第五話 悪女の居場所
どれほどの時間、その場に立ち尽くしていたのか。
アレクシスには分からなかった。
セシリアの笑顔が、頭から離れない。
『あなたは、いずれ悪女として処刑されるんですから』
あの言葉。
あの目。
あれは、自分が知っている聖女ではなかった。
いや。
自分が見ようとしなかっただけなのか。
「……エレノア」
呟いた瞬間。
「呼んだか」
聞き慣れた声がした。
顔を上げる。
そこには、自分がいた。
アレクシスの身体に入ったエレノア。
彼女は、いつものように落ち着いていた。
「殿下……」
思わずそう呼ぶ。
エレノアは小さく頷いた。
「見た?」
その問いに、アレクシスは答えられなかった。
見た。
確かに見た。
だが。
認めたくなかった。
「……なぜ」
ようやく絞り出した。
「なぜ、今まで私に言わなかった」
エレノアは少しだけ目を細めた。
「言ったわ」
「……っ」
「何度も」
反論できない。
確かに、彼女は何度も言っていた。
『私はやっていない』
『信じて』
そのたびに、自分は。
『セシリアが嘘をつくはずがない』
そう言い続けた。
「私は……」
何かを言おうとして、言葉が出なかった。
エレノアはそんなアレクシスを見つめた。
怒っているわけではない。
責めているわけでもない。
それが、余計に苦しかった。
「帰りましょう」
彼女は踵を返した。
アレクシスは黙って、その後を追った。
◇ ◇ ◇
城へ戻る途中。
すれ違う者たちは、皆アレクシスに頭を下げた。
いや。
アレクシスの姿をしたエレノアに。
「殿下」
「本日はありがとうございました」
「聖女様もお喜びでしょう」
エレノアは、完璧に応じていた。
「ああ」
「当然のことをしたまでだ」
その声。
その態度。
その表情。
まるで、本物のアレクシス。
一方で。
アレクシス――エレノアの身体に入った彼には、誰も近付こうとしない。
視線だけが向けられる。
恐れ。
嫌悪。
軽蔑。
そんな感情が混ざった視線。
これが。
エレノアが見ていた世界なのか。
城門をくぐった時だった。
「見て。悪女様よ」
「また聖女様を泣かせたそうだ」
「恐ろしい……」
ひそひそ声が聞こえた。
アレクシスの足が止まる。
今まで、一度も聞こえなかった声。
いや。
聞こうとしなかった声。
前を歩いていたエレノアが、ふと立ち止まった。
「どうした」
いつものアレクシスの声。
だが。
その声の奥に、ほんの少しだけ疲れが滲んでいる気がした。
アレクシスは、初めて理解した。
彼女は。
ずっと一人だったのだ。
そして。
その孤独を作ったのは。
他の誰でもない。
自分だった。




