白銀の髪の、運命の人を探して
「ここが、ホーゼリア……」
ティアナの呟きに、一同が頷く。彼らは船旅を終え、ホーゼリアの地を踏んでいた。一行が降り立ったのは、ホーゼリアの王都に程近い港町。ここから馬車で一日の距離に王都があるのだが、地方都市とも言えるこの港町の驚く程都会的な作りに、彼らは一様に目を見張った。
町を南北に貫く大きな道を中心に、碁盤の目に区画が整備されている。道は全て石畳で舗装され、左右に並ぶ建物も、三階建て以上の背の高い物ばかりだ。
「この辺りはホーゼリアの中でもかなり辺境だと聞いていたのに……。国力の違いを思い知らされたな」
エルリックの言葉の後を引き取って、フェリドが続ける。
「そして、ここまで豊かな隣国を、戦争大国であるハーバナントが放置しておくのには、何か理由があるはずだ……。予想していた中でも最悪の展開だな」
「いえ、予想以上かもしれません……」
ジュリアがそう言って、目立たないようにそっと港の端を指差す。四階建の一際目立つその建物は、この町に駐留しているホーゼリア軍の詰所だった。町を見回すと、あちこちに揃いの軍服を纏った兵士たちの姿がある。いくら国外と船便で行き来をしている国の玄関口だとは言っても、この物々しさは彼らの目には異様に映った。
「この分だと、この町から出る検問もかなり厳しいものでしょうね。王女の生誕祭がなければ、潜入は難しかったかもしれません」
「自由は利かなくなるけれど、国賓としてこの国を訪れたのは正解だったみたいだな……」
辺りを見回してのアランの言葉に、フェリドが重く頷いて答えた。王女の生誕祭に参加する国賓として招かれた彼らは、面倒な検問などはかなり省略して行われることになる。その代わりに、彼らのホーゼリア滞在中には世話役という名の監視者がびっちりとつくことになるのだ。行動の自由は制限されるが、彼らのこの国での目的は闇の子の探索と敵国ハーバナントへの侵入経路の確保であるため、彼らは敵国の生きがかかっているかもしれないこの国でより安全が保証される方法を選んだのだ。
「ほら、見て。あれがお兄様の言っていた使者じゃないの?」
物々しい雰囲気に辺りを落ち着きなく見回していたエリゼが、港の入口を指差した。そちらから、この国では高官のみに着用を許された紫色の衣装を纏った青年が歩いてきた。その後ろには、町を歩いている兵とは少し違った隊服に身を包んだ、大勢の兵士たち。彼らが真っ直ぐこちらを目指して歩いて来るところを見て、間違いなく、エリゼの言った迎えの使者だろう。一行に、僅かな緊張が走る。
「ラッツィの王女、王子とトリランタの第三王女、ルクタシア国王名代の皆様のご一行でしょうか」
遠くからでも目を引く深い紫色の衣装を纏っていた彼が、言葉を交わせる距離までやって来てから礼をする。問いかけには、エルリックが鷹揚に頷いて答えた。
「はい。私がラッツィの第一王子、エルリックです。こちらが姉のティアナ、その隣が僕の婚約者で、トリランタ第三王女のジュリア。その隣にいるのはルクタシア衛兵長にして国王の従兄弟のフェリド。彼は今回、ルクタシア王の名代として来ています。その他に、私たちの身の回りの世話をする者が二人。アランとエリゼです」
エルリックの紹介を一通り聞いて、一人ひとりの顔を確認してから、使者の彼は再び礼の姿勢を取ってから名乗った。
「私はホーゼリアにて近衛兵長をしております、ウーゴと申します。皆様が我が国に滞在中のお世話をさせていただきますので、どうぞお見知りおき下さい。長旅でお疲れのところ、大変申し訳ありませんが、このような田舎の町では皆様に十分なおもてなしができないため、隣の町に本日の宿を用意させていただきました。あちらに馬車も用意しておりますので、ご移動をお願いいたします」
どうやら生真面目な性格らしい青年は、一つひとつそう丁寧に説明した後、彼らを案内するために踵を返した。さらりと揺れた白銀の髪と、彼の深い紫色の瞳に、ティアナの心が騒ぐ。似ている、そして、違う、と……。ぼんやりとしていて皆が歩き出したのに、少し遅れてしまう。そんなティアナを振り返って、エリゼが怪訝な顔をした。
「どうしたのよ? 元気がないじゃない……ですか」
使用人という立場で連れて歩かなくてはならない以上、一行と話す時には敬語の方がいい。そんなフェリドの判断もあって、船の中で散々敬語の練習(特にティアナ相手に)をさせられたエリゼは、船の中ではうまく敬語を使えるようになっていたのだが、一瞬そんな立場を忘れてしまうほど、ティアナの表情が哀しげに見えたのだ。そのやり取りが耳に入って、ジュリアも足を止めてティアナを振り返る。そんな彼らの前を、今のやり取りを知ってか知らずか、白銀の髪がさらさらと揺れて歩いて行く……。
もうすぐ逢えるかもしれない、逢えないかもしれない。逢えなかったら、彼の居る場所は、敵国ハーバナント……。そんなティアナの期待と不安を読み取ったのだろうか、ジュリアが誰もを安心させる、柔らかな笑顔で言葉を紡いだ。
「大丈夫ですよ、ティアナさん。きっと、逢えますよ……。だって、彼はティアナさんの、運命の人、なんですから……」
それから、前を行くエルリックの背中を見つめて、至福そのものといった笑みを浮かべる。そうだ、自分たちの運命は、何度も同じ結末を繰り返すためのものではない。無事に旅を終えて、各々の幸せを掴んで、それを証明しなければ。知らず、気分が高揚して来る。今度は、前を行く白銀の髪を希望を持って見つめることができた。
「ようし、行きましょ、ジュリア。早く、早く!」
そう言っていつもの明るい笑顔を取り戻したティアナを、ジュリアは何も言わず、いつもの優しい笑顔を浮かべてから追いかけた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
前回の更新より大きく日が空いてしまい、大変申し訳ありませんでした。
デスナイトくんの暴走から立ち直るのに、時間が……(笑)
見苦しい言い訳をして申し訳ありません。今後もお話は続きますので、どうぞよろしくお願いいたします。