第二十七話 あなたを愛している
『絶望というものを教えてやろう』
魔王が両腕を広げた瞬間、空を覆っていた黒雲が渦を巻いた。
闇が集まる。
集まる。
そして。
王都を飲み込むほどの巨大な黒い槍が、ゆっくりと姿を現した。
「……あれを落とす気か」
アレクシスの顔から血の気が引く。
あの一撃を許せば。
王城も。
街も。
避難した民も。
何もかもが消える。
『終わりだ』
魔王が指を振り下ろした。
巨大な黒槍が王都へ向かって落ち始める。
「エレノア!」
「分かっています!」
二人は同時に駆け出した。
アレクシスは一直線に魔王へ。
エレノアは黒槍へ向かって魔法陣を展開する。
「《聖氷結界》!」
蒼と金の光が空へ伸びる。
巨大な結界が黒槍を受け止めた。
ズガァァァァン!!
王都全体が揺れる。
結界に亀裂が走る。
「くっ……!」
エレノアは歯を食いしばる。
止まらない。
黒槍は少しずつ結界を押し込んでくる。
『無駄だ』
魔王が嗤う。
『その程度で止まるものか』
「止めます……!」
エレノアの両腕が震える。
魔力が限界に近い。
それでも、諦めない。
アレクシスはその背中を見た。
今までずっと。
彼女は一人で耐えてきた。
一人で泣いて。
一人で戦って。
それでも誰かのために笑っていた。
「……もう十分だ」
ぽつりと呟く。
エレノアが振り返った。
「殿下?」
アレクシスは優しく微笑んだ。
「今度は私が支える番だ」
彼は剣を握り直す。
全身の魔力を剣へ流し込む。
王家に代々伝わる秘術。
命を削る一撃。
まだ一度も使ったことはない。
「殿下!」
エレノアが顔色を変える。
「駄目です!」
「聞いてくれ」
アレクシスは静かに首を振った。
「君には、まだ未来がある」
「嫌です!」
涙が溢れる。
「そんな未来はいりません!」
アレクシスは一瞬だけ目を見開き、そして笑った。
「そう言ってくれるだけで十分だ」
「違います!」
エレノアは走り寄ろうとする。
だが、結界を維持しなければ黒槍が落ちる。
動けない。
「お願いです……!」
アレクシスはゆっくりと彼女を見つめた。
もう迷わなかった。
「エレノア」
その声は、どこまでも優しかった。
「私は君を愛している」
時間が止まったようだった。
エレノアの瞳から、大粒の涙が零れる。
「今さらですよ……」
泣き笑いの声だった。
「そんなこと……」
「知っています」
そう答えた瞬間。
エレノアの胸から、眩い光が溢れ出した。
それは先ほどまでとは比べものにならないほど神々しい輝きだった。
王都中を包み込むほどの、温かな光。
魔王が初めて動揺する。
『その力は……!』
エレノア自身も驚いていた。
「これは……」
光は彼女だけではない。
アレクシスをも包み込んでいく。
二人の魔力が、まるで一つになるように重なり始めた。
そして王都のどこかで、誰にも聞こえないほど小さな声が響く。
『ようやく……』
『目覚めた』
それは魔王の声ではなかった。




