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薬術師リーンは騎士団長の監視対象です ~隣国のスパイ容疑をかけられましたが、なぜか最強騎士に囲われています~  作者: 空乃葉
第一部/第2章 王都の波紋

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ep.12 馬車の中

二人きりの馬車の中 恋愛度・・・10/100?

―ガラガラ……


馬車が石畳をゆっくりと進んでいく。

薄く開いたカーテンの隙間から見えたのは、どこまでも続く賑やかな街並みだった。


軒先には色鮮やかな果物や布を並べる露店。剣を腰に下げた冒険者たち。花を抱えて笑顔で歩く少女。

村では見たこともないほど多くの人が行き交い、王都は活気に満ちあふれていた。


(……すごい)


思わず息を呑む。


(話には聞いていたけど、本当にこんなに大きな街だったんだ)


前世で修学旅行に訪れた京都。

人の多さや歴史ある街並みに胸を躍らせた、あの頃を思い出す。


けれど――


(どうして私は、こんな景色を見ているんだろう)


ガーディナス公爵家、王国でも指折りの名門。

本来なら、一介の村娘が縁を持つことなど決してない場所だ。


(……やっぱり、疑われてるのかな)


自然と視線が斜め向かいへ向く。腕を組み、静かに目を閉じているレオンハルト。

眠っているようにも見える。けれど、呼吸も姿勢もまったく隙がない。


(寝てる……わけじゃないよね)


話しかけてもいいのだろうか。迷っているうちに、また馬車の揺れだけが静かに続いた。


ガラガラ……


やがて意を決したように、リーンは口を開く。


「あ、あの……ガーディナス様」


「……なんだ」


短い返事。

その声に少し安心する。


「お城では助けていただいて、本当にありがとうございました」


リーンは胸の前で手を握る。


「あのまま薬術院へ連れて行かれていたら……と思うと、少し怖くて」


レオンハルトは黙って耳を傾けていた。


「それと……もし長くお世話になるようでしたら、師匠に事情を説明したいんです。師匠、きっと心配していると思うので」


「ああ」


レオンハルトは静かに頷く。


「その件はこちらで手配する。アルヴィンに任せれば問題ない」


リーンはほっと胸を撫で下ろした。


「ありがとうございます」


「今日は君も疲れている。詳しい話は明日にしよう」


「はい」


その一言だけで、不思議と肩の力が抜けた。


(やっぱり……優しい人なんだ)


リーンは窓へ目を向ける。


(でも)


薬術院。あの壮年の薬術師。そして――翠色のローブ。


(どうして、あの薬術院のローブだけが気になるんだろう)


胸の奥がざわつく。見覚えなんてない。それなのに……


(まるで……忘れてしまった何かを思い出しそうな)


リーンは小さく首を振った。


(考えすぎ、だよね。私の今世……なんだかハードモードすぎない?)


その時だった。


「……リーン殿」


「っえ? は、はい!」


考え込んでいたリーンは、慌てて顔を上げた。


「大丈夫か」


レオンハルトはリーンを見つめたまま、静かに続ける。


「思い詰めた酷い顔をしていた」


「あ……」


そんなに顔に出てしまっていたのだろうか。リーンは照れ隠しのように笑う。


「大丈夫です。ちょっと考え事をしていたら、勝手に悪い想像をしてしまって」


そう答えながらも、ふと思い付いたように姿勢を正した。


「それはそうとして、一つ宜しいでしょうか」


「……なんだ」


「気遣ってくださったことには感謝します。でも――」


リーンは人差し指を立てる。


「女性に『酷い顔』は禁句ですよ」


レオンハルトはわずかに目を瞬かせた。


「……」


「普通の女性なら傷付きます」


「……君も傷付いたか?」


「安心してください!」


リーンは胸を張る。


「私は普通の女性より、しぶとさには自信があります!」


胸を張って言い切る姿に、レオンハルトの口元がわずかに緩んだ。


「……ふっ」


「え?」


「いや……悪い。そんな返しをする者は初めてだった」


「笑うところでした?」


「いや」


少しだけ間を置いて、


「……覚えておく」


リーンの表情がぱっと明るくなる。


「ぜひお願いします!」


その笑顔を見ていると、不思議と肩の力が抜ける。レオンハルト自身、その理由はまだ分からなかった。

しばらく馬車の中には穏やかな静寂が流れた。


やがてレオンハルトが口を開く。


「そういえば、まだ名乗っていなかったな」


リーンは顔を上げる。


「俺はレオンハルト・ガーディナス。黒曜騎士団団長を務めている」


「存じています」


リーンはぺこりと頭を下げた。


「私はリーフェ村で師匠と薬術師をしておりますリーンです。平民ですので、どうぞリーンとお呼びください」


「分かった」


レオンハルトは静かに頷く。


「では…俺のこともレオンハルトと呼んでくれ」


「っえ!?」


リーンは思わず身を引いた。


「む、無理です!だって……恐れ多すぎます!」


真剣な表情で首を横に振るリーン。

その様子を見つめていたレオンハルトは、小さく息をついた。


「……そうか。なら、今はそのままでいい」


リーンは心の中で大きく安堵した。


(助かったぁ……)


そんな百面相のように表情を変えるリーンを見て、レオンハルトの表情はまた少しだけ柔らかくなる。

もちろん、その変化に本人は気付いていなかった。


やがて馬車がゆっくりと速度を落とし、重厚な鉄門の前で止まった。


窓の外に目を向けたリーンは、小さく息をのむ。


「……大きい」


思わず漏れた声に、向かいへ座るレオンハルトが静かに視線を向けた。


門の向こうには、美しく手入れされた広大な庭園が広がっている。

色とりどりの花々が咲き誇り、その先には白亜の石造りの壮麗な屋敷が堂々と建っていた。


まるで王城にも劣らない威厳だった。


(これが……公爵家)

リーンは思わず背筋を伸ばす。


馬車が正面玄関へ横付けされると、扉がゆっくりと開いた。


すると、整然と並んだ使用人たちが、一斉に頭を下げる。


「「「お帰りなさいませ、レオンハルト様」」」


揃った声が屋敷の前に響く。


(ひぃぃぃ……)


その光景を前に、リーンの心臓は再び大きく鳴り始めていた。


(こんなの聞いてないよ……!)


読んでいただき、ありがとうございます。

リーンのひた向きな性格に、少し癒される氷の騎士団長様を出したかった回でした。

引き続き、楽しみにお待ちいただけますと幸いです。


贅沢を言えば、いいねボタンなど押していただけると嬉しいです。

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