最強騎士に囲われています~  作者: 空乃葉
第一部/3章 封じられていた記憶

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

30/85

ep.25 疑惑の薬術師

嫌味な人って、いつか自滅すると思うのは私の持論です。頑張れ、リーン!


すみません、冒頭を少し変更しました。

目の前には、天井まで届くほどの白い観音扉がある。

 その扉を前にして、リーンは無意識に髪へ触れた。

 

 指先に触れたのは、今朝結んだリボン。


 ――王城へ向かう少し前


『じっとしていろ』


『え?』


緊張して何度も触っていたせいか、結び目が緩んでいたらしい。

レオンハルトはリーンの返事も待たず、リボンへ手を伸ばした。


『少し緩んでいる』


『あ、すみません。自分で――』


『動くな』


『……はい』


 結び目を整える指先から、一瞬だけ淡い魔力が流れた。


『……レオン様?』


『なんだ』


『今、何か……』


『気のせいだ』


レオンハルトは何事もなかったように手を離した。


『行くぞ』


『は、はい』


「大丈夫か」


 隣から低い声がした。

リーンが顔を上げると、レオンハルトがこちらを見ていた。


 いつもと変わらない表情。  

 けれど、その声音はほんの少しだけ優しい。


 リーンは一度目を閉じ、深く息を吸った。


「……はい。大丈夫です。入りましょう」


震えそうになる手を隠すように、リーンは胸元のペンダントを両手で握った。


物心ついた頃から、ずっと身につけているもの。

理由は分からない。それでも、これだけは幼い頃からずっと大切にしてきた。


指先に触れる小さな重みが、今は少しだけ心を落ち着かせてくれる。


「大丈夫ですよ。私たちがついていますから」


 反対側に立つアルヴィンも、いつもの涼しげな笑みを浮かべている。


「正式な聴取とはいえ、聞かれたことすべてに答える必要はありません。困った時は――」


 アルヴィンの笑みが深くなる。


「笑って黙っていればいいんです」


「それでいいんですか?」


「時には沈黙も立派な交渉術ですよ」


「……覚えておきます」


 リーンはもう一度ペンダントを握った。



 そして、敵陣――


もとい、薬術院院長エヴァルトたちが待つ部屋へ、足を踏み入れた。


     ◇ ◇


 室内には大きな円卓が置かれていた。


 右手に三人。


 そして左手に、一人。


「お待たせしました。薬術師リーンを連れて参りました」


 アルヴィンが一礼する。


「アストレア閣下、お久しぶりです。エヴァルト卿も」


「やあ、久しいね。団長も元気そうで何よりだ。アルヴィン殿とは先日ぶりだね」


 左手に座っていた男が、穏やかに笑った。


「今日の私は監察官としての立会人だ。エヴァルト卿も、そのつもりでよろしく頼むよ」


「もちろんです、閣下。こちらは必要なことさえ聞ければ十分ですからねぇ」


右手中央の男が答える。

細身の身体に、上質な緑のローブ。

細い目に、片眼鏡。


(この方が、神経質そうな人がエヴァルト卿)


 そして――


(あの方が、ダミアン・アストレア閣下……)


