ep.23 七年前の約束
お待たせしました。そして、1つ前を飛ばしました(泣)
前の回も宜しくお願いします。
今回は少し寄り道して、七年前へ。
リーンとまだ《紅狼の牙》が、その名で呼ばれる前のお話です(*^^*)
――ガラガラ
馬車の車輪が、石畳の上を規則正しく転がっていく。
「……ジルたち、元気そうでよかった」
ガーディナス家へ戻る途中。
窓の向こうへ流れていく王都の街並みをぼんやりと眺めながら、リーンは小さく微笑んだ。
変わっていなかった。
豪快に笑うジルも。
リーンを抱きしめて離さないセレナも。
相変わらず軽口ばかりのカインも。
七年という月日が経ったというのに、彼らと話していると、まるであの頃へ戻ったようだった。
リーンはそっと目を細める。
初めて彼らと出会ったのは――七年前。
リーンが、まだ十二歳だった頃のことだ。
◇ ◇ ◇
――七年前
ドンドンッ!!
「すまない! 開けてくれ! 仲間が重傷なんだ!」
「お願いします! 誰か……!」
夕食を取ろうとしていたリーンは、突然響いた激しい音にビクリと肩を跳ねさせた。
「おじ……師匠! 大変! 患者さんだよ!」
奥にいたローウェンが、面倒そうに眉を寄せる。
「……はぁ。また厄介そうなのが来たな。リーン、開けてやれ」
「うん!」
返事を聞くや否や、リーンは入口へ駆けた。
「今、開けます!」
勢いよく扉を開ける。
そして――息を呑んだ。
「……っ!」
そこにいたのは、四人の冒険者だった。
金髪の若い男と、がっしりとした体格の大男。
紫色の髪をした魔法師風の女性。
そして――。
二人に抱えられた、紅い髪の女性。
ぐったりと垂れた腕から、ぽたり、ぽたりと血が落ちている。
「大変……! 師匠ー! 血だらけ!」
「見りゃ分かる。さっさと入れろ」
ローウェンの声が飛ぶ。
「こっちだ」
三人は急いで女性を運び込み、患者用のベッドへ横たえた。
リーンは思わず口元を押さえた。
酷い。
全身に無数の傷。
中でも胸元から下腹部にかけて刻まれた爪痕は深く、服は赤黒く染まっている。
肩にも、頭にも傷がある。
それでもローウェンは表情一つ変えなかった。
傷を確認し、脈を取り、すぐさま指示を飛ばす。
「リーン。ロッキ草。あと止血剤と縫合道具」
「う、うん!」
「ぼさっとするな」
その一言で我に返り、リーンは棚へ走った。
「はい!」
「お前らも酷いな。あとで診る。そこらに座ってろ」
「ジルは……!」
紫髪の女性が詰め寄った。
「ジルは助かりますか!?」
「邪魔だ」
ローウェンがギロリと睨む。
女性が息を詰めた。
けれど、その間もローウェンの手は止まっていない。
「じーさん……頼む」
金髪の男が頭を下げた。
「大事な仲間なんだ。助けてくれ」
「店主……俺でよければ何でもする。だから……ジルを……」
大男は拳を握り締めていた。
その手が震えている。
やがて堪えきれなくなったように、大粒の涙が頬を伝った。
ローウェンは小さく息を吐いた。
「……随分と酷い状態だ」
三人の顔から血の気が引く。
「だが、助かる余地はある」
「……!」
「今夜が勝負だ。だからお前らは黙って待ってろ。騒がれる方が邪魔だ」
ぶっきらぼうな言葉だった。
それでも三人の表情が、ほんの少しだけ緩む。
リーンもローウェンと目を合わせた。
小さく頷かれる。
――大丈夫
そう言われた気がした。
「みなさんも座って!」
リーンは包帯や回復薬を載せた台車を押して三人のもとへ駆け寄った。
