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聖女を虐める悪女だと思われたので、婚約者の王子と身体を入れ替えてみました  作者: S@Y@


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第二十二話 届かなかった剣


「エレノア!」


 アレクシスは反射的に駆け出した。


 黒い手が地面を這い、まるで生き物のようにエレノアへ襲い掛かる。


「《アイスウォール》!」


 エレノアが氷の壁を展開する。


 だが。


 バキィン!!


 黒い手は、いとも容易く氷を砕いた。


「なっ……!」


 今までの魔物とは格が違う。


 その一瞬の隙を突き、黒い手がエレノアの足首へ絡みついた。


「きゃっ!」


 勢いよく引き倒される。


「エレノア!」


 アレクシスは剣を振るい、黒い手を斬り裂いた。


 ジュッ、と嫌な音を立てて黒い霧へと変わる。


 すぐにエレノアの腕を掴み、自分の後ろへ庇った。


「怪我は!?」


「私は大丈夫です」


 そう答える声は震えていた。


 アレクシスは胸を撫で下ろす暇もなく、セシリアを睨みつける。


「セシリア!」


 彼女はふわりと地面へ降り立った。


 しかし、その歩き方はどこかぎこちない。


 腕には黒い紋様がさらに広がり、瞳は赤黒く染まっている。


「どうして……」


 アレクシスは問い掛けた。


「どうしてこんなことをする!」


 セシリアは数秒間、黙っていた。


 やがて、小さく笑う。


「どうして?」


 笑みは次第に大きくなり、やがて狂気へと変わった。


「全部、この女のせいだからよ!」


 指差した先にはエレノア。


「この女がいなければ!」


「私は今でも聖女だった!」


「殿下は私だけを見ていた!」


 叫ぶたびに、黒い魔力が溢れ出す。


 周囲の石畳がひび割れた。


 アレクシスは首を振る。


「違う」


「違わない!」


「違う!」


 今度はアレクシスが叫んだ。


 その声に、セシリアの動きが止まる。


「君がここまで堕ちたのは、エレノアのせいじゃない」


「黙れ!」


「私のせいだ」


 静まり返る広場。


 アレクシスは剣を下ろした。


「君の涙だけを信じた」


「君の言葉だけを信じた」


「君を止めなかった」


 苦しそうに目を閉じる。


「だから私は、エレノアを傷付けた」


 セシリアは信じられないものを見るような顔をした。


「……何を言っているの?」


「だが」


 アレクシスはエレノアの手を取る。


 今度は迷わない。


「私はもう二度と間違えない」


 エレノアが驚いたように彼を見上げる。


「守るべき人は」


 ぎゅっと手を握る。


「君じゃない」


 その一言が。


 セシリアの理性を完全に壊した。


「いやあああああっ!!」


 絶叫と共に、黒い魔力が爆発する。


 王都全体を飲み込むほどの闇が渦を巻き、空がさらに黒く染まった。


「殿下!」


 エレノアが叫ぶ。


 その時だった。


 セシリアの背後に、巨大な黒い影がゆっくりと立ち上がる。


 それは人の形にも見えた。


 しかし、人ではない。


 禍々しい角。


 漆黒の翼。


 闇そのものが形を得たような巨体。


 セシリアは気付いていない。


 いや。


 気付ける状態ではなかった。


 影は静かに笑う。


『感情は十分だ』


 誰にも聞こえないほど小さな声。


『封印は、間もなく解ける』


 黒い手が、そっとセシリアの肩へ置かれる。


 その瞬間。


 セシリアの瞳から、涙が一筋だけ零れ落ちた。

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