ep.10 騎士団長の決断
何とか間に合いました!
そして、熊本の地震被害にあわれた皆様につきましては、心よりお見舞い申し上げます。
医務室の扉が静かに開いた。
入ってきたのは、翠樹薬術院の薬術師二人。
一人は三十代ほどの青年。
もう一人は白髪混じりの壮年だった。
青年はレオンへ一礼する。
「団長、お目覚めとの知らせを受け、診察に参りました」
対照的に壮年の薬術師は、レオンよりも先にリーンへ視線を向けた。その目には、値踏みするような色が浮かんでいる。
「始めてくれ」
レオンが短く告げる。
青年薬術師は胸元へ手をかざした。
淡い緑色の魔法陣が広がり、ゆっくりとレオンを包み込む。
静かな光が消えた。
「……これは」
青年薬術師が息を呑む。
何度も魔法陣を確認し、信じられないというようにレオンを見る。
「驚きました……魔力循環は正常域まで回復しています。傷の治癒も極めて良好です」
青年は驚きを隠せないまま続けた。
「報告書の状態から考えれば……奇跡と言って差し支えありません」
アルヴィンも報告書へ目を落とす。
「やはり、そこまでですか」
「ええ」
青年薬術師は素直に頷いた。
「団長ほどの魔力量を持つ方だからこそ助かったのでしょう。ですが――」
視線がリーンへ向く。
「ここまで回復させた技術は、本当に見事です。正直、私は感服しました。」
リーンは慌てて首を振る。
「そ、そんな……私はできることをしただけです」
青年薬術師は穏やかに微笑む。
「その"できること"が容易ではありません」
「薬術院でも同じ治療ができる者は多くありませんから」
その言葉を遮るように、壮年の薬術師が鼻を鳴らした。
「甘い」
部屋の空気が変わる。
「地方の薬術師が扱える技術ではない」
リーンが困ったように顔を上げる。
「……え?」
「その症状を知っていたからこそ、治療できたのではないのか」
青年薬術師が慌てて口を開く。
「先生、それは――」
「黙りなさい」
壮年の薬術師が一喝すると、青年は言葉を飲み込んだ。何か言いたげに口を開きかけ――結局、そのまま視線を伏せる。
壮年の薬術師はリーンから目を逸らさない。
「答えなさい。君は、この症状を以前から知っていたのではないか」
リーンは静かに首を横へ振る。
「知りません」
「では何故治療できた」
「診たからです」
壮年の薬術師が眉をひそめる。
リーンは真っ直ぐ相手を見た。
「傷を診て、魔力の流れを診て、その場で一番助かる方法を師と一緒に考えました。それだけです」
「馬鹿なっ」
壮年の薬術師は吐き捨てる。
「薬術とは経験と知識の積み重ねだ。その場の思いつきで人を救えるものではない。ある噂によると、隣国で似たような症状が出ていたらしい。隣国近くの村に住む君なら、何らかの方法でその元凶を知っていたのではないかね?」
アルヴィンが一歩前へ出た。
「現場は私が確認しております。夜を徹して治療を続けた痕跡も。彼女が命を救ったことは事実です。」
「それは君の感想だ、副団長」
壮年の薬術師は冷たく返す。
「薬術院としては、この娘に詳しく聞く必要がある」
青年薬術師は申し訳なさそうにリーンを見る。
「……じつは、院長であるエヴァルト卿も、この件に強い関心を示されています」
リーンの表情が曇る。
「院長様が……?」
「ええ」
「そのため、薬術院で事情を――」
「断る」
レオンハルトがきっぱりと発言した。
空気が張り詰めた、その時――
―コン、コン
医務室の扉が叩かれ、近衛騎士が静かに扉を開いて入ってきた。
「失礼します。王太子殿下がお越しです」
その一言で、医務室にいる全員が息をのんだ。
(えっ!!王太子殿下!どうしよう!)
