第八話 悪女の微笑み
翌日。
アレクシスは鏡の前に立っていた。
映っているのは、自分ではない。
エレノアだ。
だが。
「……そうか」
初めて、その顔を見ても嫌悪感はなかった。
むしろ。
この顔で、二年間。
誰にも信じてもらえず、戦ってきたのかと思うと、胸が痛んだ。
「お嬢様」
侍女が入ってくる。
「本日は聖女様のお茶会に招待されております」
アレクシスは振り返った。
「私が?」
侍女は、少し困ったような顔をした。
「……はい。昨日の件がございましたので、お断りになるかと」
昨日。
セシリアが泣き、自分が悪者になった件だ。
つまり。
この招待は。
「そうか」
アレクシスは笑った。
「行こう」
侍女が目を丸くした。
◇ ◇ ◇
庭園には、すでに多くの令嬢たちが集まっていた。
その中心には、セシリア。
純白のドレス。
慈愛に満ちた微笑み。
誰もが彼女を見ていた。
そして。
アレクシスが現れた瞬間。
誰もが息を呑んだ。
「エレノア様……」
「また何か……」
ひそひそ声。
昨日までなら、アレクシスは気付かなかっただろう。
だが今は。
嫌というほど聞こえる。
これが。
エレノアの世界。
「エレノア様!」
セシリアが立ち上がった。
その笑顔は、完璧だった。
「来てくださったのですね!」
アレクシスは笑った。
できるだけ。
優しく。
「誘ってくれてありがとう」
一瞬。
セシリアの笑顔が止まった。
「……え?」
「昨日は悪かった」
周囲がざわつく。
「私が誤解していた」
セシリアは、まるで信じられないものを見るような顔をした。
「エレノア様……?」
「これからは仲良くしたい」
アレクシスは手を差し出した。
セシリアは、その手を見た。
笑顔のまま。
目だけが笑っていなかった。
「……もちろんです」
そう言って、彼女は手を握った。
冷たい手だった。
◇ ◇ ◇
お茶会は穏やかに進んだ。
少なくとも、周囲から見れば。
セシリアは優しい。
可憐だ。
誰にでも笑いかける。
だが。
アレクシスは知ってしまった。
その笑顔の裏を。
「エレノア様」
ふいに、セシリアが耳元で囁いた。
「今日は随分と素直なんですね」
アレクシスも小さく笑った。
「そうかしら」
「はい」
セシリアの笑みが深くなる。
「諦めたのかと思いました」
アレクシスの心臓が跳ねた。
だが。
顔には出さない。
「何を?」
「殿下のことです」
セシリアは紅茶を口にした。
「だって、勝負はもうついていますもの」
その言葉に。
アレクシスは確信した。
この女は。
本当に、自分が勝ったと思っている。
「そうね」
アレクシスは微笑んだ。
「そうかもしれないわ」
セシリアが、初めて少しだけ油断した顔をした。
「分かっていただけて嬉しいです」
そして。
彼女は誰にも聞こえない声で言った。
「せっかくですから、最後くらいは大人しくしていてくださいね」
最後。
その言葉が、アレクシスの胸に引っかかった。
「……最後?」
セシリアは、はっとしたように目を瞬かせた。
だが、すぐに笑った。
「ええ」
その笑顔は。
昨日見た、あの笑顔だった。
「悪女の末路なんて、決まっていますから」
アレクシスは、初めて怒りを覚えた。
自分にではない。
エレノアにでもない。
目の前の女に。
そして。
その女を信じ続けた、自分自身に。
――待っていろ。
心の中で、アレクシスは呟いた。
今度こそ。
今度こそ、君の正体を暴いてみせる。




