第二十三話 最後の願い
黒い魔力が王都を覆い尽くす。
息苦しいほどの圧迫感に、騎士たちは剣を支えに立っているのがやっとだった。
「な、何なんだ……」
「身体が動かない……」
広場に集まった人々は恐怖で震えていた。
その中心で。
セシリアだけが苦しそうに胸を押さえていた。
「はぁ……はぁ……」
呼吸が苦しい。
身体が熱い。
力を得たはずなのに、魔力は際限なく自分の中へ流れ込んでくる。
「やめて……」
腕の黒い紋様は肩を越え、首元まで広がっていた。
その時だった。
『契約者よ』
あの声が、頭の中へ直接響く。
「……あなた」
『よくここまで耐えた』
「苦しい……」
セシリアは涙を流しながら呟く。
「もう十分でしょう……?」
『いや』
静かな返事だった。
『これからだ』
次の瞬間。
黒い魔力が一気にセシリアの身体から噴き上がる。
「きゃああああっ!」
絶叫が響く。
アレクシスが一歩踏み出した。
「セシリア!」
「来ないで!」
悲鳴のような叫びだった。
その声に、アレクシスは足を止める。
セシリアは苦しそうに笑った。
「……殿下」
その笑顔は。
初めて見るほど弱々しかった。
「助けて……」
か細い声だった。
「助けてください……」
アレクシスは目を見開く。
その瞳には、もう狂気はなかった。
ただ、一人の少女の恐怖だけが映っていた。
「私は……」
セシリアは震える声で続ける。
「こんなこと……望んでない……」
黒い魔力が再び身体を包む。
「いやっ!」
自分の意思とは関係なく、腕が持ち上がる。
空へ向かって伸ばされた手。
漆黒の光柱がさらに巨大になる。
「止めて!」
セシリアは必死に腕を押さえる。
「身体が……言うことを聞かない!」
その姿を見て、エレノアは眉をひそめた。
「殿下……」
「ああ」
二人は理解した。
セシリアは操られている。
完全ではない。
それでも、自分の身体を奪われ始めている。
『無駄だ』
声が響く。
『契約は果たされる』
「嫌!」
『お前は器』
『その役目を果たせ』
黒い影が、ゆっくりとセシリアの背後から身体を包み込む。
その姿は先ほどより、さらに輪郭を持ち始めていた。
人々は息を呑む。
「何だ、あれは……」
「魔物じゃない……」
誰にも正体は分からない。
だが、本能が告げていた。
――あれを、この世へ出してはいけない。
セシリアは涙を流しながらエレノアを見た。
憎かった。
ずっと憎かった。
それなのに。
今、胸にあるのは憎しみではない。
恐怖だった。
「……エレノア」
震える声で名を呼ぶ。
エレノアは静かに前へ出た。
「聞こえています」
「お願い……」
セシリアは泣き崩れた。
「助けて……」
その瞬間。
背後の黒い影が、ゆっくりと笑った。
『遅い』
闇が、一気にセシリアを飲み込んだ。
王都全体が激しく揺れ、大地が裂ける。
そして。
漆黒の光柱の中から、巨大な腕がゆっくりと姿を現した――。




