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聖女を虐める悪女だと思われたので、婚約者の王子と身体を入れ替えてみました  作者: S@Y@


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第十話 私の罪だ


 夜は更けていた。


 王太子の執務室には、二人だけ。


 机の上には、エレノアが二年間集め続けた証拠が並べられていた。


 目撃証言。


 出席記録。


 侍女たちの証言書。


 そして。


 アレクシスが、この数日で掴んだセシリアの発言。


「……これだけあれば」


 アレクシスは呟いた。


「明日の夜会で、セシリアを追い詰められる」


 エレノアは頷いた。


「ええ」


 彼女は、一枚の紙を指差した。


「まず、セシリアは必ず私を告発するわ」


「断言できるのか」


「できる」


 迷いのない声だった。


「彼女は、自分が勝ったと思っているもの」


 アレクシスは苦笑した。


 確かに。


 最近のセシリアは、隠そうとすらしなくなっていた。


『王子殿下は私のもの』


『悪女の末路は決まっている』


 その言葉を思い出すだけで、怒りが込み上げる。


「だから」


 エレノアは続けた。


「私が、殿下の姿で証拠を出す」


 アレクシスは顔を上げた。


「そして、私がセシリアの証言の矛盾を指摘する」


 彼女は、淡々と言った。


「それが、一番確実よ」


 確かにそうだった。


 王太子の言葉は重い。


 今のエレノアは、王太子アレクシスだ。


 誰も逆らえない。


 最も合理的な方法。


 最も確実な方法。


 だからこそ。


 アレクシスは、首を横に振った。


「駄目だ」


 エレノアが目を瞬く。


「……何が?」


「全部だ」


 部屋が静まり返った。


「私がやる」


 エレノアは、理解できないという顔をした。


「何を言っているの」


「明日の夜会」


 アレクシスは、まっすぐ彼女を見た。


「入れ替わりを解く」


「……は?」


「そして」


 拳を握る。


「私が、自分の口で君の無実を証明する」


 エレノアは立ち上がった。


「駄目よ」


 初めて、感情を露わにした声だった。


「今の方が確実なのよ!」


「分かっている」


「だったら!」


「それでも駄目だ」


 アレクシスは、初めて彼女の言葉を遮った。


 エレノアが、息を呑む。


「これは」


 アレクシスは、一つ一つ言葉を選んだ。


「君の戦いじゃない」


「……」


「私の罪だ」


 エレノアが、目を見開いた。


「私が、君を信じなかった」


「私が、君を傷付けた」


「私が、君を一人にした」


 どれも事実だった。


 逃げようのない事実。


「だから」


 アレクシスは、机を挟んで彼女の前に立った。


「今度は、私が君を守る」


 長い沈黙。


 エレノアは、じっとアレクシスを見つめていた。


「……今さら」


 ぽつりと。


 彼女は呟いた。


「ええ」


「今さらよ」


「分かっている」


「私は」


 エレノアの声が震えた。


「何度も助けてって言ったわ」


 アレクシスは目を閉じた。


 知っている。


「何度も信じてって言った」


「……ああ」


「なのに、あなたは信じなかった」


 反論できない。


 一つも。


「私は」


 エレノアは唇を噛んだ。


「もう、期待してないの」


 その言葉が。


 何よりも痛かった。


 怒られる方が、ずっとよかった。


 憎まれる方が、ずっとよかった。


 期待すらされていない。


 それが。


 二年間の答えだった。


「……そうだな」


 アレクシスは、小さく笑った。


「期待される資格なんてない」


 エレノアが顔を上げる。


「でも」


 アレクシスは言った。


「それでも、やらせてくれ」


 彼は、初めて。


 エレノアの前で頭を下げた。


「頼む」


 王太子としてではない。


 婚約者としてでもない。


 一人の男として。


「今度だけは」


 声が震えた。


「君を守らせてくれ」


 沈黙。


 長い。


 長い沈黙。


 やがて。


 エレノアは、小さく息を吐いた。


「……ずるいわ」


 その声は。


 泣きそうだった。


「そんな顔されたら」


 アレクシスは顔を上げた。


 エレノアは、困ったように笑っていた。


「断れないじゃない」


 その瞬間。


 二人の身体が、淡い光に包まれた。


 入れ替わりの魔術が、解けていく。


 久しぶりに戻った、自分の身体。


 だが。


 アレクシスが最初に見たのは、自分の手ではなかった。


 エレノアだった。


 彼女もまた。


 本来の姿に戻っていた。


「……綺麗だな」


 思わず、口から漏れた。


 エレノアが、ぽかんとした顔をする。


 アレクシスも、自分が何を言ったのか理解した。


「あ……いや、その」


 顔が熱くなる。


 エレノアは、数秒固まった後。


 ふいに。


 笑った。


 本当に。


 久しぶりに見る。


 心からの笑顔だった。


 その笑顔を見て。


 アレクシスは決意した。


 明日。


 何があっても。


 自分が、彼女を守ると。

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