第二十四話 悪女と呼ばれた令嬢
ズズズズ……。
漆黒の光柱の中から現れた巨大な腕が、ゆっくりと天へ伸びる。
その圧倒的な魔力に、誰も動けなかった。
「な、なんだ……あれは」
「まさか……」
騎士たちの顔から血の気が引いていく。
アレクシスはエレノアを庇うように一歩前へ出た。
「下がれ」
「嫌です」
エレノアは首を横に振る。
「私は逃げません」
「エレノア」
「殿下もです」
真っ直ぐ見つめる青い瞳。
「もう一人で背負わないでください」
アレクシスは一瞬だけ目を見開き、ふっと笑った。
「ああ」
その短い返事だけで十分だった。
二人は並んで前を向く。
もう、どちらか一人が戦うのではない。
二人で戦うのだ。
その時。
闇の中から、低い笑い声が響いた。
『滑稽だな』
巨大な腕に続き、肩が、胸が、ゆっくりと姿を現す。
まだ全身ではない。
それでも、人の何倍もの巨体だった。
赤い瞳が二人を見下ろす。
『たかが人間が』
『我を止めようというのか』
その一言だけで、地面が揺れる。
近くにいた騎士が膝をついた。
「くっ……!」
息をすることさえ苦しい。
だが。
アレクシスは剣を構えた。
「人間だからこそだ」
『ほう?』
「守りたいものがある」
アレクシスは迷わず言い切る。
「だから負けない」
魔王は愉快そうに笑った。
『ならば試してみよ』
次の瞬間。
巨大な黒い腕が振り下ろされる。
「殿下!」
エレノアが魔法陣を展開する。
「《アイスフォートレス》!」
今までで最大の氷壁が二人の前に現れた。
ドゴォォォン!!
衝撃が王都を揺らす。
氷壁には無数の亀裂が走った。
「まだ!」
エレノアは歯を食いしばる。
魔力を注ぎ続ける。
しかし。
パリンッ!
氷壁は砕け散った。
黒い腕が目前まで迫る。
「エレノア!」
アレクシスは彼女を抱き寄せ、そのまま横へ飛んだ。
直後。
地面が大きく抉れ、石畳が吹き飛ぶ。
「大丈夫か!」
「はい……!」
二人は立ち上がる。
その様子を見ていた魔王が、小さく笑った。
『なるほど』
『お前たちは面白い』
赤い瞳が、ゆっくりとエレノアへ向けられる。
『特に』
『悪女と呼ばれた娘』
エレノアは眉をひそめる。
『お前の魂』
『実に美しい』
その言葉に、アレクシスの表情が変わった。
「……何を言っている」
『分からぬか』
魔王は口元を歪める。
『この娘こそ』
『本来、光に選ばれる器だった』
その場にいた誰もが息を呑んだ。
エレノア自身も目を見開く。
「……私が?」
『そうだ』
『だからこそ』
『我は欲しい』
黒い魔力が一斉にエレノアへ向かって放たれる。
「エレノア!」
アレクシスが飛び出す。
しかし。
間に合わない。
その瞬間。
「嫌ぁぁぁぁっ!」
光柱の中から、セシリアの悲鳴が響いた。
黒い魔力が一瞬だけ止まる。
魔王が初めて苛立ったように眉をひそめた。
『……まだ意識が残っていたか』
その一瞬の隙を、アレクシスは見逃さなかった。
「今だ、エレノア!」
エレノアは力強く頷き、新たな魔法陣を展開した。
「今度こそ……あなたを止めます!」