「師匠が助かるって言ったなら、きっと大丈夫だから!」
「……ありがとう」
紫髪の女性が、ようやく僅かに微笑んだ。
「偉いのね。ええと……」
「リーン! 師匠はローウェンっていうの。わたしも薬術師の卵なんだから!」
少しだけ胸を張る。
「お姉ちゃんたちは冒険者?」
女性はセレナ。
金髪の男はカイン。
大柄な男はダレス。
そして奥で治療を受けている紅髪の女性が、パーティのリーダーであるジル。
それが、リーンと彼らとの最初の出会いだった。
◇
「はい。これ飲んで」
三人へ上級回復薬を渡し、リーンは手際よく傷を処置していく。
幼い手でありながら、その動きには迷いがない。
「……あいつ、偉いな」
カインがぽつりと呟いた。
「可愛いわねぇ……」
セレナも、自分の腕に巻かれた包帯を見つめて微笑む。
「こんなに小さいのに、ちゃんと薬術師してる」
「小さいって言わないで!」
少し離れたところからリーンが即座に反応する。
「聞こえてたの!?」
セレナが目を丸くすると、カインが吹き出した。
「ははっ。元気なちびっ子だな」
「ちびっ子も禁止!」
そのやり取りに、ほんの少しだけ空気が和らぐ。
けれど。
「……うちの子も」
ダレスがぽつりと呟いた。
「こんな優しい子になってくれたらいいな」
その視線が、治療室へ向く。
「だから……ジル……生きてくれ……」
リーンは何も言わず、ダレスの腕に巻いていた包帯をきゅっと結んだ。
その時だった。
「おい! そこの金髪!」
奥からローウェンの声が飛んだ。
「ちょっと来い!」
「俺?」
カインが慌てて立ち上がる。
治療室へ入ると、ジルは傷の処置を終え、静かに横たわっていた。
顔は青白い。
ローウェンは薬を調合しながら、ちらりとカインを見る。
「そこそこ動けるようになったな」
「ああ……」
「ならリーンと森へ行ってこい」
「……は?」
「星露草が足りん」
ローウェンは淡々と続ける。
「高熱が出始めてる。今のうちに薬を作る」
「だったら俺が取ってくる。特徴を教えてくれ」
「無理だ」
「は?」
「お前には見つけられん」
ローウェンは薬を混ぜる手すら止めない。
「リーンを連れていけ」
「いやいやいや、ちょっと待て! こんなちびっ子を夜の森に――」
「大丈夫だよ!」
リーンがひょこっと顔を出した。
「何回も師匠と採りに行ってるもん!」
「いや、でもな……」
「森の入口付近だ。今のお前でも護衛くらいはできる」
ローウェンが冷たく言い放つ。
「さっさと行け。間に合わなきゃ、こいつが死ぬだけだ」
「っ……!」
カインの顔色が変わった。
「もう! 師匠!」
リーンが頬を膨らませる。
「またそんな言い方して!」
そしてカインを見上げた。
「大丈夫です。師匠、口はすっごく悪いけど、患者さんを見捨てたりしないから」
「すっごくは余計だ」
「本当でしょ?」
「早く行け」
「はーい」
あまりに普段通りの二人を見て、カインの肩から僅かに力が抜けた。
「……悪かった」
リーンの前にしゃがむ。
「分かった。必ず守る。案内してくれ」
「うん!」
薬草用のポシェットを肩から下げ、リーンはカインとともに夜の森へ向かった。
セレナとダレスも同行すると言い張ったものの――。
肋骨にひびが入った者と、足を負傷した者が来て何になる。
ローウェンにそう一喝され、大人しく留守番となった。
◇
それからしばらく。
「あっ、あった!」
リーンがしゃがみ込む。
「こっちにも!」
カインには、どれも同じ雑草にしか見えない。
