ep.8 目覚め
暗闇。
――ピチャン。
身体が、深い水底へ沈んでいく。
冷たい。
重い。
それでも、不思議と恐怖はなかった。
『頑張って』
遠くで、誰かが呼んでいる。
『もう大丈夫』
優しい声だった。
温かな手が、自分の手を包む。
(……誰だ)
顔は見えない。
けれど、その温もりだけは鮮明に残っていた。
一瞬だけ。
蒼金の瞳が、自分を見つめて微笑んだ気がした。
◇
「団長!」
レオンハルトはゆっくりと瞼を開いた。
視界いっぱいに広がる白い天井。
鼻先をくすぐる薬草の香り。
見慣れた黒曜騎士団専用医務室だった。
「五日ぶりのお目覚めですね」
傍らには、副団長アルヴィン・アステリオスが立っていた。
レオンはゆっくりと身体を起こす。
傷は……痛まない。驚くほど身体が軽かった。
「……薬術師は」
アルヴィンがわずかに目を見開く。
「そこを覚えておられたのですね」
「あぁ」
レオンは額へ手を当てた。
「去れと言ったはずだ。だが、聞く耳を持たず治療を続けていた……そこまでは覚えている」
アルヴィンは小さく笑う。
「ええ。団長を助けたのはリーンさんと言う薬術師です。王都へ到着するまで、一睡もせず団長を診続けてくださいました」
レオンハルトは静かに目を閉じる。
「そうか」
短い返事。それだけだった。
アルヴィンは、その一言にわずかな間があったことに気づいたが、何も言わなかった。
「彼女は無事なのか」
「もちろん。現在も騎士団の控室で待機していただいております」
レオンハルトは小さく息を吐く。
「迷惑を掛けたな」
「いえ」
アルヴィンは苦笑した。
「迷惑を掛けられたのは私より侍医たちでしょう。団長が運ばれてきた時は、本当に肝が冷えました。」
「詳細は後で聞こう」
「はい」
アルヴィンの表情が少しだけ真剣になる。
「ただ、一つだけ。団長が眠られている間に、少々状況が変わりました。」
レオンハルトの表情が引き締まる。
「話せ」
「リーンさんに、あまり良くない噂が立ち始めています。」
「噂?」
「一部の薬術師が、『田舎者が知るはずのない知識を持っている』と妙な憶測を口にし始めているようです。」
レオンハルトは眉をひそめた。
「……くだらん」
「詳しい話は、団長ご本人にも聞いていただいた方が早いでしょう…ですが私は、彼女が敵とは思っておりません。」
レオンハルトは静かに頷いた。
「俺もだ。ガーディナスとしての勘にかけてもいい。」
その言葉に、アルヴィンは小さく笑みを浮かべる。
「安心しました。では、お呼びしてまいります」
アルヴィンは一礼し、部屋を出て行った。
静寂が戻った部屋の中で、レオンは無意識に右手を見る。
夢で感じた温もり。まだ、その感覚だけが残っていた。
――コンコン
扉の向こうから控えめなノックが響く。
「失礼します」
扉の向こうから聞き覚えのある声が聞こえた。
レオンハルトは静かに顔を上げた。




