第十三話 私が間違っていた
大広間は、水を打ったように静まり返っていた。
誰も口を開かない。
誰も動かない。
ただ。
王太子アレクシスの言葉を待っていた。
セシリアは唇を震わせながら首を振る。
「違います……」
掠れた声だった。
「殿下、騙されているのです」
その一言に、アレクシスは眉一つ動かさなかった。
「エレノア様は口が上手いのです」
セシリアは必死に言葉を重ねる。
「証拠だって偽造できます!」
ざわり、と会場が揺れた。
「私は聖女です!」
涙を流しながら叫ぶ。
「どうして私より、エレノア様を信じるのですか!」
その問いに。
アレクシスは静かに目を閉じた。
少し前までなら。
自分は迷わず答えていただろう。
――聖女だからだ、と。
しかし今は違う。
ゆっくりと目を開く。
「違う」
その一言だけで、会場は静まり返った。
「私は」
アレクシスはセシリアではなく、エレノアを見た。
彼女は困惑したように自分を見つめている。
「私は今まで」
声が重く響く。
「エレノアを、一度も信じようとしなかった」
ざわり、と貴族たちが息を呑む。
「泣いている君を見て」
「怯えている君を見て」
「それだけで真実だと思い込んだ」
セシリアの表情が少しずつ強張っていく。
「エレノアの話は聞かなかった」
「証拠も見ようとしなかった」
「婚約者である彼女を」
一度言葉を切る。
胸が苦しかった。
「私は、一人ぼっちにした」
エレノアが目を見開く。
そんな顔をする資格など、自分にはない。
それでも。
言わなければならなかった。
「悪かった」
深く、頭を下げる。
王太子が。
大勢の貴族の前で。
一人の令嬢へ頭を下げた。
会場がどよめく。
「殿下!」
「お、おやめください!」
貴族たちの声が飛ぶ。
それでもアレクシスは頭を上げなかった。
「私は君を傷付けた」
「何度も」
「何度も」
「助けを求めていたのに」
エレノアの瞳に涙が浮かぶ。
「君を守らなかった」
その涙を見て。
アレクシスの胸も締め付けられた。
「だから」
顔を上げる。
そして、会場中へ向けて告げた。
「私が間違っていた」
王太子が、自らの過ちを認めた。
その事実に、誰もが言葉を失う。
「悪女だったのは」
アレクシスはゆっくりとセシリアへ向き直った。
「少なくとも、エレノアではない」
セシリアの肩がびくりと震えた。
「そ、そんな……」
「君は、自分は聖女だから信じてもらえると言ったな」
アレクシスの瞳は冷え切っていた。
「だが、それは違う」
一歩、前へ。
「人は肩書きで信じられるものではない」
また一歩。
「積み重ねた行いで信頼を得るものだ」
セシリアは後ずさる。
「来ないで……」
「私は二年間」
アレクシスは止まらない。
「本当に信じるべき人を疑い」
「信じてはいけない人を信じた」
その言葉は。
セシリアへの断罪であると同時に、自分自身への断罪でもあった。
「その過ちは」
拳を強く握る。
「今日、この場で正す」
セシリアの顔から血の気が引いていく。
初めてだった。
初めて彼女は気付いた。
アレクシスはもう、自分の味方ではない。
その事実に。