それなのにリーンは迷うことなく摘み取っていく。
「……よく分かるな」
「分かるよ?」
「いや、全部同じに見えるぞ」
「全然違うよ!」
リーンは星露草を持ち上げた。
「ほら。星の光がこう……集まって、草がぽやーって光ってるでしょ?」
両手を使って一生懸命説明する。
「…………おう」
「分かった?」
「…………なんとなく」
――さっぱり分からねぇ。
けれどニコニコしているリーンにそう言うのも憚られ、カインは曖昧に頷いた。
「これだけあれば大丈夫かな。よし、帰ろう!」
二人は来た道を戻り始める。
その間も、カインは周囲への警戒を怠らなかった。
「ねえ、カインさん」
「あ?」
「みんな、仲いいね」
カインが一瞬きょとんとして、それから笑った。
「ああ。まあな」
「ずっと一緒なの?」
「いや。最初はバラバラだった」
「そうなの?」
「ああ。とある貴族の依頼でな。そこで偶然、四人とも一緒になった」
カインは肩をすくめた。
「ところが、その貴族ってのが選民思想の強い、胸クソ悪い奴でさ」
「せんみん……?」
「あー……自分みたいな偉い奴が一番で、他は下だと思ってる奴ってこと」
「やな人」
「だろ?」
カインが笑う。
「で、任務が終わったあと、ジルが『飲みに行くぞ!』って俺たちを引っ張ってってな。みんなで散々そいつの愚痴を――」
「愚痴?」
「……打ち上げをした」
「いま愚痴って言ったよね?」
「十二歳のくせに細けぇな」
「聞こえたもん」
「まあ、そこで妙に気が合ってな。それから面倒な依頼を一緒に受けるようになって……気づいたらパーティになってた」
「へぇ……」
リーンは楽しそうに笑った。
「だから家族みたいなんだね」
カインの足が、ほんの少し止まる。
「……家族、か」
そして、どこか困ったように笑った。
「そうかもな」
しばらく歩いてから、カインが口を開いた。
「……今回のことは、俺たちが悪いんだ」
リーンが顔を上げる。
「え?」
「俺たち、もうすぐAランクに上がれるって言われてた」
Bランクの中でも、実力は上位。
あと一つ大きな功績を挙げれば、Aランク昇格も確実だろうと言われていた。
そして少し前。
ダレスから、妻が子どもを身籠ったと聞いた。
「めでたいし、だったらAランクになって帰って驚かせてやろうぜってな」
カインは自嘲気味に笑う。
「Aランクになれば報酬も跳ね上がる。これから子どもが生まれるダレスにも都合がいい。……俺たちならいけるって思っちまった」
だから、いつもより深く森へ入った。
そこで遭遇したのが――レッドウルフ。
単体でも危険な上級魔物。
さらに下位のウルフを従え、群れで獲物を追い詰める。
「気づいた時には囲まれてた」
カインの声が低くなる。
「ダレスが狙われた。あいつ、足をやられてて避けきれなかった」
そして。
ジルが飛び込んだ。
「……あの胸の傷」
リーンが小さく呟く。
「ああ。ダレスを庇った時についた」
「だから……」
リーンは思い出した。
大きな身体を震わせながら、ローウェンに縋っていたダレスを。
――俺でよければ何でもする
――だから、ジルを……
「俺たち、調子に乗ってたんだ」
普段の軽い調子は、もうない。
「俺たちのせいで、ジルを死なせるところだった」
リーンはしばらく黙っていた。
やがて、星露草の入ったポシェットをぎゅっと握る。
「……じゃあ、早く帰ろう」
「あ?」
「ジルさんを助けるんでしょ?」
リーンはカインを見上げた。
