第二十話 王都の異変
夜空を覆う黒雲は、なおも広がり続けていた。
窓の外を見つめるアレクシスは、険しい表情を崩さない。
「嫌な空だな……」
王都を包む空気は重く、まるで嵐の前の静けさだった。
その時だった。
コンコンッ。
「失礼します!」
近衛騎士が息を切らして飛び込んでくる。
「殿下、大変です!」
「何があった」
「王都各地で魔物が出現しております!」
「何だと?」
アレクシスは立ち上がった。
「数は?」
「現在確認されているだけでも十数体! ですが、まだ増え続けています!」
「被害は」
「民に負傷者が多数。騎士団が応戦しておりますが、追いつきません!」
その報告に、アレクシスはすぐさま剣を手に取った。
「騎士団へ伝えろ。王都の住民を最優先で避難させろ」
「はっ!」
騎士が駆け出していく。
そこへ、エレノアも部屋へ入ってきた。
「殿下!」
「エレノア」
彼女も異変を察知したらしい。
珍しく息を弾ませている。
「王都中が混乱しています」
「私も今聞いた」
エレノアは窓の外を見る。
黒雲はさらに濃くなり、空気が肌にまとわりつくようだった。
「……普通の魔物ではありません」
「分かるのか?」
「はい」
彼女は静かに頷く。
「まるで何かに引き寄せられるように集まってきています」
その言葉に、アレクシスは嫌な予感を覚えた。
「偶然ではない、と」
「ええ」
二人は顔を見合わせる。
その時。
王城全体に鐘の音が鳴り響いた。
ゴォォォン!
ゴォォォン!
緊急事態を告げる鐘だった。
◇ ◇ ◇
一方その頃。
地下牢では。
崩れた牢の中で、セシリアが震えていた。
「な、何なの……」
腕に刻まれた黒い紋様は、さらに広がっている。
熱い。
焼けるように熱い。
それでも不思議と痛みは薄れ、その代わりに身体の奥から力が湧き上がってくる。
「これが……力……」
試しに手を前へかざす。
すると。
ボンッ!
黒い炎が掌から噴き上がった。
「きゃっ!」
思わず手を引っ込める。
炎はすぐに消えた。
「私が……?」
信じられない。
こんな魔法は使えなかった。
『馴染み始めたようだな』
あの声が聞こえる。
姿は見えない。
それでも、すぐ近くにいる気配だけは感じた。
「あなた……」
『慣れれば、もっと扱える』
「……あなたは誰なの?」
数秒の沈黙。
やがて、低い笑い声が響く。
『まだ知る必要はない』
「答えて!」
『時が来れば分かる』
その瞬間。
牢の外から悲鳴が聞こえた。
「うわあああ!」
「魔物だ!」
「逃げろ!」
セシリアは反射的に外を見る。
崩れた壁の向こう。
王城の廊下を、黒い獣のような魔物が駆け回っていた。
「な……」
兵士たちが斬りかかる。
しかし、魔物は一瞬で吹き飛ばした。
血しぶきが舞う。
「いや……」
セシリアは青ざめた。
「こんなの……」
自分は望んでいない。
エレノアに復讐したかっただけだ。
王都を壊したかったわけじゃない。
『違うのか?』
声が囁く。
『お前は願ったではないか』
『すべて壊れてしまえばいい、と』
「……っ!」
思い出す。
怒りに任せて叫んだ言葉。
あれは、本心では――。
『案ずるな』
不気味な笑い声が響く。
『これはまだ始まりに過ぎぬ』
その言葉と同時に。
王都の中心部から、漆黒の光柱が天へ向かって立ち昇った。
あまりにも巨大な光だった。
それを見たアレクシスとエレノアは、同時に息を呑む。
「……あれは」
誰も知らなかった。
王都を襲う本当の災厄は。
まだ、その姿すら現していないことを。