 五大貴族アストレア家の当主にして、王国の監察官。


 アルヴィンから聞いていた通りの布陣だった。


     ◇ ◇


 ――数刻前


「さて。そろそろ作戦会議をしましょう」


「……作戦会議?」


 思わず聞き返したリーンに、アルヴィンは当然のように頷いた。


「何事も事前準備が大切です。恐らく今日の正式な聴取には、監察官としてアストレア卿が立ち会われるでしょう」


「ダミアン・アストレア」


 レオンハルトが引き継ぐ。


「ガーディナス家と同じく、五大貴族の一角を担うアストレア家の当主だ。王国の監察官でもあり、殿下からの信頼も厚い」


「公平な方ですよ。もっとも――」


 アルヴィンがにこりと笑う。


「怪しいと思われれば、追及も容赦ありません」


「……怖いですね」


「そして、薬術院からは恐らくエヴァルト卿本人が来ます。気をつけるべきはこちらでしょう」


「院長自らですか?」


「薬術に関しては非常に優秀な方です。ただし、興味を持ったものへの執着も相当なものです」


「執着……」


「特に精霊や、それに関係すると考えたものについては」


「……」


「ですから、必要以上のことは話さない。それだけ覚えておいてください」


「は、はい」


「困った時は私か団長を見てください。なんとかします」


アルヴィンはそう言って、いつもの笑顔を浮かべた。


     ◇ ◇


「では、さっそくいいかね」


「!」


 エヴァルトの声に、リーンは我に返った。


(いけない。気を抜いちゃ駄目)


 背筋を伸ばす。


エヴァルトは片眼鏡の奥から、興味深そうにリーンを観察していた。


「無駄な時間は好きじゃない。端的に聞こう」


 細い目が、さらに細められる。


「君が作ったという薬は、なぜあれほど高い効果を示した?」


「……」


「ここにいるロブ君からは、隣国から持ち込んだ薬による自作自演の可能性も聞いている」


「エヴァルト様」


 リーンはできるだけ落ち着いて答えた。


「私は、生まれてから一度もレイガルドを出たことがありません。それは関所の記録を確認していただければ、分かることだと思います」


 ちらりとダミアンを見る。


 ダミアンは笑みを浮かべたまま、小さく頷いた。


「それに、薬の効果が高く出たのは……症状をよく見て、一番合うと思った薬を処方したからです」


「なんだと!」


 突然、怒声が飛んだ。


「我ら薬術院を馬鹿にしているのか! 小娘が!」


声を荒らげたのは、エヴァルトの隣に座る白髮の壮年薬術師。

以前、王立薬館で嫌味を言ってきた男だった。


 エヴァルトが片手を上げる。


「ロブ君。落ち着きたまえ」


「しかし院長!」


「私は彼女に聞いている」


「……っ、失礼いたしました」


 ロブが黙る。


(アルヴィンさんが言ってた取り巻きの人……ロブっていうのね)


 エヴァルトは何事もなかったようにリーンへ向き直った。


「リーン君。君も言葉には気をつけた方がいい。どういう意味かね?」


「誤解させる言い方をしてしまいました。申し訳ございません」


 一度頭を下げる。


「エヴァルト様。|星露草(ホシツユソウ)をご存じでしょうか」


「当然だ。高熱に効く希少な薬草だ。古い文献では、別の効能も示唆されているが――」


 そこでエヴァルトの表情が変わった。


「……まさか」


「はい。今回の薬には、星露草(ホシツユソウ)を使っています」


「なんということだ……!」


 エヴァルトが身を乗り出した。


「だが、どうやって手に入れた? あれは見つけること自体が至難の薬草だぞ」


「それは……」


 リーンは一瞬、レオンハルトを見る。


 目が合う。彼が小さく頷いた。


「申し訳ございません。その質問には、私から回答させていただきます」


 アルヴィンが一歩前へ出た。


「現在、王都を中心に似た症例が複数確認されています。リーンさんの薬は、その対処法として国が保護し、現段階では一部の情報を秘匿すべきであると殿下が判断されました」


「殿下が……?」


「そのため、採取場所などについては、殿下の許可なくお話しすることができません」


 エヴァルトの目が細くなる。


「……それでは、殿下は我々、薬術院を不要とお考えなのかね?」


「いいえ。むしろ逆です」


 アルヴィンは表情を変えなかった。


「薬術院なくして、この問題への対応はできないとお考えです。ただ、役割を分けただけかと」


「役割?」


「なるほど」


 それまで静かに成り行きを見守っていたダミアンが、初めて口を挟んだ。


「希少な薬草なら、採取場所を秘匿する理由は十分にある。乱獲されても困るし、他国へ情報が流出することも避けなければならない」


「その通りです」


「ならば、素材を確保する者と、薬を調合し民へ届ける者を分ける。薬術院には調合法が共有される――そういうことかな?」


「はい」


 アルヴィンが頷く。


 ダミアンはエヴァルトへ視線を移した。


「薬を作り、民へ届ける。それは今までの薬術院の使命と何ら変わらないだろう。原因不明とまで噂され始めている症状に有効な薬を届けられるのなら、むしろ薬術院の存在意義を民へ示すことにもなる」