「師匠が傷を綺麗にして、薬も飲ませた。でも高い熱が出てるから、この星露草が必要なの」
そして笑った。
「これで薬を作れば、きっと大丈夫!」
「……そうだな」
カインの顔にも僅かに笑みが戻る。
「師匠はすごい薬術師なんだよ」
「まあ、腕はすげぇな。愛想は最悪だけど」
「でしょ?」
「そこは否定しねぇのかよ」
リーンがくすくす笑った。
「わたしもね、前は師匠って人が嫌いなんだと思ってたの」
「へぇ」
「ずっと旅ばっかりしてたし、人の多いところも嫌がるし」
リーン自身、ローウェンが突然リーフェ村で店を開くと言った時には驚いた。
けれど五年間、村で暮らして分かった。
「困ってる人がいると、文句ばっかり言うくせに絶対助けるの」
「今日もそうだったな」
「うん」
リーンは嬉しそうに笑う。
「だからね、師匠は人が嫌いなんじゃなくて、人と仲良くするのが苦手なだけなんだと思う」
「今も十分愛想悪いけどな」
「でも優しいよ」
迷いなく言い切るリーンを見て、カインが笑った。
「そっか」
そして自然に、その小さな頭へ手を置いた。
ぽんぽん。
「お前も頑張れよ。いい薬術師になれるといいな」
「うん! 師匠みたいな優秀な薬術師になるのが目標なの!」
「よし」
カインが周囲を見回す。
「だったら、ちょっとばかし我慢しろ」
「……え?」
嫌な予感がした。
「《ウインド・ウォーク》」
「え?」
ふわり、と身体が浮く。
「え、ちょ、カインさ――」
カインはリーンを片腕で抱え上げると、一気に地面を蹴った。
「ええええええええぇぇぇ――!?」
夜の森に、リーンの悲鳴が響き渡った。
◇
二人が予想以上に早く戻ったおかげで、星露草の薬は間に合った。
ジルはその夜、無事に峠を越えた。
ただし、無事ではなかった者が一人いる。
「…………」
「リーン?」
「…………」
「なあ」
「…………カインさんなんか嫌い」
「なんでだよ!?」
命を救うために大真面目だったカインには、しばらくその理由が理解できなかった。
◇ ◇
それから二週間ほど経った頃。
「ハハハハハ! リーン、そろそろ許してやってくれないか?」
豪快な笑い声が店内に響く。
エールを片手に笑っているのは、二週間前まで生死の境を彷徨っていたジルだ。
「駄目!」
リーンはぷくっと頬を膨らませた。
「それよりジル! 飲みすぎ! まだ完全に治ったわけじゃないんだから!」
「固いこと言うなって!」
「駄目なものは駄目!」
「十二歳に酒を取り上げられるリーダーってどうなのよ……」
セレナが呆れながらも笑っている。
「しかしリーンの言う通りだぞ」
ダレスが真面目な顔で頷いた。
「お前はもう少し自分の身体を大切にしろ」
「お前まで言うかぁ?」
すっかり賑やかになった店内。
「ったく。俺を待ってる王都の女たちは、今頃寂しくて泣いてるだろうなぁ」
カインが髪を掻き上げた。
リーンが冷たい目を向ける。
「……何それ」
「俺が二週間もいねぇんだぞ? そりゃ泣くだろ」
「なんで?」
「なんでって……俺がモテるから?」
「自分で言うんだ」
「事実だからな」
「カインって女たらしなのね」
「お前、十二歳のくせに妙な言葉知ってんな!?」
「師匠が言ってた」
「じーさん!!」
少し離れたところで薬を整理していたローウェンは完全に無視した。
「そもそも俺に惚れる女はな、みーんなこう……」
カインが両手で胸元に大げさな膨らみを作る。
「胸がバーン! って感じの――」
リーンの目がさらに冷たくなる。
「……それって、カインが胸の大きい女の人が好きなだけじゃないの?」
