ep.15 師匠からの手紙
朝食を終えたリーンは、アイリスに案内されながら屋敷の廊下を歩いていた。
昨夜は緊張して気づかなかったが、朝の屋敷はまた違う表情を見せている。
窓から差し込む柔らかな光。廊下を磨く使用人たち。遠くから聞こえる庭師たちの声。
公爵家でありながら、どこか穏やかな空気が流れていた。
「こちらでございます」
アイリスが一枚の重厚な扉の前で足を止める。
―コン、コン。
「レオン様、リーン様をお連れいたしました」
「入れ」
低く落ち着いた声が返る。
アイリスが扉を開くと、中ではレオンハルトとアルヴィンが待っていた。
「おはようございます!」
リーンは慌てて頭を下げる。
「おはようございます、リーンさん」
アルヴィンがいつもの穏やかな笑みを浮かべる。
「昨夜は眠れましたか?」
「はい! びっくりするくらいぐっすりでした」
「それは何よりです」
レオンハルトも静かに頷く。
「座ってくれ」
勧められるままソファへ腰を下ろすと、アイリスがお茶を淹れ始めた。流れるような所作に思わず見入ってしまう。
(すごい……みんな動きが綺麗)
そんなリーンの様子を見て、アルヴィンは小さく笑った。
「まずはこちらを」
そう言って、一通の封筒を差し出した。
見覚えのある、少し癖のある字。
『リーンへ』
「師匠!」
思わず声が弾む。
「昨日、ローウェン殿から届きました。私が預かってまいりました」
リーンは両手で大切そうに封筒を受け取る。
封を開いた瞬間、ふわりと薬草の優しい香りが漂った。
「……」
懐かしい香り。胸の奥がじんわり温かくなる。
ゆっくりと便箋を広げた。
―リーンへ
元気そうで何よりだ。
こちらは心配しなくていい。村の連中も元気にしている。王都では気を張ることも多いだろう。無理だけはするな。
困ったことがあれば、いつでも帰ってこい。
それと――
『風はいつでも、お前の味方だ』
最後の一文を見た瞬間。
リーンは思わず笑みをこぼした。
(師匠……)
これはシルフィーのことだ。他の人には意味が分からない。
けれどリーンには十分伝わった。
「安心したか?」
レオンハルトが静かに尋ねる。
「はい」
リーンは嬉しそうに頷いた。
「師匠らしい手紙でした」
その笑顔を見て、アルヴィンもほっとしたように微笑む。
「では、本題に入りましょう」
空気が少しだけ引き締まる。
「まず、リーンさんの立場についてご説明します」
リーンも姿勢を正した。
「王都では現在、一部の薬術院から根拠のない疑いを掛けられています。ですが、王太子殿下のご裁定により、しばらくはガーディナス公爵家で保護することとなりました」
「はい」
「そのため表向きには――」
アルヴィンは少し苦笑する。
「レオンがあなたを監視している、ということになっています」
「やっぱり……」
リーンは苦笑した。
だが次の言葉は予想外だった。
「ですが、それは建前です」
「建前……ですか?」
「ええ。本当の目的は、あなたを守ることです」
リーンは目を瞬かせる。
レオンハルトが静かに続けた。
「屋敷の中では自由に過ごしていい。薬術の研究も調合も好きにしろ。必要な物があれば遠慮なく言え」
「……え?」
リーンは思わず聞き返してしまった。
「本当に……いいんですか?」
「ああ。君が薬術師であることまで奪うつもりはない」
短い言葉だった。だが、その一言には十分すぎるほどの誠意が感じられた。
リーンはこみ上げてくる涙をこらえながら、自然と頭を下げる。
「ありがとうございますっ」
するとアルヴィンが思い出したように言う。
「ああ、そうそう。この屋敷には薬草園がありますよ」
一瞬、部屋が静まり返る。
「……え?」
リーンの瞳がみるみる輝く。
「薬草園があるんですか!?」
「ええ。それもかなり立派なものですよ」
「見たいです!」
勢いよく立ち上がってしまい、慌てて座り直す。
「あ……すみません」
アルヴィンが吹き出した。
「ふふっ。そんなに嬉しいですか?」
「もちろんです! 王都の薬草なんて見たことありません!」
その無邪気な反応に、レオンハルトの口元がわずかに緩んだ。
それに気付いたのは、アルヴィンだけだった。彼は小さく笑みを浮かべる。
「それでは。アイリス」
「はい」
「リーンさんを薬草園へ案内して差し上げてください」
「かしこまりました」
リーンは立ち上がると、嬉しそうにアイリスを見た。
「よろしくお願いします!」
「こちらこそ」
そうして二人は執務室を後にする。
扉が閉まる音を背に、リーンの足取りは弾んでいた。薬草園と聞いただけで、こんなにも心が軽くなる。
自分でも、少し可笑しかった。
次は明日の7時に更新します!
お楽しみにお待ちください




