第十八話 取引
ゴォォォォン――!!
轟音が地下牢を揺らす。
天井から砂埃が降り注ぎ、石壁に亀裂が走った。
「いやっ!」
セシリアは頭を抱えてその場にしゃがみ込む。
何が起きているのか分からない。
分かるのは、目の前の異様な光景だけだった。
床を埋め尽くしていた黒い紋様が、まるで脈打つ心臓のように赤黒く明滅している。
その中心から、黒い靄がゆっくりと立ち上っていく。
『怯えるな』
低い声が響いた。
姿は見えない。
それでも確かに、そこに"何か"がいる。
「だ、誰なの……!」
返事の代わりに、靄がゆっくりと集まり始めた。
人の形。
いや、人よりも遥かに大きな影。
その姿は霞んでいて、顔すら見えない。
見えているのは、闇の中で鈍く光る二つの赤い瞳だけだった。
「ひっ……!」
セシリアは後ずさる。
だが、背中はすぐに石壁へぶつかった。
逃げ場はない。
『安心しろ』
声は、どこか愉快そうだった。
『我は、お前の敵ではない』
「う、嘘……!」
『では問おう』
赤い瞳が細くなる。
『お前は誰を憎む?』
その問いに。
セシリアの脳裏へ浮かんだのは、たった一人だった。
「……エレノア」
『ほう』
「全部、あの女が悪いの」
自然と言葉が溢れ出す。
「私から殿下を奪った」
「私から聖女の座を奪った」
「全部、全部……!」
涙が頬を伝う。
「エレノアさえいなければ!」
その叫びに、影は静かに笑った。
『そうか』
『ならば』
黒い靄が、ゆっくりとセシリアを包み込む。
「な、何を……!」
『力が欲しいか?』
その一言に。
セシリアの動きが止まった。
「……力?」
『奪われたものを』
『すべて取り戻せる力だ』
心臓が、大きく脈打つ。
頭の中で理性が叫ぶ。
――駄目。
――逃げろ。
それなのに。
別の声が囁く。
――このままで終わるの?
――エレノアに負けたままで?
セシリアは唇を噛んだ。
「本当に……」
震える声で問う。
「本当に、取り戻せるの?」
影はゆっくりと頷いた。
『叶えてやろう』
『お前の望みを』
その甘い言葉に。
セシリアの瞳から、迷いが消えていく。
「……分かった」
小さく呟いた。
「力をちょうだい」
「私は……」
ぎゅっと拳を握る。
「エレノアを許さない」
その瞬間。
影が、大きく笑った。
『契約は成立した』
赤い光が地下牢を満たす。
激しい風が吹き荒れ、鎖が激しく鳴り響く。
「きゃああっ!」
セシリアの身体が宙へ浮いた。
黒い靄が腕に、足に、胸に絡みついていく。
熱い。
苦しい。
それでも。
力が流れ込んでくる。
今まで感じたことのない、圧倒的な魔力。
「これが……」
歓喜に震えた、その時だった。
『では』
影が告げる。
『代償を貰う』
「……え?」
初めて。
セシリアの笑顔が凍りついた。