一瞬の沈黙。
「ぶっ……!」
ジルが吹き出した。
「ちょ、リーンちゃん!」
セレナが口元を押さえる。
ダレスは必死に顔を逸らしている。
「なっ……!」
十二歳に正論を突き刺されたカインの頬が引きつった。
「お、お前みたいなガキには、まだ俺の魅力は分かんねぇんだよ!」
「別に分かりたくないもん」
「ほら! ペタンコだしな!」
「…………」
リーンが自分の胸元を見る。
もう一度カインを見る。
意味を理解するまで、数秒。
みるみる顔が赤くなった。
「~~~~っ!!」
「ははっ」
「大きくなるもん!!」
リーンの絶叫が店中に響いた。
「この変態! バッカイン!!」
一瞬の静寂。
「……バッカイン?」
ジルが呟く。
そして、
「ハッハッハッハッハ!!」
「やだ、リーンちゃん最高!」
「バッ……バッカイン……!」
「ダレス! 笑うな!」
「いや……すまん……!」
店中が爆笑に包まれる。
「なんだよバッカインって!」
「バカなカインだからバッカイン!」
「そのままじゃねぇか!」
「バッカイン!」
「言うな!」
それからというもの。
カインがリーンをからかえば、
「バッカイン!」
リーンが怒る。
カインが言い返す。
ジルたちが笑う。
いつしかそれが、当たり前の日常になっていた。
少し離れたところで薬草を整理していたローウェンも、ほんの僅かに目を細めて、その光景を眺めている。
その時、どこからともなく優しい風が吹き抜けた。
吊るされた薬草が、さらさらと揺れる。
リーンだけがふと顔を上げた。
「……?」
けれど次の瞬間には、またカインとの言い合いに戻っていた。
◇ ◇
それから五日後。
とうとう、四人が王都へ戻る日がやってきた。
「いやぁ、長居しちまったな!」
すっかり元気を取り戻したジルが、いつもの豪快な笑みを浮かべる。
「世話になったよ、ローウェン。リーン」
「やっと静かになる」
ローウェンはいつも通り素っ気ない。
「お前らときたら、よく毎日あれだけ騒げるもんだ」
「そう言うなって。また来るからよ。それまでくたばるなよ?」
ジルがニヤリと笑う。
ローウェンは鼻を鳴らした。
「この青二才が」
「あぁ~! 本当に名残惜しい!」
セレナはリーンをぎゅうっと抱き締める。
「可愛いリーンちゃんと離れたくない~!」
「セ、セレナ、苦しい……!」
「どう見てもお前が遊ばれてる側だったけどな」
カインが笑う。
「うるさい!」
「リーン」
ダレスがしゃがみ込んだ。
大きな手が、優しくリーンの頭を撫でる。
「本当に世話になった」
「ううん」
「帰ったら、妻にも話すよ。ここにすごい薬術師の卵がいたって」
「えへへ」
「うちの子も、リーンみたいな優しい子になってくれるといいな」
「赤ちゃん、生まれたら教えてね!」
「ああ。約束だ」
リーンは笑った。
ちゃんと笑えていた。
「じゃあな、リーン」
ジルも、わしゃわしゃとリーンの頭を撫でる。
「ありがとう。お前とローウェンのおかげで命拾いした」
「うん!」
「次に会う時には、立派な薬術師になってるか?」
「もちろん!」
「楽しみにしてるよ」
四人が歩き出す。
「またねー!」
リーンは大きく手を振った。
セレナも何度も振り返って手を振っている。
ダレスも。
ジルも。
そして少し歩いたところで、カインがくるりと振り返った。
ニヤッと笑う。
「じゃあな、ペタンコ!」
「…………」
いつもなら、すぐに言い返せたはずだった。
――バッカイン!
