ep.12 馬車の中
二人きりの馬車の中 恋愛度・・・10/100?
―ガラガラ……
馬車が石畳をゆっくりと進んでいく。
薄く開いたカーテンの隙間から見えたのは、どこまでも続く賑やかな街並みだった。
軒先には色鮮やかな果物や布を並べる露店。剣を腰に下げた冒険者たち。花を抱えて笑顔で歩く少女。
村では見たこともないほど多くの人が行き交い、王都は活気に満ちあふれていた。
(……すごい)
思わず息を呑む。
(話には聞いていたけど、本当にこんなに大きな街だったんだ)
前世で修学旅行に訪れた京都。
人の多さや歴史ある街並みに胸を躍らせた、あの頃を思い出す。
けれど――
(どうして私は、こんな景色を見ているんだろう)
ガーディナス公爵家、王国でも指折りの名門。
本来なら、一介の村娘が縁を持つことなど決してない場所だ。
(……やっぱり、疑われてるのかな)
自然と視線が斜め向かいへ向く。腕を組み、静かに目を閉じているレオンハルト。
眠っているようにも見える。けれど、呼吸も姿勢もまったく隙がない。
(寝てる……わけじゃないよね)
話しかけてもいいのだろうか。迷っているうちに、また馬車の揺れだけが静かに続いた。
ガラガラ……
やがて意を決したように、リーンは口を開く。
「あ、あの……ガーディナス様」
「……なんだ」
短い返事。
その声に少し安心する。
「お城では助けていただいて、本当にありがとうございました」
リーンは胸の前で手を握る。
「あのまま薬術院へ連れて行かれていたら……と思うと、少し怖くて」
レオンハルトは黙って耳を傾けていた。
「それと……もし長くお世話になるようでしたら、師匠に事情を説明したいんです。師匠、きっと心配していると思うので」
「ああ」
レオンハルトは静かに頷く。
「その件はこちらで手配する。アルヴィンに任せれば問題ない」
リーンはほっと胸を撫で下ろした。
「ありがとうございます」
「今日は君も疲れている。詳しい話は明日にしよう」
「はい」
その一言だけで、不思議と肩の力が抜けた。
(やっぱり……優しい人なんだ)
リーンは窓へ目を向ける。
(でも)
薬術院。あの壮年の薬術師。そして――翠色のローブ。
(どうして、あの薬術院のローブだけが気になるんだろう)
胸の奥がざわつく。見覚えなんてない。それなのに……
(まるで……忘れてしまった何かを思い出しそうな)
リーンは小さく首を振った。
(考えすぎ、だよね。私の今世……なんだかハードモードすぎない?)
その時だった。
「……リーン殿」
「っえ? は、はい!」
考え込んでいたリーンは、慌てて顔を上げた。
「大丈夫か」
レオンハルトはリーンを見つめたまま、静かに続ける。
「思い詰めた酷い顔をしていた」
「あ……」
そんなに顔に出てしまっていたのだろうか。リーンは照れ隠しのように笑う。
「大丈夫です。ちょっと考え事をしていたら、勝手に悪い想像をしてしまって」
そう答えながらも、ふと思い付いたように姿勢を正した。
「それはそうとして、一つ宜しいでしょうか」
「……なんだ」
「気遣ってくださったことには感謝します。でも――」
リーンは人差し指を立てる。
「女性に『酷い顔』は禁句ですよ」
レオンハルトはわずかに目を瞬かせた。
「……」
「普通の女性なら傷付きます」
「……君も傷付いたか?」
「安心してください!」
リーンは胸を張る。
「私は普通の女性より、しぶとさには自信があります!」
胸を張って言い切る姿に、レオンハルトの口元がわずかに緩んだ。
「……ふっ」
「え?」
「いや……悪い。そんな返しをする者は初めてだった」
「笑うところでした?」
「いや」
少しだけ間を置いて、
「……覚えておく」
リーンの表情がぱっと明るくなる。
「ぜひお願いします!」
その笑顔を見ていると、不思議と肩の力が抜ける。レオンハルト自身、その理由はまだ分からなかった。
しばらく馬車の中には穏やかな静寂が流れた。
やがてレオンハルトが口を開く。
「そういえば、まだ名乗っていなかったな」
リーンは顔を上げる。
「俺はレオンハルト・ガーディナス。黒曜騎士団団長を務めている」
「存じています」
リーンはぺこりと頭を下げた。
「私はリーフェ村で師匠と薬術師をしておりますリーンです。平民ですので、どうぞリーンとお呼びください」
「分かった」
レオンハルトは静かに頷く。
「では…俺のこともレオンハルトと呼んでくれ」
「っえ!?」
リーンは思わず身を引いた。
「む、無理です!だって……恐れ多すぎます!」
真剣な表情で首を横に振るリーン。
その様子を見つめていたレオンハルトは、小さく息をついた。
「……そうか。なら、今はそのままでいい」
リーンは心の中で大きく安堵した。
(助かったぁ……)
そんな百面相のように表情を変えるリーンを見て、レオンハルトの表情はまた少しだけ柔らかくなる。
もちろん、その変化に本人は気付いていなかった。
やがて馬車がゆっくりと速度を落とし、重厚な鉄門の前で止まった。
窓の外に目を向けたリーンは、小さく息をのむ。
「……大きい」
思わず漏れた声に、向かいへ座るレオンハルトが静かに視線を向けた。
門の向こうには、美しく手入れされた広大な庭園が広がっている。
色とりどりの花々が咲き誇り、その先には白亜の石造りの壮麗な屋敷が堂々と建っていた。
まるで王城にも劣らない威厳だった。
(これが……公爵家)
リーンは思わず背筋を伸ばす。
馬車が正面玄関へ横付けされると、扉がゆっくりと開いた。
すると、整然と並んだ使用人たちが、一斉に頭を下げる。
「「「お帰りなさいませ、レオンハルト様」」」
揃った声が屋敷の前に響く。
(ひぃぃぃ……)
その光景を前に、リーンの心臓は再び大きく鳴り始めていた。
(こんなの聞いてないよ……!)
読んでいただき、ありがとうございます。
リーンのひた向きな性格に、少し癒される氷の騎士団長様を出したかった回でした。
引き続き、楽しみにお待ちいただけますと幸いです。
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