思わぬ大物の登場に、一瞬で冷や汗をかくリーンだった。
程なくして、この国の象徴とも言える、世界樹の加護の証である翠色の髪と瞳を持つ王太子、カイエル・ヴァン・レイガルドが入室してきた。
アルヴィン、侍医、薬術師たちは一斉に胸元へ手を添え、頭を垂れた。
「尊き治世を司る、緑翠の王太子殿下に謹んでご挨拶申し上げます」
レオンも寝台から立ち上がろうとした、その瞬間――
「あぁ、いいから」
穏やかな声が遮り、レオンハルトの動きを手で制した。
「病人は大人しくしていろ」
レオンは片眉をあげながらも胸元へ手を添え、軽く頭を下げた。
「……このような出で立ちで申し訳ございません、殿下」
カイエルは肩をすくめる。
「傷口が開いたら、せっかく助けてくれた薬術師達、特にリーン殿に申し訳が立たないだろう」
「えっ、わ、私ですか?」
突然、自分の名前を呼ばれて驚くリーン。
「君がリーン殿だね」
にこやかにリーンと目を合わせながら、カイエルが声をかけた。
その後、カイエルが全員を見渡して言った。
「話は廊下まで聞こえていた」
壮年薬術師が頭を下げる。
「発言を、お許しください殿下。この娘には不審な点が――」
「しかし、団長の快癒にはリーン殿の、助力が必要でした!間違いなく、腕を持ってる方です」
遮るように青年薬術師は発言し、壮年薬術師から睨まれていた。
(同じ組織と言えど、1枚岩じゃないのかも。睨まれちゃって大丈夫かな、あの人)
自分が疑われてるのに、人の事を心配するリーンはある意味、大物だった。
カイエルは静かに頷く。
「発言を許した覚えはないがね。まぁ、今回は非公式だから不問にしよう。双方の話しは理解した」
にこやかな笑みでありながら、その翠色の瞳の奥は冷え冷えとした空気が漂っていた。
カイエルの発言を聞いた瞬間、薬術師の2人の顔がみるみる青ざめていく。
(ひえぇ〜! 絶対怒ってるよね!? 私、ちゃんと挨拶できてた!? 師匠〜っ!)
自分が言われたわけでないのに、再び、全身から冷や汗が流れているような感覚がしたリーンだった。
そんな脳内パニックになっていることなど、周りは気にする余裕などもなく、カイエルの声に気が集まっていた。
「ならば、こうしよう」
カイエルは静かにレオンを見据えた。
「レオンハルト」
「はっ」
「真実が明らかになるまで、彼女の身柄は君に預ける」
医務室に緊張が走る。
壮年の薬術師が思わず顔を上げた。
「殿下、それでは――」
カイエルは視線だけを向ける。
その一瞬で、壮年の薬術師は言葉を失った。
「私の裁定に異論があるのか」
「……いえ」
「ならば、この件は決まりだ」
静かな声だった。
だが、その場にいる誰も逆らえる者はいなかった。
「レオンハルト。彼女の安全は、お前に一任する。責任をもって保護せよ」
レオンは迷うことなく胸元へ手を添えた。
「承知いたしました」
カイエルは小さく頷くと、今度はリーンへ優しく視線を向ける。
「リーン殿」
「は、はいっ!」
急に名前を呼ばれたリーンは、慌てて返事をする。
「急な話で戸惑うだろう。だが、これは君を守るためでもある。しばらくの間、不自由をかけるが協力してほしい。」
その穏やかな口調に、リーンは少しだけ肩の力を抜いた。
「……はい」
小さく頷いた、その時だった。
レオンがリーンへ向き直る。
「リーン殿」
「はい?」
「準備が整い次第、俺の屋敷へ同行してもらう」
「……え?」
思考が止まる。
屋敷?
誰の?
まさか。
「俺の屋敷だ」
さらりと言われ、リーンの頭は真っ白になった。
(えっ……えっ!?)
(王都で有名な、あのガーディナス公爵家!?)
(む、無理無理無理っ!!)
「えぇぇぇぇぇっ!?」
リーンの悲鳴だけが、静まり返った医務室へ大きく響き渡った。
明日もアップ頑張ります!
上がらなかったら、「間に合わなかったか(生温かい目)」と思ってお待ちください。




