ep.16 薬草園
新たな出会いの回です。
薬草園と聞いてから、胸の奥にあった重苦しさが少しずつ薄らいでいくのを感じた。
(我ながら現金かも……ハハ)
リーフェ村では本の中でしか見たことのない薬草を、この目で見られる。
そう思うだけで、期待と胸の高鳴りを抑えきれなかった。
少し前を歩くアイリスの後についていくと、ほどなくして屋敷の東側にある緑豊かな一角へと辿り着く。美しく手入れされた庭園を抜けた先には、まるで森のように木々が生い茂る景色が広がっていた。その木々を背に、ひときわ大きなガラス張りの温室が静かに佇んでいる。まるで別世界へ足を踏み入れたような、不思議な感覚だった。
「わぁ!!」
思わず声を漏らす。
その声に反応したのは、温室の横で剪定作業をしていた一人の老人と、一人の少年だった。
二人は手を止め、こちらへ歩み寄ると丁寧に頭を下げる。
それを見たアイリスが、リーンへ紹介した。
「リーン様、こちらはガーディナス家の庭師、バルト老。そして孫のニコルです」
「初めまして。リーフェ村で薬術師をしております、リーンと申します。しばらくこちらでお世話になります。よろしくお願いいたします」
「これはこれは、ご丁寧に。ワシはバルト・ハーウェルと申します。こちらは孫のニコルです。よろしくお願い──」
「先生! 薬草教えてください!」
「この、バカもんっ!!」
――ゴンッ!
バルトの拳が、ニコルの頭へ見事に落ちた。
(ひぇぇ……痛そう……)
「いってぇーー!! ひどいよ、じぃちゃん!」
よほど痛かったのだろう。ニコルは涙目になりながら頭を押さえ、バルトへ抗議する。
「お前が悪い! リーン様、誠に申し訳ございません。まだ教育中ゆえ、甘やかしてしまったようです。どうかご容赦ください」
姿勢を正したまま深々と頭を下げるバルトを見て、慌てたのはリーンだった。
「あ、あの! 大丈夫です、気にしていません。それに私は平民ですし、もっと気楽に接してください。王都の薬草にはとても興味があるので、色々見せていただけると嬉しいです」
「バルじぃ。昨夜お伝えした通り、リーン様はレオン様の大切なお客様ですから」
「あぁ、分かっておるとも。じゃが……優しい方で安心した。リーン様、これからもレオン坊……いや、レオン様をよろしくお願いいたします」
「えっ!? い、いや、お世話になっているのは私のほうなので!」
慌てて首を横に振るリーンを見て、ニコルが申し訳なさそうに頭を下げた。
「すみません……。僕、昔、薬術師の方に助けてもらったことがあって、それからずっと憧れていたんです。つい興奮してしまいました。失礼しました! アイリス様も申し訳ありません!」
「そういうことだったんですね」
リーンは柔らかく微笑む。
「私で教えられることがあれば、お伝えしますよ。私も薬術師に憧れて、この道を選びましたから。その気持ちはよく分かります」
「リーン様、本当によろしいのですか? 大切な知識では……」
「いいんです」
リーンは穏やかに微笑んだ。
「師匠も言っていました。『知識を得ようとするのは良いことだ。症状ではなく、人を診ろ。』
それに──『教えたところで、身につくかどうかは本人次第だ。』って」
そう言って苦笑するリーンに、バルトは静かに目を細めた。
「そうでしたか……。素晴らしい師匠ですね。ではレオン様にも話を通しておきます。リーン様は先ほどお伝えした通り、ご自由にお過ごしください。」
「アイリス様、ありがとうございます!」
その一言は、リーンの胸をじんわりと温めた。
「ではまず、温室をご案内しましょう。バルじぃ、よろしいですか?」
「もちろんです。ワシよりニコルのほうが詳しいので、案内させましょう。ニコル、頼むぞ。」
「はい!リーン様、こちらへどうぞ!」
「お願いします!」
今度こそ、リーンは弾むような足取りでニコルの後についていく。
その後ろ姿は、小動物が森を駆け回るように愛らしかった。
(……不思議な方。レオン様の氷のような心が溶け始めるわけですね)
アイリスは小さく微笑み、二人の後をゆっくりと追いかけた。
――この出会いこそが、のちに王都一と称される薬術師「ニコル」誕生の始まりだった。
もっとも、その物語が語られるのは、まだずっと先のことである。
ガーディナス家での出会い、新たな縁によってリーンの道がひらいていきます。次は本日の21時に。
宜しくお願いします(*^^*)




