TE AMO 愛してる III
朝からよく晴れていた。
窓から射す陽光が、日に日にやわらかくなっている気がする。
春が近いせいか。
キルスティン・ヨーク中尉がベッドの片側をもち、もう片側をもったアレクシスとともに寝室に入る。
女性にしては腕力があるのはさすがか。
「この辺りに」
そうアレクシスが告げると、床の様子を見ながらゆっくりと下に降ろした。
「同棲をはじめるというから、ローズブレイド大尉かと思ったんですけど」
ヨークがジーンズの腰に手をあて、ふぅ、と息をつく。
二台のシングルベッドがならんだ室内を見回した。
玄関まえまでは業者に運んでもらったが、なかに運んでもらうには入口の遺伝子認証となかの家庭用アンドロイドに業者についてのプログラムを入れなければならない。
面倒なので、さほど家具が多くなければ室内へは自分で運ぶという人はわりといる。
「……何でローズブレイド」
アレクシスは、つい複雑な気分になった。
「彼、ぜったいに大尉のことが好きなんだと思ってたから。というか見てて分かりませんでした?」
アレクシスは眉をよせた。
ハニートラップに掛けるタイミングを見計らっていただけだろうに。
いまごろどうしているのか。
心配だという情はある。
任務失敗ということになるのだろうか。それとも二年以上に渡り情報を盗んでいた事実は、実績と捉えられているのか。
「大使館の駐在武官として異動になったそうですね、彼」
ヨークが言う。
アレクシスは曖昧にうなずいた。
外国勤務であれば、“ジョシュア・ローズブレイド” がとつぜん別人になってもだれも不審には思わないということか。
本人の意欲によっては、すぐに予備隊員として自宅待機ということになりかねないと思うが、そこまで懸念するのは余計なことか。
「じゃあだれ? 最近つき合いはじめた人ですか?」
ヨークが玄関口のほうを見る。業者が置いて行った荷物がまだ少しあった。
「つき合いはじめたばかりの人と同棲なんて大丈夫ですか? 大尉」
「何が」
「大尉が相手をとっかえ引っかえするような人なのを知らないのでは?」
「……とっかえ引っかえと言われるほどひどくない」
アレクシスは眉をよせた。
ローズブレイドにもおなじことを言われていたが、どこでそんな印象になっているのか。
「彼が浮気性なのはもちろん知っている。だが僕たち二人の問題だ、ヨーク中尉」
とつぜんテノールの声が割って入った。
「ごめんなさい。それもそうね」
言いつつヨークがふり返る。
荷物の入った箱を運び入室するダニエルを見て、ヨークは大仰なしぐさで後ずさった。
「ロ……ローズ少佐?!」
甲高い声を出すヨークにかまわず、ダニエルは荷物の箱をドスンと床に置いた。
「なぜパガーニ大尉の手伝いなんて!」
「彼と同棲をはじめるのは僕だからだ」
ダニエルが淡々と言う。
以前、ロッカー室でウソのセクハラ話をしているのだ。経緯をすっ飛ばしたらややこしくなるだろうがとアレクシスは内心で嗜めた。
動揺するヨークにかまわず、ダニエルが箱を開けてなかのものを取り出しはじめる。
「ああああれから何があったの?! パガーニ大尉」
ヨークがこちらを向きふるえる声を上げる。
「いや説明するとなると」
「ロッカー室での一件以来、施設内で会うたび彼の愛撫のテクニックを教えこまれてしまって」
ダニエルが恥じらうように口に手をあてる。
おい……とアレクシスは顔をしかめた。
「パガーニ大尉! 少佐になにをしたの?! あれからいったい何回セクハラ行為をしたの?!」
ヨークが大声で問いつめる。
「してない」
情交は何回もしたがと、つい脳内でつけ加える。
「犯罪よ!」
「……話を聞け」
「名字も変わる予定だから、できれば次からはパガーニの名で呼んでほしい」
作りつけの棚に私物をならべながら、ダニエルがおかまいなしで続ける。
「法律でも軍規でも両名どちらの名字を選んでもいいことになってるが、せっかくだからイタリア貴族の名を名乗ってみたいし」
「イタリア貴族?」とヨークが声に出さずに問い返す。
「“ローズ” の名は、ミドルネームとして残すつもりだが」
「なんの話」という表情でヨークがこちらに答えを求める。
「……彼と結婚することにした。軍の許可もすでにとってる」
アレクシスは答えた。
「セ……セクハラの責任をとって?!」
「ちがう。セクハラから離れろ」
どんな責任のとり方だ。前世紀の男女でもあるまいし。
「先日のセクハラの件は冗談だ、中尉。パガーニ大尉とは初等部のころからの知り合いだ」
荷物をとり出しながらダニエルが口をはさむ。
ヨークが怪訝そうな顔をした。
「初等部のころから……ですか?」
「きみは彼が中等部に進んでからの知り合いだそうだな」
「ええ」
「僕のほうが彼とのつき合いは長い。今後は彼の面倒は僕が見るので、きみは今日のようにいちいち手を煩わせなくてもけっこうだ」
ヨークが目を丸くする。
「引っ越しのてつだいご苦労だった、中尉。あとは寝具を運んで二人で過ごしたいので、きみは引きとってくれないか」
ヨークが困惑した表情でもういちどこちらを見る。
ややしてからダニエルの言わんとしていることを察したのか、頬を赤らめた。
「し……失礼します!」
ヨークがあわてて敬礼する。
「結婚祝いは彼の中等部時代の画像でいい」
「は、はい」
どさくさまぎれに何を要求してるんだとアレクシスはあきれた。
家庭用の小型アンドロイドが、敬礼の意味を検知して玄関のドアを解錠する。
ヨークが出ていった音を聞きながら、ダニエルは、ふぅと息を吐いた。
「まずはこれで、悪い虫を一人退治か」
「おまえ……」
玄関口にふたたび荷物をとりに行ったダニエルを、アレクシスは鼻白んで見つめた。




