第二十九話 未来を選ぶ者たち
「いいえ」
エレノアは静かに杖を掲げた。
「あなたの復活は、ここで終わらせます」
その言葉に、魔王は肩を震わせた。
やがて。
腹の底から響くような笑い声を上げる。
『終わらせる?』
『人の身で我を?』
禍々しい魔力がさらに膨れ上がる。
空を覆う黒雲が渦を巻き、王都全体が激しく揺れた。
アレクシスはエレノアの前へ立つ。
「来るぞ」
「はい」
二人は互いの背中を預ける。
言葉は、それだけで十分だった。
その時。
光柱の中から、か細い声が聞こえた。
「……エレノア」
セシリアだった。
彼女は苦しそうに胸を押さえ、魔王に身体を支配されまいと必死に抵抗している。
「まだ……意識が!」
アレクシスが目を見開く。
セシリアは涙を流しながら笑った。
「私……もう助からない、よね」
誰も答えられなかった。
黒い紋様はすでに顔の半分まで広がっている。
命を削っていることは、一目で分かった。
セシリアはゆっくりとエレノアを見る。
「……ごめん」
その一言に、エレノアは目を見開いた。
「あなたのこと……」
「ずっと妬んでた」
涙が零れ落ちる。
「殿下があなたを見るたび……怖かった」
「だから全部……奪いたかった」
エレノアは静かに聞いていた。
責めることも、怒ることもせず。
ただ、まっすぐに。
セシリアを見つめていた。
「でも」
セシリアは小さく笑う。
「私……最後まであなたには勝てなかった」
エレノアはゆっくり首を振る。
「勝ち負けではありません」
「え……?」
「私は、一度もあなたと争いたいなんて思っていませんでした」
その言葉に。
セシリアは声を失う。
もし。
最初から、この言葉を信じられていたら。
もし。
嫉妬ではなく、努力を選んでいたら。
違う未来があったのだろうか。
涙が止まらなかった。
「……遅いよね」
エレノアは優しく微笑んだ。
「ええ」
否定はしなかった。
「あなたがしてきたことは、許されることではありません」
セシリアは静かに頷く。
「うん」
「だから償ってください」
「……償う?」
「あなたにしかできないことがあります」
セシリアは目を見開く。
その時だった。
魔王が苛立ったように吠える。
『黙れ!』
巨大な魔力が弾ける。
セシリアの身体が苦しそうに震えた。
『貴様の役目は終わった!』
「きゃああっ!」
黒い鎖のような魔力がセシリアを締め付ける。
エレノアは一歩踏み出した。
「セシリア!」
セシリアは苦しみながら、それでも笑った。
「……分かった」
震える手を、ゆっくりと胸へ当てる。
「最後くらい」
「私の意思で生きる」
その瞬間。
セシリアの身体から、淡い白い光が一筋だけ溢れた。
魔王の表情が初めて変わる。
『何……!?』
エレノアは、その光を見て確信する。
「殿下!」
「ああ!」
二人は同時に駆け出した。
魔王を倒す最後の機会が、ついに訪れた。




