第十五話 さようなら、聖女様
大広間が騒然となった。
「な、何を言っているの!?」
セシリアが悲鳴を上げる。
「嘘です! その侍女は嘘をついています!」
リーナは震えながらも、首を横に振った。
「嘘ではありません」
「あなた!」
セシリアが鋭く睨みつける。
「誰にそんなことを吹き込まれたの!?」
その声に、リーナは肩を震わせた。
しかし。
もう目を逸らさなかった。
「誰にも命じられておりません」
「ではなぜ!」
セシリアの叫びが響く。
リーナは唇を噛み締める。
「……もう、耐えられなかったからです」
静まり返る会場。
「エレノア様は何もしていませんでした」
「花瓶を割ったのも」
「階段で転んだのも」
「頬を叩いたのも」
「全部……聖女様ご自身です」
ざわっ、と会場が揺れる。
セシリアは青ざめた。
「ち、違う!」
「違います!」
だが。
リーナは涙を流しながら続けた。
「私だけではありません」
「他にも見ていた侍女がおります」
「皆、怖くて言えなかっただけです」
「聖女様に逆らえば、王太子殿下に嫌われる、と……」
その言葉に。
アレクシスは目を閉じた。
自分だった。
自分が、セシリアをここまで増長させた。
「他の者も入れ」
アレクシスが命じる。
扉が開く。
さらに三人の侍女と、二人の近衛騎士が入室した。
「申し上げます」
一人の騎士が跪く。
「我々も、リーナ殿の証言に相違ないことを確認しております」
「階段で転倒された際も、自ら足をもつれさせておられました」
「花瓶を割られた時も、自ら棚を倒されました」
「すべて、この目で見ております」
次々と語られる真実。
それはもう、一人の証言ではなかった。
誰もが口を閉ざしていただけだったのだ。
「違う……」
セシリアは後ずさる。
「違う……違う!」
必死に首を振る。
「あなたたちまで、どうして!」
しかし。
誰も彼女を庇わなかった。
つい先ほどまで味方だった貴族たちも、静かに距離を取っていく。
聖女を見る目は、畏敬ではなく恐怖へ変わっていた。
「殿下!」
セシリアは最後の望みをかけるように、アレクシスへ駆け寄ろうとした。
「私は殿下を愛して――」
「近寄るな」
冷たい一言だった。
セシリアの足が止まる。
アレクシスは静かに告げた。
「君は愛ではなく、人を利用した」
「違います!」
「涙で人を操り」
「嘘で婚約者を陥れ」
「真実を語る者を黙らせた」
一歩。
アレクシスが近付く。
「私は」
低い声が響く。
「二年間、その嘘に踊らされていた」
その視線は、セシリアではなく。
自分自身を責めるようでもあった。
「……だが、もう終わりだ」
会場中が息を呑む。
アレクシスは王太子として、宣言した。
「聖女セシリア」
「その地位を剝奪するよう、父上へ進言する」
「併せて、虚偽の告発、名誉毀損、王家への欺瞞について正式な裁きを求める」
セシリアの瞳から、大粒の涙が零れ落ちた。
「嫌……」
「嫌です!」
「殿下!」
「お願い!」
「私は、あなたを愛していたんです!」
アレクシスは静かに首を振る。
「違う」
その一言が。
セシリアの心を完全に折った。
「君が愛していたのは」
「王太子という立場だけだ」
そして。
最後の言葉を告げる。
「……さようなら、セシリア」
衛兵たちが前へ出る。
セシリアは泣き叫びながら抵抗した。
「離して!」
「私は聖女よ!」
「私は選ばれた存在なの!」
その叫びは。
もう誰の心にも届かなかった。
やがて大扉が閉まり、静寂が戻る。
アレクシスはゆっくりと振り返る。
その視線の先には。
ずっと一人で耐え続けてきた婚約者、エレノアが立っていた。