そう叫べば、みんなが笑う。
なのに。
「…………あれ?」
ぽたり。
足元に、小さな雫が落ちた。
リーンは目を瞬かせる。
もう一粒。
ぽたり。
「……なんで……」
胸の奥が、ぎゅうっと痛くなる。
昨日まで当たり前に聞こえていた笑い声が。
明日からは、もう聞こえない。
セレナに抱き締められることも。
ダレスと赤ちゃんの話をすることも。
ジルに頭を撫でられることも。
カインとくだらない喧嘩をすることも。
ない。
「……やだ」
初めて分かった。
人と出会って
仲良くなって
そして別れることが、
こんなにも――寂しい。
「ジルっ!」
四人の足が止まる。
「カイン! セレナ! ダレス!」
リーンは走った。
そのまま四人へ飛び込む。
「おっと!」
ジルが受け止める。
「リーンちゃん……?」
「また……っ、また会える?」
涙が次々と溢れた。
「また絶対、来てね……!」
服を握り締める。
「その時までに……わたし、もっと勉強するから……っ。立派な薬術師になるから!」
四人が顔を見合わせる。
やがてジルが、いつもの豪快な笑顔を浮かべた。
「ああ!」
大きな手がリーンの頭へ置かれる。
「約束だ」
「……っ」
「お前はもう、うちの家族みたいなもんだからな」
ジルがローウェンを見る。
「もちろん、あの愛想の悪いじーさんもな!」
遠くからローウェンの眉間に皺が寄った。
「誰がじーさんだ」
その声に四人が笑う。
リーンも、泣きながら笑った。
「……うん!」
セレナがもう一度リーンを抱き締める。
ダレスが頭を撫でる。
ジルが笑う。
最後にカインが、リーンの額を軽く小突いた。
「次に会う時までに、ちょっとは大きくなっとけよ」
「……っ」
リーンは涙を拭った。
そして、
「バッカイン!!」
「おう。それでこそリーンだ」
四人は笑った。
「またな!」
「またね、リーンちゃん!」
「元気でな!」
「じゃあな、ちび!」
「ちびも禁止ー!」
今度こそ、四人は歩いていった。
リーンは手を振り続けた。
姿が小さくなって。
やがて、完全に見えなくなるまで。
ずっと。
気づけば、隣にはローウェンが立っていた。
「……師匠」
「だから人と関わるのは面倒なんだ」
「……師匠も寂しいの?」
「馬鹿言え」
ローウェンは踵を返した。
「薬を作るぞ。手伝え」
「……うん」
リーンも後を追おうとして――
ふと振り返った。
ローウェンも、一度だけ、四人が消えていった道へ目を向けていた。
ほんの一瞬だった。
すぐにいつもの仏頂面に戻って、店へ入っていく。
リーンは目元を擦った。
そして、小さく笑う。
――やっぱり
師匠は、人が嫌いなんかじゃない。
◇ ◇ ◇
この時、彼らはまだ名の知れた冒険者ではなかった。
Aランク昇格を目前にした、若いBランクパーティ。
後に彼らは、レッドウルフ討伐の功績と、リーダーであるジルの燃えるような紅髪から――
《紅狼の牙》
そう呼ばれるようになる。
やがてレイガルド中にその名を轟かせ、最高位であるSランクへと駆け上がっていく四人。
けれど。
リーンにとって彼らは、そんな肩書きを得るずっと前から――。
大切な人たちだった。
◇
「……ふふ」
馬車の窓に映った自分を見て、リーンは小さく笑った。
「変わってないなぁ」
七年。
長いようで、あっという間だった。
それでも――また会えた
十二歳の自分が泣きながら交わした約束は、ちゃんと叶ったのだ。
リーンはもう一度、遠ざかっていく王都の街並みへ目を向けた。
――そういえば、ダレスの赤ちゃん。もう七歳になっているはずだ。いつか会わせてもらえる日が来るだろうか
そんなことを考えながら、リーンは静かに目を閉じた。
このリーンとカインのやり取りを出したくて、ウズウズしてました(笑)
想いが強すぎて、長くなってしまいました。
次のお話ですが、すみません、ちょっとお時間ください。
すみません、本業が休めず…
お盆ってなんでしょうね?ソレ、オイシイノ?
5日以内に次、あげれるよう頑張ります!




