第二十六話 悪女の反撃
『黙れ、人形が!!』
魔王の咆哮とともに、漆黒の魔力が王都を覆い尽くした。
石畳が砕け、建物が軋む。
騎士たちは必死に踏みとどまるが、その圧倒的な力の前に膝をつく者も少なくなかった。
「くっ……!」
アレクシスは剣を地面へ突き立て、吹き飛ばされるのを堪える。
その隣では、エレノアが必死に魔力を練っていた。
彼女の周囲には、金色と蒼色の光が渦を巻いている。
『その娘を寄越せ』
魔王の赤い瞳がエレノアを射抜く。
『その魂さえあれば、我は完全にこの世界へ顕現できる』
アレクシスは一歩前へ出た。
「断る」
『人間風情が』
巨大な腕が振り下ろされる。
「殿下!」
エレノアが叫ぶ。
だが、アレクシスは避けなかった。
剣を両手で握り締め、その一撃を真正面から受け止める。
ドォォォン!!
衝撃で石畳が陥没する。
「ぐっ……!」
腕が痺れる。
骨が軋む。
それでも、剣を離さない。
『ほう』
魔王が愉快そうに笑う。
『命を捨てる覚悟か』
「違う」
アレクシスは歯を食いしばる。
「守る覚悟だ」
その言葉に。
エレノアの胸が熱くなる。
二年前。
聞きたかった言葉。
信じてほしかった人の言葉。
それを今、ようやく聞くことができた。
「……殿下」
涙が滲む。
だが、泣いている暇はない。
「もう一人では戦わせません」
エレノアは大きく息を吸い込む。
両手を胸の前で重ねる。
彼女の周囲へ、無数の魔法陣が展開された。
見たこともない数だった。
「これは……」
アレクシスも驚く。
エレノア自身も知らない魔法。
なのに、不思議と使い方が分かる。
まるで、この瞬間を待っていたかのように。
「《聖氷陣》」
静かな声だった。
その瞬間。
王都全体へ蒼白い光が広がる。
黒い魔力に侵されていた地面が、少しずつ浄化されていく。
『何……!?』
魔王が初めて狼狽した。
光は止まらない。
魔物たちの身体が光に触れるたび、黒い霧となって消えていく。
「魔物が……!」
「消えてる!」
騎士たちが歓声を上げた。
エレノアは苦しそうに膝をつく。
魔力の消耗が激しい。
「エレノア!」
アレクシスが支える。
「まだ……終われません」
彼女は立ち上がる。
その瞳には、もう迷いはなかった。
「私は……」
真っ直ぐ魔王を見据える。
「悪女なんかじゃない」
その一言は。
自分自身へ言い聞かせる言葉でもあった。
アレクシスは優しく笑う。
「ああ」
「君は誰よりも強く、誰よりも優しい」
そして剣を構える。
「だから、最後は二人で終わらせよう」
エレノアは小さく頷いた。
「はい」
二人は並んで前へ踏み出す。
その姿を見た魔王は、初めて怒りを露わにした。
『ならば見せてやろう』
『絶望というものを!』
漆黒の巨体から、とてつもない魔力が溢れ出す。
王都を揺るがす最後の激突が、ついに始まった。