「……なるほど」


 エヴァルトは少し考えたあと、口元を緩めた。


「我々にとっても悪い話ではありませんねぇ。個人的には、どうやって星露草(ホシツユソウ)を見つけているのか非常に興味がありますが……殿下のご意向なら仕方ありません」


ロブが何か言いたげに口を開いたが、エヴァルトの視線に気づいて押し黙った。


 リーンは内心で、ほっと息を吐いた。


 だが。


「しかし――」


(まだあるの!?)


「もう一つ、気になることがあります」


 エヴァルトの視線が再びリーンを捉える。


「そもそも君は、なぜ星露草(ホシツユソウ)を使おうと思ったのです?」


「それは……星露草(ホシツユソウ)が魔力の乱れに効果を示す可能性があると、昔の文献で読んだことがあったからです」


「ほう」


 エヴァルトの目が輝く。


「続けて」


「レオンハルト様を治療した時、戦闘による傷も酷かったのですが……魔力の流れにも異常がありました」


「なぜ、それが分かった?」


「これです」


 リーンはポケットから透明な水晶を取り出した。


「|無色水晶(クリア・クォーツ)か」


「はい。無色水晶(クリア・クォーツ)は魔力を吸収すると、その性質に応じて色を変えます」


「知っている」


「レオンハルト様ほどの魔力量なら、本来はすぐに均一に染まるはずでした。でも――色にムラが出たんです」


「なるほど……!」


 エヴァルトが身を乗り出した。


「無色水晶(クリア・クォーツ)の反応から、魔力そのものに異常があると考えたわけですか!」


「はい」


「面白い。実に面白い着眼点だ!」


 エヴァルトの口元が、にやりと吊り上がった。


対照的に、隣のロブは顔を真っ赤にしてリーンを睨んでいる。


もう一人の人物は深くローブを被ったまま、一言も発さない。


「それで星露草(ホシツユソウ)へ辿り着いた、と?」


「昔、師匠が譲り受けた古い文献があったんです。文字は読めませんでしたが、星露草(ホシツユソウ)によく似た植物と、魔力の流れらしき図が描かれていました」


「それを覚えていた……」


 エヴァルトは感心したように顎へ手を添えた。


「あなた、うちに来ませんか?」


「……はい?」


「院長!」


 ロブが勢いよく立ち上がった。


「本気ですか!?」


「私はいつでも本気ですよ」


 エヴァルトの声音が、すっと冷える。


「それとも君は、私の判断に異を唱えるのかね?」


「……っ」


 ロブの顔から、みるみる血の気が引いていく。


「い、いえ。申し訳ございません」


「そうですか」


 満足そうに頷くと、エヴァルトは再びリーンを見る。


「で、どうです? お嬢さん」


「……大変ありがたいお話ですが、お断りさせていただきます」


「ほう?」


「私はリーフェ村の薬術師です。薬術院のような大層な場所は、私には荷が重いですから。それに――」


リーンは無意識に、レオンハルトへ視線を向けた。


一瞬だけ目が合う。

それからエヴァルトへ向き直った。


「まだ、やらなければならないことがありますので」


「……なるほど」


 エヴァルトはその視線の意味を探るように、ちらりとレオンハルトを見た。


「残念ですねぇ。まあ、殿下からの命もありますし、今は諦めるとしましょう」


 その言い方に少し引っかかったものの、リーンは何も言わなかった。


「聞きたいことは、それで終わりかね?」


 今度はダミアンだった。


「ええ。私からは」


「そうか」


 ダミアンは頷く。


「では最後に――立会人として、私から一つだけ確認しても?」


「……はい」


 なぜだろう。それまでと変わらない穏やかな声だった。


なのに、リーンは無意識に、胸元のペンダントへ触れていた。


「リーン嬢。先ほどから何度か、師から教わったという話が出ているね」


「はい」


「その師というのは――」


 ダミアンが微笑む。


「一体、何者なのかな?」


「……え?」


 思いもよらない問いだった。


「リーフェ村の薬術師だということは聞いている。だが、他国を渡り歩き、薬術院にも残っていないような文献を読み、希少な薬草にも詳しい」


 ダミアンの表情は変わらない。


「随分と博識な人物のようだ。少々、興味が湧いてね」


「師匠は……」


 リーンは口を開いて――止まった。


 ローウェンは、ローウェンだ。口が悪くて。

 人付き合いが苦手で。

 薬のことになると厳しくて。

 それでも、目の前の患者を決して見捨てない人。


 世界で一番尊敬している薬術師。


 でも、ローウェンが普通の人間ではないことなら、昔から知っている。


 幼い自分を拾ってくれた頃のローウェンは、今の老人の姿ではなかった。


 もっとずっと若い――青年の姿をしていた。

 老人の姿でいるのは、人の街で暮らすにはその方が都合がいいから。


 普通の人間より遥かに長く生きていることも知っている。

 だから、薬草にも、古い文献にも詳しい。

 リーンはずっと、それだけのことだと思っていた。


 けれど――


(そういえば……師匠が昔、何をしていたのかって、私、知らない)


 どれほど長く生きているのかさえ、ちゃんと聞いたことがなかった。


「その質問は、今回の聴取に必要でしょうか」


 低い声が、リーンの思考を遮った。


「レオン様……」


 レオンハルトが一歩前へ出ていた。


 ダミアンが僅かに眉を上げる。


「おや。随分と警戒するのだね、団長」


「今回の目的は、リーンの薬術と隣国との関与について確認することだったはずです」


「ああ。その通りだ」


「ならば、彼女の師の素性まで答える必要はないでしょう」


 静かに二人の視線がぶつかる。


 数秒。


 先に表情を崩したのはダミアンだった。


「……確かに」


 あっさりと肩を竦める。


「少々、個人的な興味が過ぎたようだ。すまなかったね、リーン嬢」


「い、いえ……」


「では、本日の聴取はこれで終了としよう」


 ダミアンが手元の資料を閉じる。


「少なくとも現時点では、リーン嬢と隣国との関与を裏付けるものは確認できない。そういう結論で異論は?」


「私はありませんよ」


 エヴァルトはあっさり答えた。


ロブは不満そうな顔をしていたが、院長を前に口を挟むことはなかった。


「では、決まりだ」


 ダミアンが席を立つ。


「本日の聴取は、これにて終了とする」


「……終わった」


思わず小さく漏れた。

ようやく息ができる。

張り詰めていた肩から力が抜けていく。


「よくやった」


 すぐ隣から聞こえた声に、リーンは顔を上げた。


 レオンハルトだった。


「……はい!」


 ほっとして笑う。


それでも、部屋を出る直前、リーンは一度だけ振り返った。


ダミアンはすでにエヴァルトと何かを話している。

最初と変わらない、穏やかな笑み。


(……師匠が、何者か)


 胸元のペンダントを握る。


 今まで、考えたこともなかった。


 ローウェンは師匠で。

 育ててくれた家族で。

 それだけで十分だったから。


 なのに――


 なぜだろう、ダミアンにそう問われた瞬間。


 ほんの一瞬だけ、知らない景色が、頭の奥をよぎった気がした。


 巨大な樹。


 光の中を舞う、いくつもの小さな影。


 そして――


『――――』


「……?」


 誰かが。

 

 とても懐かしい声で、誰かの名を呼んだような――。


「リーン?」


 レオンハルトの声に、景色は霧のように消えた。


「あ……いえ。なんでもありません」


「顔色が悪いぞ」


「大丈夫です。ちょっと疲れただけだと思います」


「……そうか」


「はい」


 リーンは笑って、再び歩き出した。


 その時、胸元のペンダントが、ほんの僅かに温かくなったことには――気づかなかった。



色々なことが明かされる序章です。

次回は明日の朝になります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。